■告白ミッション?
「あの、瀬崎くん。今日も一緒に帰ってもいいでしょうか?」
「う……うん。勿論?」
「?」
昨夜のコメントもあり、俺は朝から妙に緊張していた。
告白っていつするのが普通なのか(モブのため無知)――と、ソワソワしたまま放課後になり、俺は若干挙動不審気味に返した。
「駅まで歩く?」
「はい!」
スタスタスタ。スタスタスタ……。
駅までの間、何を話していたかよく覚えていない。
「あれ。人身事故で電車遅れてるのか」
駅は人で溢れていた。少しの時間復旧を待って電車に乗った俺は、数駅ほど過ぎてから、高嶺さんの表情が暗いことに気がついた。
「……高嶺さん?」
満員電車。
なぜ彼女は、体を震わせているんだろう?
「……はる、く」
『たすけて』
彼女の唇が弱々しく動いたのに気づいて、俺は彼女の後ろに立っていた男の手をつかんだ。
「――何やってんだ。お前」
ぐっと、腕をつかむ手に力を込める。
「すいません。この人痴漢です」
俺の言葉に、電車の中が少し騒がしくなる。
「え?」
「何々。どうしたの?」
「痴漢だって」
「えっ。やば」
観衆の目は、俺と痴漢に向けられる。
男は暴れたが、周囲の大人たちの協力もあり、男は完全に退路を塞がれていた。
まあ、走行中の電車の中だから、逃げようもないのだけれど。
「くそっ。何だよ。離せよっ!」
「離すわけないだろ。現行犯」
「なんで俺が……! くそがっ! 大人しそうな顔して騒ぎやがって! お前が黙ってればよかったんだ!」
男の言葉に、俺の中でプチンと何かが切れた。
駅について、電車の扉が開く。人の流れに紛れて逃げようとする男を、俺は思わず背負投した。
子供の頃、習って良かった護身術。
「ああっ!?」
「――ふざけんな。お前の汚い言葉、高嶺さんに聞かせんな」
高嶺さんは、高嶺の花で、清らかな人なのだ。こんな男に汚されて言いわけがない。
「やった自覚があるなら、おとなしく罪を償え」
■
その後、『爺や』と呼ぶにふさわしい老人が現れ、事の顛末などを俺はおとなたちに説明することになった。
思わず手を出した件についてはお叱りは受けたものの、犯人を捕まえた俺はどこか清々しくさえあった。
「瀬崎くん。今日は、ありがとうございました」
『爺や』さんの車の中で俺を待っていた高嶺さんは、ようやく開放された俺に頭を下げた。
「ううん。俺は大丈夫。それよりごめんね。高嶺さんにとって、辛い記憶になっちゃって」
高嶺さんは純粋な人だ。
本当は、こんなことに巻き込みたくはなかった。
「すぐ気付けなくて。今度はああいうことが起きないようにするから。……いや、あんなことがあったあとじゃ、もう電車なんて乗りたくないよな……」
告白されるかも、なんて浮かれて、彼女を蔑ろにするなんて――悔いても悔やみきれない。
そんな俺の手を、高嶺さんはそっと掴んで言った。
「瀬崎くんとなら、また乗りたいです」
「え?」
「瀬崎くん。――私ずっと、貴方にお伝えしたいことがあったんです」
高嶺さんは、真剣な目で俺を見上げていた。
その瞳を見て、俺の頭の中にある言葉が浮かんでいた。
【Youもうそのまま告っちゃいなよ!】
しかし男たるもの、女子から告らせていいものなのか。
「あの、高嶺さん、俺――……」
俺が、意を決して口を開いた時、高嶺さんから予想外な言葉が聞こえて俺はピタリと動きをとめた。
「お願いします。私と、お友達になってくださいませんか!?」
「…………えっ?」
その「告白」に、俺は理解できずに一瞬固まってしまった。
「と……友……だち?」
「はい。私、中々学校になじめなくて。瀬崎くんが、私が学校で一番気を許せる方なんです」
確かに、高嶺さんは周りから慕われてはいるが、『友達』というより『憧れ』の対象となりやすい人だ。
「好きな和菓子屋に案内したし、俺はもう友達だと思ってたけど」
「そうだったんですか!?」
「それに、友達って、お願いしてなるものじゃなくていつの間にかなってるものじゃない?」
「……そうなんですね」
高嶺さんの表情が少し曇る。
もしかしたら高嶺さんのお嬢様の交友関係は、俺が思うより複雑なのかもしれない。
「……じゃあ私たち、もうお友達なんですね」
「うん」
「あの、じゃあ、瀬崎くん。お友達として、お願いがあるんです。高嶺さん、じゃなくて。瀬崎くんには私のこと琴乃って――名前で呼んでほしいんです」
「……琴乃、さん」
彼女の名前を口にして、俺はかあっと顔が赤くなるのがわかった。
なんだこれ。女子と下の名前で呼ぶなんて、小学生以来でかなり恥ずかしいかもしれない。
「こ、琴乃さんも、俺のことした下の名前で呼んでいいから」
「……はい。晴人くん」
そして彼女は、赤面を晒した俺とは違い、俺の名前を呼んで幸せそうにふわっと微笑んだ。
その夜の彼女の小説のコメント欄は荒れに荒れた。
まあ、彼女の小説もどきのWEB小説のジャンルはよく見たら『恋愛』ではなく『現代ドラマ』だったわけだから、そもそも読者の期待が間違っていたというのが正しいのだけれど。
【友だちで満足なの? その感情は、友だちでいいの!?】
【おい作者! お嬢様なりきりはいいが、こんな終わりがあっていいと思ってるのかよ!】
【ハッピーエンドに期待して読んでたのになんだこれ……】
非難轟々である。
まあ仕方ない。
ただ俺は、現実の彼女を知っている。高嶺琴乃という人はお嬢様で人柄もよく、真面目だがやや天然で――そして、どこまでも真っ直ぐな人なのだ。
彼らが言うように、この小説(仮)が、読者を振り回すために書いたわけではないことは、俺には断言できる。
彼女はきっと、俺に感謝してくれたのだ。
だからモブでしかない俺に、恩を返す方法や、感謝を伝える方法を知りたかった。そしてただ彼女は、本当の友達が欲しかっただけなのだと俺は思った。
――だから。
「……最後くらい、俺もコメントを書いておくか」
【小説の完結、おめでとうございます。コトノさん、ハルくんと仲良くなれて良かったですね。コトノさんは、どうか自分の気持ちを大事にしてください。仲良くなりたいという気持ちと、恋愛感情はイコールではないと思うので。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだと俺は思うから。コトノさんがこれからも楽しい学生生活を送れるよう、応援しています。】
俺と彼女の物語は、恋愛小説じゃなくったって構わない。
俺と彼女の関係は、お嬢様だった彼女にとって見知らぬ地で、偶然通りすがっただけの存在《モブ》にすぎない。
あとがきに書かれた、【これまで私を応援してくださった方々、本当にありがとうございました。】という丁寧な謝辞に俺は苦笑いして、俺はスマートフォンの画面をオフにした。
大量の批判コメント。
ここまで批判されては、『コトノ』先生が、二度とWEBの世界に現れることはないだろう。
だって『高嶺琴乃』という人に、批判という言葉は似合わない。彼女には白が似合う。悪意で黒く染まるくらいなら、その場所自体から離れたほうがいい。
俺にとってのWEB小説は、遠い世界で、画面の向こう側で――ずっと、『非日常』だったはずなのに。
息抜きだった世界が自分事になって、その物語が終わってしまったのだと思うと、俺は胸がすっと軽くなったような、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような、不思議な感覚につつまれた。
わからない。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだとしたら――ピリオドが打たれたこの関係に、俺がつけたかった名前はなんだったのか。
「……あー。しばらく俺、小説読めないかも」
その夜、さあさあと静かな雨が降った。
俺の心に薄くかかった雨では流れ落ちてくれないような気がした。
「あの、瀬崎くん。今日も一緒に帰ってもいいでしょうか?」
「う……うん。勿論?」
「?」
昨夜のコメントもあり、俺は朝から妙に緊張していた。
告白っていつするのが普通なのか(モブのため無知)――と、ソワソワしたまま放課後になり、俺は若干挙動不審気味に返した。
「駅まで歩く?」
「はい!」
スタスタスタ。スタスタスタ……。
駅までの間、何を話していたかよく覚えていない。
「あれ。人身事故で電車遅れてるのか」
駅は人で溢れていた。少しの時間復旧を待って電車に乗った俺は、数駅ほど過ぎてから、高嶺さんの表情が暗いことに気がついた。
「……高嶺さん?」
満員電車。
なぜ彼女は、体を震わせているんだろう?
「……はる、く」
『たすけて』
彼女の唇が弱々しく動いたのに気づいて、俺は彼女の後ろに立っていた男の手をつかんだ。
「――何やってんだ。お前」
ぐっと、腕をつかむ手に力を込める。
「すいません。この人痴漢です」
俺の言葉に、電車の中が少し騒がしくなる。
「え?」
「何々。どうしたの?」
「痴漢だって」
「えっ。やば」
観衆の目は、俺と痴漢に向けられる。
男は暴れたが、周囲の大人たちの協力もあり、男は完全に退路を塞がれていた。
まあ、走行中の電車の中だから、逃げようもないのだけれど。
「くそっ。何だよ。離せよっ!」
「離すわけないだろ。現行犯」
「なんで俺が……! くそがっ! 大人しそうな顔して騒ぎやがって! お前が黙ってればよかったんだ!」
男の言葉に、俺の中でプチンと何かが切れた。
駅について、電車の扉が開く。人の流れに紛れて逃げようとする男を、俺は思わず背負投した。
子供の頃、習って良かった護身術。
「ああっ!?」
「――ふざけんな。お前の汚い言葉、高嶺さんに聞かせんな」
高嶺さんは、高嶺の花で、清らかな人なのだ。こんな男に汚されて言いわけがない。
「やった自覚があるなら、おとなしく罪を償え」
■
その後、『爺や』と呼ぶにふさわしい老人が現れ、事の顛末などを俺はおとなたちに説明することになった。
思わず手を出した件についてはお叱りは受けたものの、犯人を捕まえた俺はどこか清々しくさえあった。
「瀬崎くん。今日は、ありがとうございました」
『爺や』さんの車の中で俺を待っていた高嶺さんは、ようやく開放された俺に頭を下げた。
「ううん。俺は大丈夫。それよりごめんね。高嶺さんにとって、辛い記憶になっちゃって」
高嶺さんは純粋な人だ。
本当は、こんなことに巻き込みたくはなかった。
「すぐ気付けなくて。今度はああいうことが起きないようにするから。……いや、あんなことがあったあとじゃ、もう電車なんて乗りたくないよな……」
告白されるかも、なんて浮かれて、彼女を蔑ろにするなんて――悔いても悔やみきれない。
そんな俺の手を、高嶺さんはそっと掴んで言った。
「瀬崎くんとなら、また乗りたいです」
「え?」
「瀬崎くん。――私ずっと、貴方にお伝えしたいことがあったんです」
高嶺さんは、真剣な目で俺を見上げていた。
その瞳を見て、俺の頭の中にある言葉が浮かんでいた。
【Youもうそのまま告っちゃいなよ!】
しかし男たるもの、女子から告らせていいものなのか。
「あの、高嶺さん、俺――……」
俺が、意を決して口を開いた時、高嶺さんから予想外な言葉が聞こえて俺はピタリと動きをとめた。
「お願いします。私と、お友達になってくださいませんか!?」
「…………えっ?」
その「告白」に、俺は理解できずに一瞬固まってしまった。
「と……友……だち?」
「はい。私、中々学校になじめなくて。瀬崎くんが、私が学校で一番気を許せる方なんです」
確かに、高嶺さんは周りから慕われてはいるが、『友達』というより『憧れ』の対象となりやすい人だ。
「好きな和菓子屋に案内したし、俺はもう友達だと思ってたけど」
「そうだったんですか!?」
「それに、友達って、お願いしてなるものじゃなくていつの間にかなってるものじゃない?」
「……そうなんですね」
高嶺さんの表情が少し曇る。
もしかしたら高嶺さんのお嬢様の交友関係は、俺が思うより複雑なのかもしれない。
「……じゃあ私たち、もうお友達なんですね」
「うん」
「あの、じゃあ、瀬崎くん。お友達として、お願いがあるんです。高嶺さん、じゃなくて。瀬崎くんには私のこと琴乃って――名前で呼んでほしいんです」
「……琴乃、さん」
彼女の名前を口にして、俺はかあっと顔が赤くなるのがわかった。
なんだこれ。女子と下の名前で呼ぶなんて、小学生以来でかなり恥ずかしいかもしれない。
「こ、琴乃さんも、俺のことした下の名前で呼んでいいから」
「……はい。晴人くん」
そして彼女は、赤面を晒した俺とは違い、俺の名前を呼んで幸せそうにふわっと微笑んだ。
その夜の彼女の小説のコメント欄は荒れに荒れた。
まあ、彼女の小説もどきのWEB小説のジャンルはよく見たら『恋愛』ではなく『現代ドラマ』だったわけだから、そもそも読者の期待が間違っていたというのが正しいのだけれど。
【友だちで満足なの? その感情は、友だちでいいの!?】
【おい作者! お嬢様なりきりはいいが、こんな終わりがあっていいと思ってるのかよ!】
【ハッピーエンドに期待して読んでたのになんだこれ……】
非難轟々である。
まあ仕方ない。
ただ俺は、現実の彼女を知っている。高嶺琴乃という人はお嬢様で人柄もよく、真面目だがやや天然で――そして、どこまでも真っ直ぐな人なのだ。
彼らが言うように、この小説(仮)が、読者を振り回すために書いたわけではないことは、俺には断言できる。
彼女はきっと、俺に感謝してくれたのだ。
だからモブでしかない俺に、恩を返す方法や、感謝を伝える方法を知りたかった。そしてただ彼女は、本当の友達が欲しかっただけなのだと俺は思った。
――だから。
「……最後くらい、俺もコメントを書いておくか」
【小説の完結、おめでとうございます。コトノさん、ハルくんと仲良くなれて良かったですね。コトノさんは、どうか自分の気持ちを大事にしてください。仲良くなりたいという気持ちと、恋愛感情はイコールではないと思うので。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだと俺は思うから。コトノさんがこれからも楽しい学生生活を送れるよう、応援しています。】
俺と彼女の物語は、恋愛小説じゃなくったって構わない。
俺と彼女の関係は、お嬢様だった彼女にとって見知らぬ地で、偶然通りすがっただけの存在《モブ》にすぎない。
あとがきに書かれた、【これまで私を応援してくださった方々、本当にありがとうございました。】という丁寧な謝辞に俺は苦笑いして、俺はスマートフォンの画面をオフにした。
大量の批判コメント。
ここまで批判されては、『コトノ』先生が、二度とWEBの世界に現れることはないだろう。
だって『高嶺琴乃』という人に、批判という言葉は似合わない。彼女には白が似合う。悪意で黒く染まるくらいなら、その場所自体から離れたほうがいい。
俺にとってのWEB小説は、遠い世界で、画面の向こう側で――ずっと、『非日常』だったはずなのに。
息抜きだった世界が自分事になって、その物語が終わってしまったのだと思うと、俺は胸がすっと軽くなったような、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような、不思議な感覚につつまれた。
わからない。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだとしたら――ピリオドが打たれたこの関係に、俺がつけたかった名前はなんだったのか。
「……あー。しばらく俺、小説読めないかも」
その夜、さあさあと静かな雨が降った。
俺の心に薄くかかった雨では流れ落ちてくれないような気がした。

