20⬛︎⬛︎/12/20.
天気:晴れ/風速:10m/s
場所:キョートフ.エリア6.水族館
:佐野涼太
――
長い長いエスカレーターに運ばれながら、佐野はふと上を見上げる。
真っ暗な天井と壁、そして床。なにも見えない暗闇の向こうで、"なにか"が動く気配を感じ撮る。エスカレーターは巨大な水槽の中を通り抜けるような設計になっているらしく、あちこちから"なにか"の気配を頻繁に感じることがあった。
まだ姿自体は見えていないが、時たまイカのような触手やきらりと光る目のようなもの、悠々と揺蕩う巨大生物の鱗を断片的に確認することはできた。
「なんかいるよなぁ……」
「鯨?」
「もっとデカそうだけどな 」
楠見も佐野を真似るように、上を見上げる。
すっかり冬服になった楠見は、暖かそうなベージュのコートの裾を握る。無理もない。
いよいよ次が最下層、この水族館の探索も終わりが見えてきたのだ。
「怖いか?」
「大丈夫。涼太さんは?」
「ここに来るまで散々な目にあってっからな、平気だ 」
そう、ここに来るまでに色々あった。
書くと長くなるので割愛してしまったが、正直何度か眠れぬ夜を過ごすほどの目にはあっている。水槽の中にはいて欲しくないと切に願うほどの、生物と呼べるのかも怪しいアレらとの遭遇は、確実に佐野の精神をすり減らしていた。
「また、お泊まり、する?」
「あー……最悪頼むわ 」
地下三階のバックヤードにいた化け物としか形容のできないモノと遭遇した時は、流石の楠見も動けなくなった。佐野に抱えられて出口にまで辿り着けたものの、そのまま帰ることもできず、結局佐野の家に泊まったのだ。
一人で風呂に入るのを嫌がり、二人で入るには狭すぎるからと言い聞かせるも、べそべそ泣きじゃくる楠見を無視もできず……。
あの日は大変だった。本当に。
佐野も佐野で一人で寝ることになっていたら苦労しただろう。
瞼を閉じれば、黒く蠢く触手、ギロリと動く目のような金色の機関がこちらを見つめている様が、ハッキリと思い出してしまう。すぐ隣で寝そべっていた楠見がいなければ、最悪発狂していたかもしれない。
それを思うと持ちつ持たれつだったのだが。
数分もしないうちに、エスカレーターの終わりが見えてきた。真っ暗闇の水槽とは打って変わり、明るい光が漏れ出ていた。
「悠生、そろそろ最下層着くぞ……悠生? 」
「……心臓、バクバクする 」
胸元に手を添え、眉を僅かに潜めている。あいている手をしっかり握ってやると、縋るように指に力が入った。
「お前がビビっててどーすんだよ 」
不服そうに顔を顰めた楠見に思わず小さく吹き出した。この半年で随分と表情が豊かになったと、佐野は感慨深い気持ちになる。
実際は、楠見の僅かな表情の変化を読み取れるようになっただけなのだが、佐野がそんなことを知るわけがない。
しっかりと手を繋ぎながら、エスカレーターを降り、部屋に足を踏み入れる。あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、そこは全てが白い空間だった。まだ水族館としての体を保っていた今までの階とは明らかに違う。
色も、匂いも、音も、全てが無に還ったように、何もない空っぽの空間にひとつ、大きな機械が置かれている。
黒いブラウン管のような画面が取り付けられた、大きなパソコンの様なそれの傍らには、カセットテープを再生するための機械が、打ち捨てられるように置かれていた。
「……な、に 」
「ここでなに管理すんだよ……」
管理室、と呼ぶにはなにもない。
大量のパソコン、積まれた紙束やファイルの数々、ボードに試験管……そんな物達がそびえ立っていた今までのバックヤードの方が、余程管理室らしさがあった。
「……カセットテープ、なにかあるかも 」
まだ動揺しているのか、どこか不安げな楠見から機械を受け取る。中には既にテープが入れられていた。
「……入ってたのか?」
こくりと頷いた楠見と数秒顔を見合せ、再生ボタンを押し込む。カチャンっと音がして、再生中を知らせる黄緑のランプが点灯した。
なにも無い部屋で、掠れたノイズだらけの男性の声が響いた。
天気:晴れ/風速:10m/s
場所:キョートフ.エリア6.水族館
:佐野涼太
――
長い長いエスカレーターに運ばれながら、佐野はふと上を見上げる。
真っ暗な天井と壁、そして床。なにも見えない暗闇の向こうで、"なにか"が動く気配を感じ撮る。エスカレーターは巨大な水槽の中を通り抜けるような設計になっているらしく、あちこちから"なにか"の気配を頻繁に感じることがあった。
まだ姿自体は見えていないが、時たまイカのような触手やきらりと光る目のようなもの、悠々と揺蕩う巨大生物の鱗を断片的に確認することはできた。
「なんかいるよなぁ……」
「鯨?」
「もっとデカそうだけどな 」
楠見も佐野を真似るように、上を見上げる。
すっかり冬服になった楠見は、暖かそうなベージュのコートの裾を握る。無理もない。
いよいよ次が最下層、この水族館の探索も終わりが見えてきたのだ。
「怖いか?」
「大丈夫。涼太さんは?」
「ここに来るまで散々な目にあってっからな、平気だ 」
そう、ここに来るまでに色々あった。
書くと長くなるので割愛してしまったが、正直何度か眠れぬ夜を過ごすほどの目にはあっている。水槽の中にはいて欲しくないと切に願うほどの、生物と呼べるのかも怪しいアレらとの遭遇は、確実に佐野の精神をすり減らしていた。
「また、お泊まり、する?」
「あー……最悪頼むわ 」
地下三階のバックヤードにいた化け物としか形容のできないモノと遭遇した時は、流石の楠見も動けなくなった。佐野に抱えられて出口にまで辿り着けたものの、そのまま帰ることもできず、結局佐野の家に泊まったのだ。
一人で風呂に入るのを嫌がり、二人で入るには狭すぎるからと言い聞かせるも、べそべそ泣きじゃくる楠見を無視もできず……。
あの日は大変だった。本当に。
佐野も佐野で一人で寝ることになっていたら苦労しただろう。
瞼を閉じれば、黒く蠢く触手、ギロリと動く目のような金色の機関がこちらを見つめている様が、ハッキリと思い出してしまう。すぐ隣で寝そべっていた楠見がいなければ、最悪発狂していたかもしれない。
それを思うと持ちつ持たれつだったのだが。
数分もしないうちに、エスカレーターの終わりが見えてきた。真っ暗闇の水槽とは打って変わり、明るい光が漏れ出ていた。
「悠生、そろそろ最下層着くぞ……悠生? 」
「……心臓、バクバクする 」
胸元に手を添え、眉を僅かに潜めている。あいている手をしっかり握ってやると、縋るように指に力が入った。
「お前がビビっててどーすんだよ 」
不服そうに顔を顰めた楠見に思わず小さく吹き出した。この半年で随分と表情が豊かになったと、佐野は感慨深い気持ちになる。
実際は、楠見の僅かな表情の変化を読み取れるようになっただけなのだが、佐野がそんなことを知るわけがない。
しっかりと手を繋ぎながら、エスカレーターを降り、部屋に足を踏み入れる。あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、そこは全てが白い空間だった。まだ水族館としての体を保っていた今までの階とは明らかに違う。
色も、匂いも、音も、全てが無に還ったように、何もない空っぽの空間にひとつ、大きな機械が置かれている。
黒いブラウン管のような画面が取り付けられた、大きなパソコンの様なそれの傍らには、カセットテープを再生するための機械が、打ち捨てられるように置かれていた。
「……な、に 」
「ここでなに管理すんだよ……」
管理室、と呼ぶにはなにもない。
大量のパソコン、積まれた紙束やファイルの数々、ボードに試験管……そんな物達がそびえ立っていた今までのバックヤードの方が、余程管理室らしさがあった。
「……カセットテープ、なにかあるかも 」
まだ動揺しているのか、どこか不安げな楠見から機械を受け取る。中には既にテープが入れられていた。
「……入ってたのか?」
こくりと頷いた楠見と数秒顔を見合せ、再生ボタンを押し込む。カチャンっと音がして、再生中を知らせる黄緑のランプが点灯した。
なにも無い部屋で、掠れたノイズだらけの男性の声が響いた。


