The guard part2 FBI連邦捜査官シリーズ

「犯人を女性だと予想した理由は他にある。市長は独身だ」
「女性がらみのもつれか?」
「それと政治がらみだ」

 得意分野の話ではなくなったので、後は任せたというようにトーマスへ頷く。バトンタッチされたトーマスは、小さく笑って続きを説明した。

「つまり、ミュラー市長の今後の政治活動なんだ。市長は上院議員への転出が噂されている。そうなると、独身とはいえ、女性たちとの派手な関係は、選挙戦を戦う時にマイナス要素になる恐れがある。相手候補は私生活を問題視してくるだろうね。しかも市長は共和党だ。ファミリーがいた方が印象はいい」

 トラヴィスはもう一度市長の特集記事に目をやった。話がやっと見えてきた。

「今こういう記事が出てきたのは、その上院議員へ出馬するために、あの野郎が結婚するかもしれないからってことか?」
「そうなんだけど、市長へ確認したら、ウェディングベルを鳴らす予定は当分ないそうなんだよ。犯人にぜひ伝えたいから、タイムズスクエアに大きく広告を出そうかと考えているんだ。スポンサーを募集してね」
「それはいいな。事件が解決するなら、俺もスポンサーになってもいい。それであの野郎の顔を見なくてすむなら、安いもんだ」

 トラヴィスの思考は結局そこへ行き着いてしまう。

「ただ、犯人が市長を愛する過激なファンと決まったわけじゃないんだ。送られてきた拳銃も本部が調べている。手間がかかりそうだ」

 トーマスはやんわりと注意を促す。

「これだけマスコミに取り上げられて、不特定多数の人々の注目を集めているのは間違いないんだ。女性関係に妬んだ男性が、嫌がらせ目的で送りつけてきた可能性も否定できない。なかなか難しいね」
「そうだな、だが俺のプロファイリングは女性だと訴えている」

 ヒースはあくまでこだわる。

「コーヒーを飲むか?」

 いったん話を切り上げるように、トラヴィスは立ち上がった。テーブルにはミネラルウォーターのペットボトルが二つあるが、トーマスもヒースも口をつけていない。

「いいね」
「本物のイタリアンコーヒーを頼む」

 トラヴィスは任せろというように親指を立ててダイニングキッチンへ向かおうとしたが、その前にプライベートルームのドアが開いて、フィオナが現れた。

「トラヴィス・ヴェレッタ捜査官」

 突然丁寧に名指しで呼ばれて、トラヴィスは何事だというように振り向く。

「ミュラー市長が、ヴェレッタ捜査官へお話があるそうです。こちらのプライベートルームへいらしていただけますか?」
「断る」

 即効でトラヴィスは言った。

「俺は忙しい」
「もちろん、存じております。ですが、市長は重要なお話だと申しておりまして」

 フィオナはまるでトラヴィスの反応がわかっていたかのように、柔らかな笑顔で引かない。

「そんなこと、俺の知ったことじゃ……」
「わかりました。すぐに伺います」

 トーマスが横から口を出した。

 トラヴィスは抗議するように振り返ったが、今回の捜査のトップリーダーは朗らかに無視した。

「五分後に伺いますと、ミュラー市長へ伝えて下さい」
「わかりました。お待ちしております」

 フィオナも当事者の意向など知ったことではないようで、メッセージを受け取ると、すぐにドアを閉めて消えた。

「ちょっとおいで、トラヴィス」

 怒りで今にも爆発しそうな同僚へ、トーマスは子供へするような手招きをする。

「君は、栄えあるFBI捜査官だ。そうだよね?」
「ここにいて、お前の言うことを聞かなきゃいけないってことはそうだな」

 トラヴィスは荒々しくトーマスの前に座る。

「FBIに所属しているなら、我々が一番何を欲しているかわかるだろう?」
「愛と友情か?」
「それと、予算だね」

 本部内での綽名が「スマイルキラー」であるトーマスは、その名をフル活用しながらトラヴィスに言って聞かせる。

「長官もぼやいているけれど、毎年、請求どおりの予算を獲得するのがとても大変なんだ。どこの省も目の色変えて、予算獲得には奔走しているからね。我々も望むとおりに貰えないと、沢山の捜査に支障をきたすよ。銃弾の数が足りなくなったとかね。そんなことが起こらないようにするためには、けちんぼな連邦議会で、我々の予算を後押ししてくれる友人が必要なんだ」
「あの男が俺たちの良き友人になるっていうのか?」
「なるね」

 トーマスはさらりと頷く。隣のヒースも腕組みをしながら、うんうんと相槌を打っている。

「本部がどうして市長の要請を素直に受け入れたんだと思う? 彼が上院議員になった暁には、その政治力に期待するからだ。彼は僕から見ても、とても政治的な男性だと思うよ。仲良くつき合っていきたいね」
「そのためには、お前が市長のご機嫌取りをしろ。お前の任務はつまりそれだ」

 身の蓋もなく、ヒースは締めくくった。

 トラヴィスは二人の同僚を胡乱(うろん)げに代わる代わる見た。そのエリート捜査官というよりは胡散臭いチンピラ顔に浮かんでいるのは、だから何だ! という逆上寸前の腹立たしさである。どうにも突っ込みたいところがてんこ盛りなのである。

 ――阿呆らしい。

 良き友人のご機嫌取りをするどころか蹴飛ばしてやりたい気分上等のトラヴィスは、クソして寝てろと吐き捨てたかったが、今の自分の置かれた状態を冷静に考えてみた。空の上を飛んでいる状況では、乗客と口論の末に緊急用脱出スライドを開いて逃走した客室乗務員のように、任務を放棄して外へとんずらするわけにもいかない。

「――お前たちのリクエストはわかった」

 やがて、腹を(くく)ったようにトラヴィスは立ち上がった。

「俺に、あの野郎に(ひざまつ)いて、靴を舐めてこいっていうわけだな? で、どこまでやればいいんだ? キスして、抱き合って、ベッドインか? あいつの骨が折れるまでハグすればいいのか? ベッドがぶっ壊れるまでアクロバティックな運動をすればいいのか? どこまでやれば、FBIのくそったれは、弾をケチらないくらいの予算を獲得できるんだ?」
「そうだね、とりあえずコーヒーを出してみたらどうかな?」

 トーマスはペットボトルの蓋を開けながら、にっこりと答えた。

「イタリアンコーヒーを出してみろよ。きっと喜ぶぜ? スターバックスとは違って本物だってな」

 ヒースももう一つのペットボトルに手を伸ばして、冗談半分にけしかける。

「俺たちの分までコーヒーを飲ませてやれよ」

 トラヴィスは揃ってミネラルウォーターを飲み始めた同僚たちを、苦々しく睨んだ。

「ああ、わかったよ。お前ら、あとで俺に感謝しろ」
「OK。跪いて、お前のくそったれな靴を舐めてやるから安心しろ」

 ヒースはペットボトルに口をつけながら、片手で親指をグイッと立ててみせる。

 トラヴィスはそれに向かって、これでも喰らえと言わんばかりに中指を立てた。