20⬛︎⬛︎/6/18.
天気:雨/風速:10m/s
場所:キョートフ.エリア6.廃墟
:佐野涼太
――
大量の資料がある廃墟のことを、楠見はどうやら水族館と呼んでいるらしい。
なるほど確かに、その施設は水族館と言っても納得できる。そんな廃墟だった。
外から見ると、真っ白で大きな謎の立方体をいくつか組み合わせたような歪な建物だったが、中は思ったより広く、鼻先に水族館特有のにおいが掠めた。
入口からも見える位置に、水槽がある。奥にはもっと大きな水槽があるのだと、楠見は言う。
「……本当にここにあんのか?」
「うん 」
佐野の言葉に頷く楠見は、どこか楽しそうな空気を醸しながら先へ進む。城戸が楠見はイタズラ好きだと言っていたが、佐野にはどちからというと好奇心旺盛な少年のように見えた。
「探検、ごー 」
「んな気楽な……」
ぱたぱたと歩く楠見を追いかけ、佐野も施設の奥へと足を進める。
廃墟らしく無機質で、人気がない。それなのに神経質なほどに清潔感があるこの場所は、水族館というよりも研究施設のような不気味さを醸し出していた。
水槽の中には水が張られ……――
――水生生物と思わしき生命体が、悠々と揺蕩っていた。
「……は 」
息が詰まる。
それは、それらはどう考えても地球上の生き物ではない。佐野のことなど、オキアミのように飲み込んでしまえそうな巨大魚では飽き足らず、まるでAIがつぎはぎにして作り上げたような奇妙な生物。太古の海に生きていたとされる生物や、そもそも生きているのかすらも疑いたくなるようなものまで……
それらは当たり前のように、当然のように、水槽の中で飼育されていた。
「くす、み……楠見、こいつらッ 」
「綺麗、でしょ?」
綺麗。コレが、綺麗?
正気を疑うが、促されるまま、改めてしっかりと水槽の中を見る。
確かに陽の光を反射した鱗は虹色にキラキラと瞬いているし、ひらひらと水の中を揺蕩う鰭は透き通っていて、幻想的にも見える。
「……透き通ってんな 」
「大人しい 」
「でも見るからに危ねぇだろ、こいつら 」
「この施設は安全、だと思う 」
「…………本気で言ってんのか?」
「先生、ここ調べてた 」
「……だから安全ってか 」
佐野の言葉に頷く楠見に、酷い頭痛がのしかかる。城戸の言っていた、楠見の"欠陥"はこれのことだったらしい。
楠見には、精神的に大きな欠陥がある。
そう告げた城戸は、どこか悲しそうな顔を浮かべながら、言葉を続けた。まだ楠見と出会って、一ヶ月も経っていない頃の話だ。
どこか歪で違和感のあった楠見の性格は、自分自身の心が壊れない為に行われている防衛本能によるものだ。と言い放たれた残酷な説明を、佐野はどう受け止めていいのかわからなかった。
「……周囲の人間に酷い扱いを受けた者の中には、恐怖の対象に対して愛想良く振る舞い、相手に取り入って身を守るという行動を取る者がいるんだ 」
心を守るために「なにも考えず、なにも疑わずにいれば、なにも裏切らなくてすむ」という思考を無意識レベルで自身に強制している。
たどたどしい話し方も、取ってつけたような敬語も、全て少し生きるのが下手な壊れた子どもでいれば、面倒くさがって離れるか、庇護欲が刺激され、自分が傷つけられる確率は減る。
少なくとも、楠見の脳ではそういった答えが出されている。
「そうすれば、あの子の人懐っこさも、妙な警戒心のなさも、全て合点がいくのだよ 」
――それにしても珍しいね、あの子があんなにすぐ人に懐くなんて ――
出会った日、城戸がこぼした言葉の意味が、重くのしかかる。
楠見が人に懐くのは珍しい。そして懐くのは恐怖の対象から自分自身を守るため。
……なぜ佐野にすぐに懐いたのかの意味だなんて、もはや考えるまでもない。
さて、楠見にとってここは安全な場所ということになっている。そしてここには、城戸が探索に足を運ぶだけのなにかがあり、おそらくはそれを楠見に見つけることを許している。
なら、楠見はここの探索を止めないだろう。少なくとも、楠見本人が納得するまでは。
なら、佐野が取る行動はひとつだけ。
楠見の探索に付き合いつつ、安全にここから帰らせる。
一瞬、なぜそこまでするのか、自分自身が気味悪く感じたが、その理由はすぐに見つかった。
楠見を守ることができれば、いや、この先にあるなにかを知ることができれば、自分が抱える正体不明の罪悪感や嫌悪感を払拭できるのでないか。それは、大きな動機であり、今の佐野にとっては酷く重要なことだった。
目に見えて不気味で、不穏で、なにかしらが潜んでいるだろう場所。不安定で不確かな部分を明確にできるのなら、調べてみる価値はある。
それに、楠見の付き添うという体なら、城戸もなにも言わないだろうと踏んだ。
楠見にはわるいが、佐野は彼をおおいに活用させてもらう事にした。
微かに良心が痛むが、気が付かないふりを決め込み、異世界の入口のようにぽっかりと口を開けた水族館へと、一歩踏み込んだ。
天気:雨/風速:10m/s
場所:キョートフ.エリア6.廃墟
:佐野涼太
――
大量の資料がある廃墟のことを、楠見はどうやら水族館と呼んでいるらしい。
なるほど確かに、その施設は水族館と言っても納得できる。そんな廃墟だった。
外から見ると、真っ白で大きな謎の立方体をいくつか組み合わせたような歪な建物だったが、中は思ったより広く、鼻先に水族館特有のにおいが掠めた。
入口からも見える位置に、水槽がある。奥にはもっと大きな水槽があるのだと、楠見は言う。
「……本当にここにあんのか?」
「うん 」
佐野の言葉に頷く楠見は、どこか楽しそうな空気を醸しながら先へ進む。城戸が楠見はイタズラ好きだと言っていたが、佐野にはどちからというと好奇心旺盛な少年のように見えた。
「探検、ごー 」
「んな気楽な……」
ぱたぱたと歩く楠見を追いかけ、佐野も施設の奥へと足を進める。
廃墟らしく無機質で、人気がない。それなのに神経質なほどに清潔感があるこの場所は、水族館というよりも研究施設のような不気味さを醸し出していた。
水槽の中には水が張られ……――
――水生生物と思わしき生命体が、悠々と揺蕩っていた。
「……は 」
息が詰まる。
それは、それらはどう考えても地球上の生き物ではない。佐野のことなど、オキアミのように飲み込んでしまえそうな巨大魚では飽き足らず、まるでAIがつぎはぎにして作り上げたような奇妙な生物。太古の海に生きていたとされる生物や、そもそも生きているのかすらも疑いたくなるようなものまで……
それらは当たり前のように、当然のように、水槽の中で飼育されていた。
「くす、み……楠見、こいつらッ 」
「綺麗、でしょ?」
綺麗。コレが、綺麗?
正気を疑うが、促されるまま、改めてしっかりと水槽の中を見る。
確かに陽の光を反射した鱗は虹色にキラキラと瞬いているし、ひらひらと水の中を揺蕩う鰭は透き通っていて、幻想的にも見える。
「……透き通ってんな 」
「大人しい 」
「でも見るからに危ねぇだろ、こいつら 」
「この施設は安全、だと思う 」
「…………本気で言ってんのか?」
「先生、ここ調べてた 」
「……だから安全ってか 」
佐野の言葉に頷く楠見に、酷い頭痛がのしかかる。城戸の言っていた、楠見の"欠陥"はこれのことだったらしい。
楠見には、精神的に大きな欠陥がある。
そう告げた城戸は、どこか悲しそうな顔を浮かべながら、言葉を続けた。まだ楠見と出会って、一ヶ月も経っていない頃の話だ。
どこか歪で違和感のあった楠見の性格は、自分自身の心が壊れない為に行われている防衛本能によるものだ。と言い放たれた残酷な説明を、佐野はどう受け止めていいのかわからなかった。
「……周囲の人間に酷い扱いを受けた者の中には、恐怖の対象に対して愛想良く振る舞い、相手に取り入って身を守るという行動を取る者がいるんだ 」
心を守るために「なにも考えず、なにも疑わずにいれば、なにも裏切らなくてすむ」という思考を無意識レベルで自身に強制している。
たどたどしい話し方も、取ってつけたような敬語も、全て少し生きるのが下手な壊れた子どもでいれば、面倒くさがって離れるか、庇護欲が刺激され、自分が傷つけられる確率は減る。
少なくとも、楠見の脳ではそういった答えが出されている。
「そうすれば、あの子の人懐っこさも、妙な警戒心のなさも、全て合点がいくのだよ 」
――それにしても珍しいね、あの子があんなにすぐ人に懐くなんて ――
出会った日、城戸がこぼした言葉の意味が、重くのしかかる。
楠見が人に懐くのは珍しい。そして懐くのは恐怖の対象から自分自身を守るため。
……なぜ佐野にすぐに懐いたのかの意味だなんて、もはや考えるまでもない。
さて、楠見にとってここは安全な場所ということになっている。そしてここには、城戸が探索に足を運ぶだけのなにかがあり、おそらくはそれを楠見に見つけることを許している。
なら、楠見はここの探索を止めないだろう。少なくとも、楠見本人が納得するまでは。
なら、佐野が取る行動はひとつだけ。
楠見の探索に付き合いつつ、安全にここから帰らせる。
一瞬、なぜそこまでするのか、自分自身が気味悪く感じたが、その理由はすぐに見つかった。
楠見を守ることができれば、いや、この先にあるなにかを知ることができれば、自分が抱える正体不明の罪悪感や嫌悪感を払拭できるのでないか。それは、大きな動機であり、今の佐野にとっては酷く重要なことだった。
目に見えて不気味で、不穏で、なにかしらが潜んでいるだろう場所。不安定で不確かな部分を明確にできるのなら、調べてみる価値はある。
それに、楠見の付き添うという体なら、城戸もなにも言わないだろうと踏んだ。
楠見にはわるいが、佐野は彼をおおいに活用させてもらう事にした。
微かに良心が痛むが、気が付かないふりを決め込み、異世界の入口のようにぽっかりと口を開けた水族館へと、一歩踏み込んだ。

