The guard part2 FBI連邦捜査官シリーズ

「どういうことだ?」

 トラヴィスは下へ落ちないように体を支えながら、突然出現したグレーの戦闘機にわけがわからないように戸惑う。

「本物か?」
「たぶんね。レンタルでもしてきたのかな?」

 トーマスも息を整えながら、冗談ともつかないことを言う。

「ペンタゴンが、レンタル業も始めたってわけだな」

 ヒースはその冗談に真面目にのった。

 うん、とトーマスも真面目に頷いた。

「今の時代なら、お金を出せば宇宙へも旅行できるもの」
「で、どうして俺たちがレンタル野郎に襲われるんだ?」

 トラヴィスは普段実物を見ることのない戦闘機に、少しだけ興奮していた。誰が操縦しているのかは知らないが、肉眼で見る限り、プロの曲芸飛行である。

「襲われたのは、僕たちじゃないよ、きっと」

 トーマスは半分呆れていた。

「まさかとは思ったけれど、国の戦闘機でアタックしてくるとはね……」
「……」

 ヒースとトラヴィスは微妙に視線を投げあった。トーマスが何を言わんとしているのか理解したのだ。

「……冗談だろう?」

 トラヴィスは近づいてくる戦闘機の迫力に、文字どおり釘付けになる。

「冗談じゃないと思うよ。犯人にとってはね」

 イーグルは三人の捜査官の目の前を、稲妻のような速さで横切っていった。

「あれは、どう見てもプロのパイロットだぜ?」

 ヒースは窓に顔を寄せて、戦闘機の影を追う。

「そうだろうね。大変な事態だよ」

 それからまもなく、ジェット機はバランスを持ち直すと、再び水平飛行になった。

 トーマスは手早く立ち上がった。

「すぐにコクピットへ行こう。イーグルは、明らかにこのジェット機へ攻撃を仕掛けてくる気だ。警報音はそれを伝えているんだ」

 三人はいまだに鳴り続けている音を残して、コクピットへと急いだ。



 狭いコクピットには、機長とパイロットの他、オスカーとフィオナがいた。フィオナはオスカーに両腕で支えられていた。

「大丈夫だったか? FBIの諸君」

 あれほど機体がぐらついたのにもかかわらず、オスカーは少しも動じていなかった。

「僕たちは大丈夫です。それよりも、このジェット機に何が起こっているんですか?」
「君たちが体験したとおりだ。サム、説明してくれ」

 ジェット機の機長サミュエル・クローバーは、簡単に説明をした。

「二〇分ほど前から、一機の戦闘機に追跡されています。その戦闘機は、我々の飛行ルートを妨害する動きを見せています」
「その戦闘機からコンタクトはありましたか?」
「いいえ」

 不意に、コクピット内でアラームが鳴った。

 隣で操縦かんを握っていた若いパイロットが悲鳴をあげた。

「た、た、た、大、大、変……」
「どうした?」
「……ロ、ロ、ロ、ロロロ……」
「ロックオンされました」

 舌が回らなくなったパイロットに代わって、機長が冷静に報告する。

「ロックオンだと?」

 さすがの市長も驚きを露にする。

 ロックオンとは、戦闘機などが攻撃目標を捕捉する行為である。この時にミサイルを発射すると、ロックオンした目標へ一直線に飛び、撃墜することのできる攻撃行為である。

「近くの空港のコントロールタワーへ、至急連絡をします。この戦闘機の動きも把握しているはずです」

 元空軍パイロットであるサミュエルはこのような事態に慣れているのか、慌てないで対処する。

「待て」

 だがオスカーは止めて、違うことを口にした。

「相手の戦闘機とコンタクトは取れるか?」
「やってみます」

 クローバー機長は通信の周波数を変え、無線スイッチをオンにした。

「こちら、スペリオル。こちら、スペリオル。イーグル、応答せよ」

 スペリオルはこのプライベートジェット機の名称である。ミネソタ州にある湖の名前だ。

 返事は返ってこない。

「この周波数は、私が空軍在籍中に使用していました。向こうへは届いているはずです」
「わかった」

 オスカーはまだ足元がふらついているフィオナを、そばにいたヒースへ任せると、機長の背後から無線マイクを手に取った。地元紙には、ユーモアに富んだ魅力溢れる演説を紡ぎだす魔法と書かれた唇に持ってゆくと、なめらかに語り始めた。

「私はスペリオルのオーナー、オスカー・ミュラーだ。この声が聞こえているなら、是非イーグルのパイロットへ答えて欲しい。私のスペリオルが、国の戦闘機にロックオンされて撃ち落とされる理由は何なんだ? ニューヨーク市行政への抗議かな? それと、君は誰なんだ?」
「現役の空軍パイロットには間違いない」

 フィオナを両腕で過剰に支えているヒースは、小声で呟いた。その言葉に、フィオナはわずかに眉を曇らせる。

「相手から返答がなくても、ずっとコンタクトを取り続けて下さい」

 トーマスは無線マイクに拾われないよう声を落としながら、横から口添えをする。

「恐らく、相手の攻撃目標は貴方であるはずです。そうであれば、ミサイルを発射する前に、貴方と言葉を交わしたい心理状況になるはずです。相手は貴方の生命与奪権を握っています。その優越心を存分にくすぐるんです」

 オスカーはわかったというように頷くと、再び無線マイクに向かった。

「君が目の前のボタンを押せば、私の命は一瞬にしてステイツの空に散らばるだろう。カラスの餌になるか、サメの餌になるかは、神のみぞ知る。だが彼らを満腹させる前に、何故こうなる運命だったのか、是非教えて欲しいんだ。神は世界の終わりに、愚かな人間たちを裁く。最後の審判は、哀れな人間たちを天国か地獄のどちらかへ選別する。今、私はミケランジェロの描いた最後の審判で、神の振りあげる裁きを待つ弱々しい子羊だ。恐らく地獄への片道切符を渡されるだろうが、君に聖母マリアの慈悲が少しでもあるのなら、私が望む最期の言葉を告げて欲しい。その指先に触れている神の裁きを押す前に――」

 朗々たる口調だった。傍らにいるトーマスや、ヒースにフィオナ、クローバー機長に震えているパイロット、そしてトラヴィスですら、コクピット内で絶体絶命と叫んでいるアラーム音も忘れさせるほどの力強さにあふれたものだった。

 オスカーはその余韻をマイクの向こう側へも伝えるように、間をおいてスイッチをオフにする。

 誰も無言だった。ただ危機を告げる音だけが、コクピット内の緊張感を高め続ける。

 返信もまた、無言だった。

 トーマスはオスカーへ促すように小さく頷く。

 オスカーも心得たように、手にあるマイクのスイッチをオンにしようとした。だが、その指が一瞬留まる。

 通信のスピーカーから、何かが聞こえてきたのだ。

 機長はボリュームをあげる。

 それは、すすり泣くような声だった。