夢を見た。
それは、遠い遠い幕末の記憶。
楠は年季の入った道場の縁側で、剣の師匠と話をしていた。
『お前は人を殺す才能がある 』
冷たい事実に、楠はなにも反応しない。剣の腕が立つと褒められるのは、悪い気はしなかった。
『だからこそ、その才を殺すことを覚えなさい 』
師匠の意味が、よくわからなかった。
なぜせっかくの才を殺す必要があるのか、幼かった楠には、上手く理解することが難しかった。
『人を殺めるのは、お前には容易いだろう。だが、一度失った命は戻らない。
いいか、人を殺め、傷つけ、裏切り、捨てることは容易い。だからこそ、その手段を使うことのないように努める必要がある。それは、力を持つものの責務だ 』
今までにないほど、真剣な顔で師匠は続ける。
『無闇矢鱈と暴力を行使するものには必ず報いがある。裏切り、人を捨てるものには必ず同じ扱いを受ける。忘れるな、己の行いは、必ず自分に返ってくるのだと 』
その言葉を、楠小十郎は忘れたことはない。
人を殺めるな、傷つけるな、忘れるな。
それだけが、故郷と共に死に絶えてしまった師匠との最後の繋がりであり、唯一継いでいくことの出来るものなのだから。
剣の術を継ぐことは叶わなかった。
なら、その信念だけ、心の在り方だけでも継いでいくことが、全てを奪われた楠の唯一の縁だった。
『お前の心根は優しいな 』
だから、原田の一言に、そんなことないです、と返したかった。
それ以外に縋るものが無いだけだ。それ以外に、どうしていいのかわからないから……。
『帰る場所がないなら、ここを帰る場所にしたらいい。心を預ける先がないなら、俺に預けたらいい 』
なんて事ないようにそう提案する目の前の青年に、凍りついた心がゆっくりと溶けていく気がした。
『一時的でいい。お前が見つけるまでの、間でいいだろ 』
俺も近藤さんたちに預けてるからな、と笑う顔に、酷く泣きたくなった。そんな優しさが、いつまでもいつまでも暖かかった。
『真の誠なんて、誰にもわかんねぇんだから 』
そんな優しいあなたが、身内の粛清に目の奥を密かに曇らせるのが、耐えられなかった。
明日を信じることの出来ないこの組織に、彼がいることが苦しかった。
『明日を諦める必要はないのだ。そうだろ?』
だからその一言は、地獄に垂れた蜘蛛の糸で。
『誰だって、明日を願う権利はある。それがどれだけ、考えの相容れないものであってもね 』
優しく笑うその人が、どうしようもなく救いに見えて。
『だから教えてくれるかい?君の知っていることを。浪士組のこと 』
震える口を、開いたのだ。

