高嶺さんのWEB恋愛小説は実話です。

■この感情に名前をつけるなら、それは。

「お、おはようございます。晴人くん」
「……おはよう。琴乃さん。今日は電車なんだ?」

 昨日の今日だ。
 てっきり彼女は、もう電車には乗らないだろうと思っていたのに。

「はい。……あの」
「うん?」
「電車、晴人くんのそばに立っていてもいいですか?」
「別に俺は構わないけど……」

 安心する? のだろうか。ひよこが初めて見た存在を嫌だと認識するみたいに、ちょこんとそばに立たれて、俺は不思議な気持ちになった。

「俺がここで壁になるから、琴乃さんはこっちに立ちなよ」
「……ありがとうございます!」

 ぱっと、高嶺さんの顔色が明るくなる。やはり、
 触れてしまえるくらいの距離だ。

 WEB小説家(仮)のコトノさんは、どうやら新作をアップしたようだった。
 タイトルは――。

『電車で助けてくれた同じクラスの男の子を好きになってしまったかもしれないのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』

「……?」

 新作のタイトルを見て、俺は動きを止めた。
 思考が追いつかない。だって俺と彼女の物語は、友情エンドで終わりだったはずなのに。

 俺は、そばに立っていた高嶺さんに目をやった。
 スマートフォンを両手で持った彼女は、どこか嬉しそうな表情をして、何かを書き込んでいるようだった。
 と同時に、俺の読者画面に通知が入ってきた。
 どうやら高嶺さんは、昨日の俺のコメントに返信してくれたらしい。

【コトノ>>甘味好きさん、昨日はコメントありがとうございました。
 貴方のコメントを読んで、自分の気持ちについてもっと考えてみようと思いました。この感情が、大切な友人に対する感情なのか、それとも将来を共にしたい方への感情なのか――初めての感情に、頑張って向き合ってみたいと思います。今朝は、彼と同じ電車に乗りました。私のことを気遣って、壁、というのでしょうか。今も人混みから、私を守ってくださっています。ハルくんは、本当に優しい方です。この感情にまだ名前をつけることは出来ていませんが、今はただ、彼に相応しい人間であれるよう、日々努力したいと思っています。
ですので、私の学校生活について、これからも応援していただけると嬉しいです。】

 『お嬢様』である琴乃さんにとって、付き合う=結婚なのかもしれない。俺は、将来大人になった彼女の姿を思い浮かべた。

『おかえりなさい。晴人くん』

 微笑みかけて、彼女が笑う。その姿を想像するだけで。

 ――なんで俺、こんなに…………胸が苦しいんだ?

【新作! いや、正統なる続編!! ありがとう。甘味大好き! お前のおかげで続きが読めるぞ。】
【やったー! 甘酸っぱい青春楽しみにしてます!】
【毎日更新待ってます。お体にはお気をつけください。】
【俺知ってる。これ2部で、3部は『電車で助けてくれた同じクラスの男の子を好きなってしまったのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』になるんだよね。ですよね?】
【恋人編――いや、結婚編まで続いてほしい。幸せな家庭を築け。ハル×コト推せる。】
【俺たちは作者の手のひらの上で踊らされてた……っコト?】

 この小説(仮)を、『フィクション』として楽しむ読者たちのコメントを目で追っていると、電車が揺れて俺は思わず前に手をついた。

「ご、ごめん! 高嶺さん!」

【電車の中で壁ドンシチュとかいいよね。定番なんていくらあってもいいんだから。】

 体勢は意図せずして、読者コメントのリクエスト通りのだ。

 まずいまずいまずい!
 俺はすぐさま謝って、急いで離れようとして――高嶺さんの表情に気付いて呼吸を止めた。高嶺さんは、耳まで真っ赤にして俺を上げていた。
 そして、パチっと俺と目が合った後、彼女は俺から視線をそらし、代わりに無言で、素晴らしい指さばきでスマホで何か打ち込み始めた。
 ……おそらく、今の出来事を早速打ち込んでいるのだろう。
 今日はいつもより早い時間に、小説は更新されるかもしれない。

 そう思うと、なんだか少し、俺は面白くなってしまった。

 今一番注目されている恋愛小説(仮)の最新話のストーリー。更新される前に、俺は内容を知っている。
 ――だって。少なくとも、俺にとっては。
 

 高嶺さんのWEB恋愛小説は実話なんだから。