被写体は、きみひとり

 

 ーー文化祭当日


 昇降口から続く廊下は、色とりどりの装飾と人の熱気が満ちていて。焼きそばの香ばしさや、ポップコーンの甘い匂い、遠くから軽音部の演奏が響き渡っていた。


「玲央、こっちで髪整えて! ほら、リボン曲がってる!」
「う、うん」


 女子たちが、慣れた手つきでスカートの裾やリボンを直していく。


 ……そう。今日、俺は、女装していた。


 クラスの出し物は『男女逆転喫茶』。男子は女装、女子は男装で接客するという企画だ。

 
 白いブラウスにネイビーのスカート。ストッキングにローファー。髪はウィッグではなく、地毛をゆるく巻いてピンで留め、唇には薄くピンクのリップを塗っている。


 鏡に映った自分は、もはや女子にしか見えない!!!


「ーー天使じゃん!」


 通りすがりの男子の呟きが、耳に刺さる。今日だけで、そんな声は何度も聞いた。


「玲央ちゃんって名前なの?! 写真撮ってもいい?」
「玲央ちゃん、チョコパフェひとつお願いしま~~す!」


(……ど、どうしよう……視線が、えぐい……!)


 スカートが風で揺れるたび、妙に落ち着かなくて、足がそわそわする。笑顔を振りまきながら、接客する俺を、冷ややかな目で、翠が見ていた。


(仕方ないじゃん……! 看板娘なんだから!)


 そりゃ、恋人がこんな格好してたら、イヤかもしれないけど。翠をじろりと睨み返し、呼ばれた方へ向かった。


 *


「……なんで僕、キッチン係なんだっけ?」


 ぼやきながらも、手は動く。けれど目はずっと玲央を追っていた。


 他のクラスメイトへ笑いかける玲央、スカートを揺らす玲央、スマホ越しに切り取られる玲央。その一つひとつが、手の中からじわじわと零れ落ち、誰かのものに変わっていくような気がして、胸の奥を鋭く抉る。


(わかってる。文化祭だし、役割分担だし、仕事だから。でも……!)


 スカートのちらつきや、肩越しに覗く首筋。その柔らかな艶っぽさは、女装のせいじゃない。元々持っていた玲央の色気が全方向に晒されている。


 それだけで、胃に黒い熱が溜まった。


 笑顔も、声も、仕草も、全部。自分の隣にいるはずの玲央が、他人の瞳へ映っていく。そして、誰かのスマホ越しに、欲しがられるように見られて、それがたまらなく嫌だった。


 ーー誰にも見せたくない。


 玲央の、僕にしか見せてこなかった顔が、勝手にみんなへ広がっていくようで、喉がカラカラになる。


 もう、限界だ。


「玲央、こっち来て」
「え? なに?? お店は?!」
「いいから」


 手を取って、人の少ない方へ歩く。視聴覚室のドアを開け、背中で閉めた瞬間、外の喧騒が遠のいた。


「……なんか、怒ってる?」
「怒ってない。でも、ずっと我慢してた」


 頬にそっと指先で触れる。玲央の瞳が、ほんの僅かに揺れた。


「翠……?」
「見られたくなかった。あんなふうに……玲央のこと」


 制服のボタンに指をかけると、玲央が肩を小さく震わせ、目を伏せた。


「だから少しだけ、僕との時間作って」
「……怒ってないなら、いいよ……」
「いいって、何が? 誘ってるの?」
「ち、ちがっ……!」


 頬を赤く染める玲央に背中を押されるように、唇を重ねる。腰を抱き、机の上に座らせ、今度は深く口づけた。


「……っん、んっ……」


 舌を絡めて甘く触れ合う。ボタンを外すたび、襟元が崩れ、視線の先に鎖骨が覗いた。そこへ惹かれるように、キスを落とす。


「……あっ、ちょ、だ、だめっ……」
「玲央が悪いんだよ? 可愛すぎるから」


 襟元の隙間から、指先を入れ、鎖骨をなぞると、玲央の肩がびくんと震えた。


「や、あっ、だめっ、そんなとこ、触んないで……っ」
「声、我慢して。……バレちゃうよ」


 玲央の唇を指で塞ぎながら、そっと素肌を撫でる。触れるたびにビクビクと玲央の身体が跳ねた。でもそれが僕を求めているみたいで、気持ちが昂る。


「……翠、やだってば……こんなとこで……」


 僕を押し返す手の力は弱くて。拒否しているようで、完全には拒めていない、その曖昧さが愛おしい。


「ねえ、玲央。……少しだけ、いい?」
「……っ……なにを……?」
「ないしょ」


 指先でそっとスカートの中を探る。下着越しに、やわらかなラインをなぞると、玲央の息がひときわ跳ねた。


「っ……やっ……あ、やだ……そこ……」
「イヤそうには見えないけど?」
「~~~っっ! 翠のばかっ!!」


 小さな抵抗の声が、ほんのり甘くて。火照った体温が触れ合うほど感情が高まっていく。スカートをまくり上げると、女の子用に用意された薄いショーツが露わになった。


「もう、こんなの勝手に穿いて。ほんと、許せないなぁ」
「こ、これは! 好きで穿いてるわけじゃっ!」


 そこにそっと指を沿わる。玲央が頬を赤く染め、肩を大きくびくんと震わせた。


「こ、これ以上……だめ、だからっ……ほんとに……」
「……わかってる。我慢する。でも……少し触れるだけだから」


 言い訳みたいに囁いて、指先を、布越しに優しくなぞる。玲央が目をぎゅっと閉じて、微かに開いた口唇から甘い吐息が漏れた。


「……はあっ、んっ……」


 太ももの内側に口付けすると、玲央がキュッと脚を閉じた。


「こ、ここ、キスするとこじゃない……っ」
「全部欲しい。玲央の全部が。ダメかな?」
「……ほんと、バカじゃないの……っ」


 玲央は顔を真っ赤にして、僕から顔を逸らすと、もうそれ以上、何も言わなかった。その時、どこか遠くで、アナウンスが流れた。


『喫茶店を出しているクラスは片付けに移ってください』


「……っ、だ、だめ……翠、ほんと、もう時間……」
「……うん、ごめん。今日は、文化祭だし、ここまで……にしとく」


 それでも、名残惜しくて。そっと唇で下腹をなぞり、玲央のスカートを静かに整える。


「……次は、全部、させて」
「し、しないってば……!」
「それは困るなぁ~~」


 からかうように笑い、ぎゅっと抱き寄せて、優しく唇を重ねる。少しだけ、余韻を残したまま、玲央の手を握り、ゆっくりと視聴覚室を後にした。