被写体は、きみひとり



 玲央の手を引いて、通りの先まで歩いたところで、大きな音が夜空に響いた。


 どんっ……。


「わっ……!」


 見上げた空に、ぱん、ぱんとリズムよく火花が咲く。夜の闇を焦がすように咲いた大輪の花が、ゆっくりと開いて、無数の光を溢した。


 玲央が目を細めてそれを見上げ、ふっと口角を緩める。嬉しそうなその表情に、思わず息を呑んだ。


 花火の光が、玲央の横顔を淡く照らす。うなじに落ちる髪の影や、白い首筋に赤や青の煌めきがちらちらと映り込むたび、視線を逸らせなくなる。


「……始まったね」


 囁くように声をかけながら、そっと玲央の横顔に目を向ける。光を映した大きな瞳が、あまりにも綺麗だった。


 ふと視線が落ちる。浴衣の襟元が少し緩んで、鎖骨のラインがほんのり覗いている。夜風に揺れる裾と、うっすらと汗を含んだ匂いに、胸の奥がじんわり熱くなった。


(……我慢できなくなりそう)


 花火の音と、玲央の色気に、隣にいるだけで、理性が焼けてしまいそうだった。


「花火、綺麗だね!」


 無邪気に笑う玲央の指先を、きゅっと強く絡める。耳元に唇を寄せて、囁いた。


「……少しだけ、抜けようか。静かなとこに行きたい」
「えっ? でも……花火……」
「すぐ戻るから。二人だけになりたい」


 少しの沈黙が流れる。玲央は一瞬、戸惑いの表情を見せ、でもすぐに頷いて僕の手を握り返してくれた。


 裏手にある小さな神社は、灯りが少なく、人気のない境内の奥まで進むと、空がふっと開けた。見上げた先に、再び大輪の花が打ち上がる。


「すごっ! こっち、来て正解だったかも!」


 玲央が笑いながら石段に腰を下ろした。僕の手を離そうとした瞬間、思わず掴み直す。


「す、翠?」


 口の中が渇き、胸に渦巻く想いが喉元までせり上がり、そっと顔を近づけた。玲央はびくりとしながらも、僕から逃げなかった。


「……玲央、キスしたい」
「……っ、ま、待っ……んっ……」


 触れるだけのつもりだった唇は、すぐに熱を帯びる。舌先で、玲央の唇の内側をなぞると、細い指がぎゅっと僕の服を握りしめた。


「……はぁっ、ちょ……息が……っ」
「我慢、できないよ。……こんなに、可愛いんだもん」


 背に腕を回し、そっと帯に指をかける。結び目を、しゅるりと静かにほどいた。


「っ……?! ちょ、ほどくなよ……!」
「……見せて。玲央の、綺麗なとこ」
「や、だって……ここ、外っ……!」
「誰もいないよ。……それに、『次は脱がす』って僕、言わなかった?」
「ぁあ~~~~っっ!!」


 玲央の肩から浴衣が滑り落ちる。するりと露わになる首筋と、白くて細い鎖骨に体の奥の方が熱を持つ。その線を辿るように、唇を落とすと、玲央の体がびくっと小さく揺れた。


「……あっ、や、んっ……」


 吐息混じりの甘い鳴き声に心臓が早鐘を打つ。うっすら汗ばんだ肌に舌先を這わせると、玲央が肩を震わせながら、袖口を握りしめた。


「変な声……出ちゃ……や、っ、あっ……」
「……可愛い声、もっと聞かせて」


 そっと胸元へ口づけを這わせながら、玲央の背中に手を回す。浴衣の奥の柔らかな肌の感触が指先を誘った。玲央の鼓動は早くて、触れるたびに、体温が上がっていくのがわかる。


「こ、こら……そこ、手ぇ入れるなって……!」
「……触れたい。もっと、玲央を感じたい」


 腰のラインに沿って、ゆっくりと指を滑らせる。玲央の息が引っかかって、首をすくめるように体を縮めた。


「……や、っ……もう……無理、だって……っ」


 玲央が耳まで真っ赤にして俯く。心臓のあたりに、キスよりも少しだけ強く、唇を押しつけた。


「……っ、や、やだっ、そこ……だめ……っ」
「……ここに、痕つけたい」
「痕って……な、何それっ……!」


 舌先で触れるほどの距離。だけど、はっきりと熱を伝えるように、そこに『僕の印』を刻んでいく。玲央の肌がじわりと火照り、背中越しに震えが伝わってくる。


「……んっ、はぁっ……」


 首を仰け反らせ、玲央が震える。浴衣の奥に指を差しかけたその時、顔を手のひらでぐいっと押された。


「ちょっ!!!」
「だ、だめ……っ……今日は、ここまで……っ、タイムっ!! 翠っ!!」


 荒い息とともに言い切る玲央の瞳は潤んでいて。でも必死で僕を止めようとしている。かろうじて理性を取り戻し、そっと手を引く。そして、すぐに脱げかけた浴衣を直しながら、玲央の肩を抱き寄せた。


「……ごめん。嫌だった?」
「ちが……っ、違う、嫌じゃない……。けど……これ以上は……ほんとに……頭まっしろになりそうで……っ」


 耳まで赤く染め、しがみつくように裾を掴んでいる玲央の姿が可愛くて、胸がきゅっとなる。優しく頬を撫でて、唇の端に微笑みをのせた。


「……じゃあ、今日は我慢する。……でも、次は……もうちょっと、触れさせて」
「な、なにをどこまで……っ」
「さぁ? 玲央の反応次第かな」


 顔を赤くしたままの玲央に、目を細める。それ以上、何も言わずに、ふたり並んで歩き出した。だけど、離れるのが惜しくて。花火の残り香が漂う夜に包まれながら、ぽつりと囁いた。

 
「……夜遅いし、うち、来る?」


 玲央の足が一瞬止まる。俯いて、小さな声で玲央が答えた。


「……今日は……父が帰ってきてるから……」
「そっか」
 

 少し残念そうに笑うと、玲央が手を握り返してきた。
 

「……玲央の家まで送るよ」
「いや、大丈夫っていうか……家は今ちょっと……」
「……それは、お父さんがいるから? 僕、ちゃんと挨拶するよ?」
「そういうレベルの問題じゃないの!!」
「どういうレベルの問題?」


 遠くで、また花火が打ち上がる。最後の火花が落ちても、僕たちはまだ笑っていたーー。