ーー4時間目、体育
男子更衣室のざわついた声の中で、いつもと同じように体操服に着替えていたーーはずだった。
けれど、シャツを脱ぐ指先にじんわり汗が滲んでいるのを自覚した瞬間、不意に、手が止まる。
(……なんで、僕は、緊張してるんだ……?)
隣にいる玲央が、制服のボタンを外している。その動きが、視界の端にちらりと入った。
見ようとしたわけじゃない。なのに、露わになる鎖骨のラインを捉えた瞬間、昨日の『あの距離』がフラッシュバックする。
押し倒すように重なった体。触れた肌、息、唇。指先に、シャツ越しの体温が残っている気がして、その記憶だけで、頭の奥がふわっと熱を帯びた。
(……っ、なにを考えてるんだ、僕は……)
ただ、着替えているだけなのに。胸がざわついて、手の動きがぎこちなくなる。玲央がこちらを見たような気がして、反射的に視線を逸らした。
(……今の、見られてた?)
そう思っただけで、耳の奥がじんわりと熱を持つ。ただの体育、いつも通りのはず。
ーーそれなのに今日は、やけに息がしづらかった。
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準備運動のペアストレッチ。自然な流れで、玲央と組むことになった。
「じゃあ、僕から押すね」
足を伸ばして座る玲央の背中に、そっと手のひらを置いた。
(……うわ、細……)
最初に浮かんだのは、それだった。
男なのに、骨ばっているわけじゃない。だけど、肩甲骨の出方や、背中のラインが妙に繊細で、体操服越しの薄布一枚でも、『華奢さ』が伝わってくる。
押すたびに、玲央の身体がぐっと沈んで、柔らかにしなる。肩から背中にかけての曲線はしなやかで、どこか、見てはいけないもののようだった。
(……こんな、感じだったんだ……)
昨日、思いがけず倒れ込んだときに当たった胸元。腕。あれが、ちゃんと『玲央の身体』だったことを、改めて意識する。
指の位置を少し変えただけで、玲央の肩がぴくりと反応した。
「……っ、いった……いや、だいじょぶ……」
声より先に、体の反応が先に来ている。肩がわずかに強張って、息が少し詰まるのが分かった。
(……ごめん、強かった……?)
問いかけそうになった言葉は、喉の奥で止まる。『背中を押す』なんて、ただの準備運動。なのに、触れている自分の方が、余裕がなくなっていた。
(……ちゃんと押さなきゃ……)
そう思って指に力を込めても、そのたびに玲央の呼吸が微かに揺れて、ますます意識してしまう。10秒なんてすぐのはずなのに、終わりが見えないほど長く感じた。
(これ……ずるいよ……)
玲央の背中は、やわらかくて、あたたかくて。たったこれだけで、昨日の出来事を全部、呼び起こしてくる。
あのとき感じた胸元の熱、顔が近づいた瞬間の吐息、ほんの一瞬、触れたような唇。それが全て、夢じゃなかったって。
こうしてちゃんと触れていると、思い知らされる。
(……ダメだ、こんなの……絶対、変な顔してる)
ただのストレッチ。形だけの接触。
……なのに。
玲央の背中のラインが、妙に色っぽく見えてしまって、もう、自分の中の『平常』がどこかにいってしまった気がした。
「次、俺、押すね!」
明るい声が響いた瞬間、背中がびくっと跳ねる。表情を悟られたくなくて、顔を逸らし、自分から前に出た。玲央の手が、肩甲骨のあたりにそっと置かれる。
「………っ」
それだけで、息が詰まりそうになる。強くもない、軽いタッチ。でも、それが『玲央の手』だとわかった瞬間、全身が一気に意識してしまう。
押されるたび、体操服の下の肌が、ぞわっと反応する。体の内側が、熱いような、くすぐったいようなーーどこか、変な感覚に包まれていく。
(……これ、なんか……変な気分……)
触れてほしいわけじゃない。だけど、手の位置が少しでもずれるたび、そこに神経が集中して、気になって仕方がない。
すぐ背後にいる気配。首筋にかかる、微かな息遣い。太もものあたりが妙にムズムズして、落ち着かない。
(……僕は、なんで、こんな……)
耐えきれず、浅く息を吐いた瞬間、玲央の手がピタッと止まった。
「……っ、ちょ、やっぱ、交代しよ」
その声に、思わず頷いた。
「……うん……」
それ以上、言葉にならなかった。押されただけなのに、心臓がばくばく鳴って、視界がぐらぐらする。汗ばむ手のひらを、こっそりズボンの脇で拭った。
(……あれを、なかったことに、できない……)
昨日のことも、さっきの反応も。まだ自分でもよくわかっていなくて。でも、体が、勝手に覚えてしまっていることが怖かった。
なのに、それ以上に、どうしようもなく、気になってしまう。玲央の手の感触が。その体温が。
すぐ近くにある、男の匂いがーー。
