The guard part2 FBI連邦捜査官シリーズ

「とても説得力がある。以前に、似た事件でも手がけたことがあるのか?」

 そう質問されて、トラヴィスの脳裏にある記憶が甦った。まだペーペーの新人だった頃に起きた殺人事件である。一人の男性へ、狂信的な想いをもってしまった女性。男性は近所に住むその女性へ何の気持ちもなかった。しかし女性は毎朝きちんと挨拶してくれる男性は、自分へ特別な感情をもっていると思い込んでしまった。女性は男性の告白を待った。だが男性は職場の恋人と結婚してしまった。女性は嘆き、恨んだ。自分を裏切ったと。そして、新婚旅行へ向かった二人を追っていき、ショップで購入した銃で撃ち殺すと、何食わぬ顔で自宅へ帰り、翌日は普通に仕事へ向かった……

『私は裏切られたんです。彼は私を好きだったのに、私は彼の恋人だったのに……』

 裁判でそう哀しげに訴えた女性は、とてもではないが何発も銃弾を浴びせて殺した異常者には見えなかった。きちんと髪を結び、スーツにハイヒールで、化粧もしていた。それが一層不気味だった。

「……どうした?」

 ふいに黙り込んでしまったトラヴィスを、オスカーは不思議そうに覗き込む。

「――何でもありません」

 ついでに嫌な野郎を思い出したと、胸糞が悪くなった。その事件の時、殺された被害者の家族たちが涙を流して悲しんでいる姿にやるせなくなったトラヴィスに、当時の上司がこう言ったのだ。

『お前みたいな奴も普通に傷つくんだな。傷つき方もアカデミーで学んできたのか?』

 日頃からお互いにくたばれと罵りあう仲だったが、トラヴィスは逆上して掴みかかった。その場にいた他の同僚たちの手ですぐに引き離されたが、その夜、明日あのクソ野郎を殺してやると怒り心頭のトラヴィスを訪ねたのが、訓練生時代からこっそりとつき合い始めた恋人だった。玄関先で出迎えたトラヴィスは、久しぶりに会ったその姿に、開口一番、獰猛(どうもう)に言い放った。

『お前、運がいいな。ちょうど今、くそったれの金髪野郎を撃ち殺してやろうと思っていたんだ』

 その上司もブロンド、ブルーアイズのハンサムな男性だった。

 ――俺は金髪野郎が大嫌いなんだな。

 現在、もれなく同じ外見の市長を目の前にして、再確認するトラヴィスである。

 そんな捜査官のささくれた気持ちなど知る由のないゴージャスな市長は、トラヴィスが放った言葉を明るいジョークに変えた。

「ストーカーか。人気者でなければ、体験できないファンタジックなシチュエーションだ。究極のロマンスだな」
「……市長は、郵便物を送り届けた犯人に心当たりはありませんか?」

 トラヴィスは何だか軽く肩が凝ってきたような気がしてきたので、さっさと市長の言う重要な話を終えることにした。

「君の言う通りに考えれば、たくさんいる。なぜなら、私は女性が大好きだからだ」
「そのようですね」

 話が合いそうなヒースを紹介してやろうと思いながら、会話の終了時と腰を上げかけた。

「どうぞ」

 まるで読んだかのような絶妙なタイミングで、突然フィオナが横からグラスを差し出した。

「――どうも」

 いつ用意したんだと訝りながら、押し戻されるように再びソファーに腰を下ろした。グラスを受け取ってしまったので、仕方なく口をつける。ワインだった。

「カリフォルニア産のワインだ。不味くはないだろう? 私は愛国者なんだ」

 オスカーもグラスを手に取ると、乾杯と言うように、ちょっとだけ高く掲げる。

「――そのようですね」

 人生がワインの味だけではないトラヴィスは、何でこんなのを飲まなければならないんだと面倒臭そうにグラスを傾ける。

「今までは、ウォーミングアップだ、トラヴィス」

 オスカーもワインを味わいながらソファーに深々と背を預けると、心底愉しそうにトラヴィスを眺めた。捜査官のツンデレな態度も口の悪さも全てが面白くてしょうがないと言わんばかりの有能な市長は、まるで自由気ままな野良猫にちょっかいをかけるように、口元を結んだまま目だけで笑った。

「お楽しみは、これからだ」




 数十分後、ドアが壊れる勢いで閉まると、オスカーは我慢していたように吹き出した。ソファーの上で身を二つに折って、腹がよじれるばかりに笑う。

「彼に殺されますよ、オスカー」

 一連のやり取りをそばで聞いていたフィオナは、冷静に注意した。

「それはいい死に方だ。最期に目にするのがトラヴィスなら、上等だな」

 オスカーはソファーの背もたれに背中を押しつけて、腹に手を添えた、爆笑を静めようとしたが、しゃっくりが止まらないように、笑い声も止まらない。

「見たか、フィオナ。あれがトラヴィス・ヴェレッタだ」
「ええ、あなたをソファーの上で笑い転げさせることができる、恐るべきFBI捜査官ですね」

 フィオナの返事はつれない。

「愉快な男だろう?」
「あなたがとても気に入っていることだけはわかりました」

 キーボードを打つ手を止めて、くるっと椅子を回転させた。

「ミネソタの話が始まった時は、彼を口説くのかと思いました。毎回言っておりますけど、相手が女性であれ男性であれ、キスは私が退出してからお願いします」

 自分の雇い主が故郷の話を始める時は、その相手に狙いを定めている場合であることを大変よく知っている美人秘書は、きっぱりと言った。

「けれど、私はレイシストではありませんので、あなたがバイセクシャルであろうと仕事は全うさせていただきます」
「待て、フィオナ。私はストレートだ。勘違いするな」

 いきなり話が飛んで、オスカーはびっくりしたように笑い声を呑み込んだ