:楠見悠
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「先生、貴方は被検体ではないですよね?」
楠見の言葉に、目の前の城戸はゆっくりと顔をあげる。
今の楠見からは無機質さこそ消えているが、冷たい声は変わらない。楠見悠生――楠小十郎という人間の本質は、そもそもが少し人形のような部分があった。
故郷の師匠、浪士組での原田を始めとした多くの人との関わりが、彼の非人間性を薄くし、臆病で優しい少年剣士へと育てたのだ。
「私から答えを聞く前に、キミの見解を聞かせてほしい。今後のためにもね。勿論、強制ではないが 」
「……僕は、貴方がドクターじゃないかと思っています。だってそうでもしないと、納得いきません。
僕が涼太さんに出会ったあのロボット事故。あれは意図的ですよね?
この世界の人々が、前の施設での生き残りの検体や舞台装置のための偽物なら、そう難しくもないはずです。だって彼らは自発的に動けないから。指示を聞く人形だから。
人間らしい生活なんて必要ない。腐ることもない。食事もなにも必要ない。
この世界におけるロボトミー手術って、そういうことですよね?生命としての機能の剥奪も兼ねている。都合のいい道具です。文字通り。
涼太さんは怪我をして、病院に運ばれて、そこから僕を探すはずだと。真面目な性格に設定して、今まで8回にも及ぶ試行錯誤のあとなら、どう動くかも予想できたはずです。
病院に藤原さんが来たのも、貴方の指示ですよね?今手が離せないから、代わりに僕を迎えに行ってくれって。
近藤勇のことなら信じる可能性が高い。貴方はそう判断したんじゃないですか?偽物でも、ツギハギでも、原田左之助であるならば、ある程度不自然で強引でも問題ないと 」
「ふむ。それで?」
「あるいは、ドクターのメッセンジャーのような役割があるのではと思っています 」
一呼吸置いて、楠見は答える。
「貴方にも、自律性はない。自我はない。
城戸小太郎なんて人は、検体としての登録名になかった。カルテにも記載がなかった。貴方の目的も、よくわからない。
でも、貴方がドクターの代理なのなら、もしくはこの世界を動かすための端末なら、理解出来る。
貴方がいたから、藤原さん……近藤さんや原田先生、勝海舟、高杉晋作、他にも沢山の人達が水族館に向かった。違う?」
数秒の沈黙の後、目の前の男は静かに拍手をする。ぱちぱちと響くそれは、雨音のようだった。
「素晴らしい。完全に想定外だったよ 。
大正解だ、楠見くん。私がドクターだ。あるいはその代理と言っていい。なにせドクターは一人ではないからね 」
「……涼太さん達をどうするつもりですか 」
「どうもしない。観察は続くよ。まだキミ達は答えを出していないんだから 」
「答えたら用無しですか?」
「言ったろ?観察は続くよ。むしろ始まったばかりさ。キミというイレギュラーもいる事だし 」
「……僕が自発的に動いたことは、仕組んだことではないと?」
「そうだよ。人間の脳って不思議だね?不可解だね?我々としても興味深いよ。一度壊したら治らないのに、キミはまた息を吹き返したように動き始めたんだから 」
ニコニコと笑う男が気持ち悪い。
ぐにゃりと空気が歪み、男の目がぎょろりと楠見を捕らえる。それはもはや人間のそれではない。
形だけを真似ているような歪さが、楠見の精神を軋ませた。吐き気と頭痛にひたすら耐え、逃げ出したくなる脚を押さえつけた。
「目的は、なんなんですか 」
「キミなら検討がついているだろ?」
「…………ただの、興味本位、あるいは暇つぶしから来る実験。予算は嘘ですね?この世界の運営すら余興や暇つぶしと言っていい 」
素晴らしいと言うように、男は楽しそうに呵々大笑をする。体が歪にねじ曲がるように捩る姿に、思わず後ずさった。
この世界は実験場じゃない。文字通り、神々の遊び場だ。指先で行われているもので、吹けば終わる。
その程度のものだ。今この場で終わりが来ても、彼らは気にもとめないだろう。
「この世界は偽物だ。キミ自身もね。でも、そんな中で儚くも愛を紡ぐがいいさ 」
楠見がその言葉に答えることはなかった。

