それからきっかり五分後、トラヴィスはぶっきらぼうにプライベートルームを訪れると、ニューヨーク市長はソファーに座ってウォールストリートジャーナルを読んでいた。
「時間に正確だな、トラヴィス。素晴らしい」
オスカーは新聞を折りたたんで、自分の前に座るよう手振りで示した。
「約束した時間には遅れるなと、アカデミーの教官に死ぬほど叩き込まれましたので」
トラヴィスは素っ気なく答えながら、仕方なさそうに市長の前に座った。二人の間には、一般の家庭で使われているような素朴なテーブルがある。
「一秒間違えただけで、天国か地獄に行く羽目になると脅されました」
「その教官は、正しい。人生の選択というのは、常に時間との戦いだ。少なくとも、我々はそういう世界で生きている」
オスカーは理解できるというように頷く。
トラヴィスは一緒にするなと胸で悪態をつきながら、室内をそれとなく観察した。捜査官の習性で、その場の状況を確認する癖が身についている。意外だったのは、プライベートジェット機を所有するほどのセレブなニューヨーク市長のプライベートルームは、豪華なリビングルームとは正反対に、とても質素なことだった。床には厚いジュータンが引かれてあるが、ソファーにテーブル、そしてぎっしりと埋まっている本棚。隅にパソコンデスクがあり、フィオナが何やらノート型パソコンに向かって、キーボードを叩いている。目に付くのはそれらだけで、しかも別段高価で上等なインテリアでもないのである。
「驚いているのか?」
トラヴィスの様子に、オスカーは察したようだった。
「この部屋へ入ると、みんな君と同じ表情を見せる。私への誤解が、そうさせるのだろう」
「あなたはアメリカンドリームですから」
そう言いながら、アメリカの一般中流家庭とそう変わりない室内の様子に、少しだけ驚いた。蔵書の多さだけが印象的である。
「そう、私はアメリカンドリームだ。だが、自分の生まれを否定する気はない」
オスカーはトラヴィスの言葉を面白がっているようである。
「私が生まれ育ったのは、こういう部屋だ」
トラヴィスは成程というように周囲から視線を離した。目の前に座るゴージャスな市長は、客人たちへプライベートルームを見せることで、自分は至って普通のアメリカ人であると主張しているのだ。
「私は、ミネソタの生まれだ」
オスカーは突然告白した。
「ニューヨークではないんですか?」
トラヴィスは驚いたように聞き返す。
「違う。よく言われるが、その度にはっきりと否定している。私は寒い土地から来たんだ」
苦笑いしながら、どこかのスパイ小説のタイトルを真似て言う。
「意外です」
トラヴィスは本心から口にした。普通に地元出身だと思っていた。そういう雰囲気をオスカーは持っているし、うるさいニューヨーカーが自分たちのリーダーにミネソタ出身の男を選ぶとはびっくりだった。
「選挙では、相手候補が頭の悪い演説を繰り返していてね。実に助かった。それに、私が彼らに気に入られたから勝てた」
彼らとはニューヨーク市民のことである。
「私の生まれはミネソタだが、キャリアはニューヨークだ。私の経歴は、あの街と共にある。まだ若すぎて何の恐れもなかった頃、寒かった朝に故郷の家を車で出発して、何日間もかけてニューヨークまで運転した。あの巨大な都市を初めて目の当たりにした興奮は、いまだに忘れられない」
ミネソタの澄んだ湖を思わせるようなブルーアイズが、懐かしそうに和む。
「……」
トラヴィスは何とも言えない妙な気分になった。無意識に首のうなじ辺りを手でかく。
「トラヴィスはどこの生まれなんだ?」
「――ニューヨークです」
「リトルイタリーの出身か?」
「そうです」
素直に答えながら、何故かわからないが自分自身に首をひねった。
「あそこはいい。美味しいレストランがたくさんある。私もお気に入りだ」
「美味い料理は、人生の重要なパーツの一つです。リトルイタリーには、それがあります」
何気なく地元を誇りながら、トラヴィスは居心地が悪くなった。どうもおかしな空気が流れているような気がする。早くここから逃げ出したいので、さっさと本題に移ることにした。
「ところで、自分に重要な話とは何ですか?」
途端にオスカーは、思い出した顔になった。
「ああ、今回の件について意見を聞きたいんだ」
「それなら、トーマスかヒースが説明します」
「私が聞きたいのは、FBIではなく、君の意見だ」
オスカーは念押しする。
トラヴィスは危うく舌打ちするところを我慢した。
「……銃で脅そうとするのは、悪質な行為です」
そんなの知ったことかと胸の中で喚きながら、テンプレートな言葉を述べる。
「きっと、市長に恨みがあるんでしょう」
気持ちはわかるぜと、心の本音は続く。
「ですが、その行為は犯罪です」
「その通りだ。で、犯人像は浮かんだのかな?」
オスカーは自分が狙われているにもかかわらず、面白そうに身を乗り出す。
「おそらく、女性でしょう」
自信満々だった同僚の言葉が甦った。
「女性? それは何故だ?」
「最初の小麦粉は、あなたへ自分の存在を伝える無害なメッセージだった。しかしあなたのゴシップ記事がばら撒かれ、蟻が甘い餌に食いつくように、あなたのスイートハートだと勘違いしているファンが激怒したんでしょう。そして、あなたを懲らしめようとした」
かなり適当に喋っているトラヴィスは、さらに思いつきで明言する。
「いわゆる、ストーカーです」
「なるほど、いい推理だ」
オスカーは何故か興味津々である。
「時間に正確だな、トラヴィス。素晴らしい」
オスカーは新聞を折りたたんで、自分の前に座るよう手振りで示した。
「約束した時間には遅れるなと、アカデミーの教官に死ぬほど叩き込まれましたので」
トラヴィスは素っ気なく答えながら、仕方なさそうに市長の前に座った。二人の間には、一般の家庭で使われているような素朴なテーブルがある。
「一秒間違えただけで、天国か地獄に行く羽目になると脅されました」
「その教官は、正しい。人生の選択というのは、常に時間との戦いだ。少なくとも、我々はそういう世界で生きている」
オスカーは理解できるというように頷く。
トラヴィスは一緒にするなと胸で悪態をつきながら、室内をそれとなく観察した。捜査官の習性で、その場の状況を確認する癖が身についている。意外だったのは、プライベートジェット機を所有するほどのセレブなニューヨーク市長のプライベートルームは、豪華なリビングルームとは正反対に、とても質素なことだった。床には厚いジュータンが引かれてあるが、ソファーにテーブル、そしてぎっしりと埋まっている本棚。隅にパソコンデスクがあり、フィオナが何やらノート型パソコンに向かって、キーボードを叩いている。目に付くのはそれらだけで、しかも別段高価で上等なインテリアでもないのである。
「驚いているのか?」
トラヴィスの様子に、オスカーは察したようだった。
「この部屋へ入ると、みんな君と同じ表情を見せる。私への誤解が、そうさせるのだろう」
「あなたはアメリカンドリームですから」
そう言いながら、アメリカの一般中流家庭とそう変わりない室内の様子に、少しだけ驚いた。蔵書の多さだけが印象的である。
「そう、私はアメリカンドリームだ。だが、自分の生まれを否定する気はない」
オスカーはトラヴィスの言葉を面白がっているようである。
「私が生まれ育ったのは、こういう部屋だ」
トラヴィスは成程というように周囲から視線を離した。目の前に座るゴージャスな市長は、客人たちへプライベートルームを見せることで、自分は至って普通のアメリカ人であると主張しているのだ。
「私は、ミネソタの生まれだ」
オスカーは突然告白した。
「ニューヨークではないんですか?」
トラヴィスは驚いたように聞き返す。
「違う。よく言われるが、その度にはっきりと否定している。私は寒い土地から来たんだ」
苦笑いしながら、どこかのスパイ小説のタイトルを真似て言う。
「意外です」
トラヴィスは本心から口にした。普通に地元出身だと思っていた。そういう雰囲気をオスカーは持っているし、うるさいニューヨーカーが自分たちのリーダーにミネソタ出身の男を選ぶとはびっくりだった。
「選挙では、相手候補が頭の悪い演説を繰り返していてね。実に助かった。それに、私が彼らに気に入られたから勝てた」
彼らとはニューヨーク市民のことである。
「私の生まれはミネソタだが、キャリアはニューヨークだ。私の経歴は、あの街と共にある。まだ若すぎて何の恐れもなかった頃、寒かった朝に故郷の家を車で出発して、何日間もかけてニューヨークまで運転した。あの巨大な都市を初めて目の当たりにした興奮は、いまだに忘れられない」
ミネソタの澄んだ湖を思わせるようなブルーアイズが、懐かしそうに和む。
「……」
トラヴィスは何とも言えない妙な気分になった。無意識に首のうなじ辺りを手でかく。
「トラヴィスはどこの生まれなんだ?」
「――ニューヨークです」
「リトルイタリーの出身か?」
「そうです」
素直に答えながら、何故かわからないが自分自身に首をひねった。
「あそこはいい。美味しいレストランがたくさんある。私もお気に入りだ」
「美味い料理は、人生の重要なパーツの一つです。リトルイタリーには、それがあります」
何気なく地元を誇りながら、トラヴィスは居心地が悪くなった。どうもおかしな空気が流れているような気がする。早くここから逃げ出したいので、さっさと本題に移ることにした。
「ところで、自分に重要な話とは何ですか?」
途端にオスカーは、思い出した顔になった。
「ああ、今回の件について意見を聞きたいんだ」
「それなら、トーマスかヒースが説明します」
「私が聞きたいのは、FBIではなく、君の意見だ」
オスカーは念押しする。
トラヴィスは危うく舌打ちするところを我慢した。
「……銃で脅そうとするのは、悪質な行為です」
そんなの知ったことかと胸の中で喚きながら、テンプレートな言葉を述べる。
「きっと、市長に恨みがあるんでしょう」
気持ちはわかるぜと、心の本音は続く。
「ですが、その行為は犯罪です」
「その通りだ。で、犯人像は浮かんだのかな?」
オスカーは自分が狙われているにもかかわらず、面白そうに身を乗り出す。
「おそらく、女性でしょう」
自信満々だった同僚の言葉が甦った。
「女性? それは何故だ?」
「最初の小麦粉は、あなたへ自分の存在を伝える無害なメッセージだった。しかしあなたのゴシップ記事がばら撒かれ、蟻が甘い餌に食いつくように、あなたのスイートハートだと勘違いしているファンが激怒したんでしょう。そして、あなたを懲らしめようとした」
かなり適当に喋っているトラヴィスは、さらに思いつきで明言する。
「いわゆる、ストーカーです」
「なるほど、いい推理だ」
オスカーは何故か興味津々である。



