被写体は、きみひとり



 ーー放課後、準備期間のとある日


 文化祭で使う衣装が、視聴覚室の隅に並べられていた。


 リボン付きのブラウス、ふんわりしたスカート、カーディガン。女子が用意したそれらの衣装は、どれも柔らかい色合いで、玲央に着せるには可愛すぎて。


 けれど、それが妙に似合いそうで……胸がざわつく。


「ねぇ玲央~~、今日試着してってよ! ほら、サイズ合うか見なきゃでしょ?」


 玲央が女子たちに押され、視聴覚室の奥に設けられた『試着スペース』へと追い込まれていく。


「えっ、でも……ここ、カーテンだけだし……!」
「大丈夫だって! 見ないから~~! ね、篠原くんも一緒に見張っといて!」
「……わかった。僕、外にいるね」


 玲央をカーテンの向こうに押し込んで、布の隙間をそっと閉じる。カーテン越しに、柔らかい衣擦れの音が微かに聞こえた。


 思っていたよりも近くて。なんでもないはずなのに、息を潜めてしまう。


「……ちょっと、ボタン、固い……うわ、ウエスト……きつい……っ」


 聞こえてきた小さな声に、思わず息をのむ。このカーテンの向こうで、玲央が制服シャツを脱ぎ、リボン付きのブラウスに着替えている最中だと思うと、鼓動が早くなる。


(……だめだ、考えるな……)


 想像してはいけない、と思えば思うほど、頭の中にはっきりと浮かんでしまう。


 壁にもたれて目を閉じ、気持ちを落ち着かせるように、深く息を吸う。瞼を閉じても、脳裏に浮かんだ映像は中々消えてはくれなくて。それでも、必死に感情を押し込めながら、玲央を待った。


「……翠、いる?」
「いるよ」
「ちょっと……手、貸して。後ろ、上手にリボン結べなくて」


 カーテンの向こうに、そっと手を差し入れる。少しの間があって、玲央がカーテンを少しだけ開けた。中に招かれるように入ると、蛍光灯の下で、玲央が背中を向けて立っていた。


 白いブラウスと、スカートの下に、制服のズボンを履いたままのアンバランスな格好。けれど、その不完全さが逆に、唆られる。


 細い首筋、そして、肩越しにちらりと見える鎖骨が色っぽくて。リボンの端を持って、結び目を作るふりをして、ほんの少しだけ、指先を肌に這わせた。


「っ……ひゃっ……」


 玲央の肩が小さく跳ねる。その反応に、喉の奥が熱くなる。


「ご、ごめん……冷たかった?」
「ち、違っ……なんか、変な感じして……」


 リボンを結び終えた瞬間、玲央が振り返った。真っ白なブラウスの胸元に、ふわりとしたリボン。少しだけ開いたボタンから、肌の白さが覗いていて、目が離せなかった。


「……み、見るな……っ!!」
「……似合ってるよ」


 思ったことを言葉にすると、玲央の頬がみるみるうちに真っ赤になり、手で口元を隠した。


「ばか……っ、絶対ばかでしょ……っ」


 それでも、ほんの少しだけ笑っていて。小さな笑顔を見せてくれる玲央にふっと笑みが溢れた。ふと、視線が玲央の腰に落ちる。ブラウスとスカート、その下にまだ、ズボンを穿いている。


「……脱がないの? ズボン」
「っ……や、だって……下、スースーするし……これ脱いだらタイツになっちゃう……」
「……僕だけに、見せて。玲央」


 玲央の喉が、ぴくりと動き、言葉の代わりに、そっとズボンに指をかけた。その仕草が、あまりにもいやらしく見え、目を逸らす。


 するりとズボンが床に落ちる音がして、黒いタイツに包まれた脚が露わになった。その細い脚線をなぞるように、紺のスカートの裾がふわりと揺れた。


「……キス、していい?」


 優しく頬を両手で包むと、玲央がほんのり頬を赤く染め、小さく頷いた。額を寄せるだけで、玲央の体温がすぐそこに感じる。


 カーテンの向こう側にいるクラスメイトに気付かれないよう、そっと唇を重ねると、胸元がきゅっと玲央に掴まれた。指先がシャツ越しに肌へ触れた気がして、全身がぞくりとする。


 甘い匂いも、やわらかい唇も、掴まれた手も、その全てが愛しくて、理性の糸がぷつりと切れた。


 もう一度、今度は深く口付け、舌先で玲央の口唇をなぞる。玲央がびくりと肩を震わせた。


「……っ、ん……」


 小さく漏れた声に、身体の中が熱を帯びる。もっと触れたい。もっと聞きたい。もう、止められない。


 僕を誘うように、玲央の唇が少し開き、その隙間に舌を滑らせようとした、まさにそのときだった。


「おーい玲央、着替え終わったか~~? お披露目タイムしよ!」


 真鍋の声が、無粋に響き、玲央が僕の胸元へぎゅっと縋りつく。その身体をしっかりと腕に抱え、そっと耳打ちした。


「……見せたくないなら、僕が隠す」
「……あ、ありがと……でも、たぶん、大丈夫」


 鼓膜に届いた玲央の囁きは、熱を含んでいて。柔らかいのに、まっすぐで、心臓を打ち抜かれそうになる。


 どきりと跳ねた鼓動を悟られないように、そっと腕をほどき、代わりに玲央の頭をぽん、と優しく撫でた。視線を合わせないようにしながら、少しだけ口元を緩める。


「……じゃあ、僕、先にカーテンから出るね」
「うん……!」


 僕が出てから、しばらくして、カーテンがゆっくりと揺れた。