水族館であいましょう


 それから、ふたりは決まった時間に水族館に足を運ぶようになった。
 お互いの休みが重なった休日には水族館を探索し、平日は佐野が診療所に来た際に話したり、楠見の放課後に部屋に招かれ、城戸の資料を読み返したりと、無理のない範囲で調べ物を進めていった。

  はじめのうちは佐野の自己嫌悪のこともあり、ひどい時にはほとんど会話らしいこともできなかったが、少しずつ少しずつ楠見と円滑なコミュニケーションをとれるようになっていった。それに伴うように、楠見の歪な精神構造の原因にも、触れることが多くなっていた。
 どうやら楠見が以前いた町は、なにかしらの原因で壊滅しているらしいことが分かった。が、肝心の楠見が町の名前を思い出せなかった。佐野の記憶同様、虫食いのようにぽっかりと消失しているらしい。
 軽くネットや図書館の新聞などで調べてみても該当する記事が見つけることはできなかった。

 「なんで、だろ……」

 「あんま気にしすぎんなよ 」

 落ち込むような、不安そうな顔を隠すこともなくなった楠見の頭を撫でる。柔らかい髪の奥から掌に伝わる熱が、楠見の心を映しているようだった。

 佐野との仲が親しくなったと感じたのか、楠見は水族館以外の場所にも佐野を案内するようになった。
 食用魚養殖場、人のいない工事現場用ロボットの待機場所、路地裏に廃棄された自律ロボットの元にまで足を運んでいた。

 「いつもロボットと遊んでんのか?」
 
 「……人、ちょっと苦手 」

 自律ロボットたちと遊びながら、楠見は少し目をそらす。学校でもどこか浮いているのか、話題に挙げるそぶりすら見せなかった。
 目立つ容姿をしているのも相まって、人間付き合いに苦手意識があるだろうことは、簡単に想像がついた。だからってロボットとばかり遊ぶのもどうかと思うが。

 「でも、ロボットと遊んでたから、佐野さん、見つけれた 」

 それを言われてしまうと、佐野はもう何も言えなかった。
 熱暴走を起こした作業用ロボから助けてくれた小型機械にも合うことができた。どうやら第4エリアの現場ロボットだったらしい。

 『ご無事で何よりです。お怪我の具合はいかがです?』

 「おかげさまで。少し傷跡が残るくらいだな 」

 それにしても、と改めて思う。キョートフは高層型の都市なため、棚田のように上に上に連なった都市構造になっている。故に、上の層に上がれば上がるほど、第6エリアの異質さが際立つ。
 高く高く積まれた都市の真ん中、そこだけ高い建物は一切ない。すべて一階から三階建て。壁も床も舗装された道も街灯もすべて白。そこだけ色が抜き取られているようで、ひどく気味が悪かった。
 建材には生き物の骨を砕いたものを使っているとか、人を攫ってきて日夜実験をしたり、非道なことをして誰かを苦しめているとか、好き勝手な噂ばかりが流れていて、どれが本当のことかなんてわからない。

 ただ楠見曰く、第六エリアには地下に施設があるらしい。
 
 あの水族館も、下へ下へと伸びている。下にいけば、より深海に近づく構造になっているんだとか。
 施設内のことを知るには、バックヤードに入る必要もあるだろうが、その大元――管理室は最下層にある事が、城戸のメモからわかっている。

「最下層にんな設備置くなよ……」

「不便だよね、最下層に管理室 」

 建物の構造も、効率なんかを考えるとチグハグで、アンバランスで、わざわざ大事な施設を、よりにもよって最下層なんかに置くだろうか。
 なんだか、ゲームのシナリオじみていて、気味が悪い。この施設を作った人間は、なにを考えていたんだろう。

「……あ 」

 ぱたぱたと駆け出した楠見の背中が、一つの水槽の前で止まる。おそらくサンゴ礁を再現したであろう丸い水槽の下、黒い台の前に落ちていた長方形のそれを拾い上げる。

「またあった 」

「あっちこっち落ちてんな、そのカセットテープ 」

 水族館の至る所に落ちているカセットテープには、日付が書かれたマスキングテープ以外はなにも記されていない。今回は「12/8~1/15」と書かれている。

「にしても、なんでカセットテープなんだろうな 」

「編集、できないから、だと思う 」

「編集ね……そういや、診療所でも使ってんな 」

 勝手に編集して改ざんすることを防ぐために、あえてアナログに頼る。最新のものや、テクノロジーを活用するのはいいことだが、その分不安も付き物だ。
 データの流出や悪質な改ざんを防ぐ。情報を扱うものとしては、常に頭を抱えなければならない課題なんだろう。

「普通の機械だと再生できねーんだよな、それ 」

「うん。他の奴と、一緒だから、多分 」

 つまりは、このカセットテープを再生するための機械も、ここのどこかにあるわけで。

「一番有り得るなら、やっぱ最下層の管理室か?」

「行ってみよ 」

「いきなりは無理だ。少しづつな 」

 宥めるように頭をぽんぽんと撫で、楠見を連れて出口へ向かう。最初は不貞腐れて、我遺憾ですという顔をしていた楠見も、今となっては素直に着いてくるようになった。
 次が楽しみだね、なんて言いながら。


 こうした日々の中、佐野は楠見とは一定の距離を取るように心がけていた。
 楠見が一歩近づけば一歩下がり、一歩下がれば一歩近づく、といったように。付かず離れず、程よい距離感になるように細心の注意を払った。
 それは、楠見を利用していることに対する後ろめたさから来るものだった。

 が、佐野は自分でも気が付かないうちに、もう取り返しのつかないところまで来ていた。
 思えば当然で、これだけ世界を共有し、秘密を共有し、時間を共有している二人の関係が、発展しない方がおかしかった。

楠見を愛おしく思うようになった。
廃墟内の危ない場所は手を繋いで歩くようになった。
頭をよく撫でるようになった。

思い当たる節を並べ始めていけばキリがない。
 今はギリギリ踏みとどまっているが、いつあっち側へ傾いてもおかしくはない。

 そして、とうとう二人の関係を揺るがす、決定的なことが起こった。
 水族館を探索し始めて半年が経った、十二月の頃だった。