プライベートジェット機は順調に飛行を続けた。
「行き先はフロリダ。ミュラー市長はサラソタのシエスタ・ビーチで、一週間の休暇を過ごすことになっている」
リビングルームで、マホガニーのテーブルを囲いながら、トーマスはどこからか持ってきた雑誌を手に、これからの予定を説明する。
「そのビーチは有名な所だな。全米のランキングでも上位に入っているだろう? 大勢の人間が来るぜ」
ヒースもぱらぱらと雑誌のページをめくっている。ゴシップ誌だ。
「うん、なるべく他人との接触は避けて欲しいんだけどね。そうなると、ホテルのプールで我慢して下さいということになる。休暇を台無しにして下さいという我々の要請を聞き入れてくれるかな?」
「命が惜しかったら、プールで泳げって言えばいいだろう?」
トラヴィスは気持ちがひと段落したらしく、自分で淹れたコーヒーを飲んでいる。しかし口調は辛辣だ。
「お前の尻を、フロリダのジョーズが狙っているとでもつけ加えるか?」
「グッドアイディアだけど、今度は情熱的なメッセージを受け取ったって言われるよ、トラヴィス」
トーマスは嫌そうに顔をしかめた同僚に笑った。
「それにしても、派手だな」
ゴシップ誌をめくっていたヒースは、あるページで手をとめた。トラヴィスも隣から覗き込む。
今月の特集記事と銘打たれたタイトルは「ニューヨーク市長の愛の遍歴」だった。
「我らの市長は、色々な女性たちとおつき合いがあるようだぜ。みんな、美女ぞろいだ。何て羨ましい男だ」
記事を斜め読みしたヒースは、女好きの評判に恥じない感想を洩らす。
「こっちの雑誌にも載っているよ」
トーマスはそのページを開いたまま、二人の目の前に掲げた。ファッション誌で、「ゴシップ王オスカー・ミュラーの伴侶は誰!」とぶち抜き文字のタイトルが踊っているページには、市長と一緒に映っている様々な女性の写真が掲載されていた。
「ハリウッド女優、グラミー賞歌手、ミュージカル女優、スーパーモデル、スポーツ選手、ニュースキャスター、プロデューサー、ピアニスト、弁護士、ドクター、軍人、個人秘書……」
一通り女性たちの職業を羅列して、トーマスはお手上げというようにヒースへその雑誌を手渡した。
「これを読んだら、誰でも市長に実弾入りの拳銃を送りたくなるね。犯人を見つけるのは難しいな」
「全くだ、もう少し的を絞らないとな」
ヒースもリップグロスで微笑むドレスアップしたフィオナの写真を見ながらぼやく。
ゴシップ誌のページを何とはなく見ていたトラヴィスは、白いマグカップに口をつけた。温かいコーヒーの味が、自分の頭を落ち着かせてくれた。
「俺の気のせいかもしれないが」
今の二人の会話に、何かが引っかかった。
「もしかして、何らかの手がかりは掴んでいるのか?」
「そうだな」
ヒースがやれやれというように、雑誌を閉じる。
「ようやく、お前とまともな会話ができる。あと百年かかるかと思った」
「犯人のプロファイリングをしたんだ。その結果をトラヴィスにも伝えたかったけれど、僕と会えば、駄々をこねてばかりだったから止めたんだ」
トーマスもずけずけと優しく言う。
トラヴィスは肩をすくめて、コーヒーをひとくち飲み込んだ。全くトーマスの言うとおりだったので大人しく黙っていた。この捜査に振り当てられて、猛抗議しまくったトラヴィスだが、その暴れっぷりの矛先はクールなブロンドビューティーにまで向かったくらいだ。もっとも、ベッドの上でやり返されてしまったが。
「先にプロファイリングした結果を言うと、犯人はおそらく女性だ」
意外な言葉に、トラヴィスは瞠目する。
「前回の事件も踏まえて、今回もミュラー市長の周辺を調査した。一番の手がかりは、郵便物がただの小麦粉から、実弾入りの拳銃になったことだ。しかも、お前を殺すというメッセージもついた。ただの無害なものから、明確な殺意に変わった。何が、犯人の感情を変えたかなんだ」
「封筒の日付を見れば、三日後だ」
ヒースが後を引き取る。
「パンケーキの材料だったのが、三日経って、いきなりハードな贈り物に変わった。その三日間に起きたことを調べた。それが、これだ」
ヒースはファッション誌とゴシップ誌をそれぞれ指す。
「どちらも発売日は同じだ。そしてミュラー市長に関する記事も一緒。女性関係だ」
「……説得力はあるが、根拠はいまいちだな」
トラヴィスはゴシップ誌にある特集記事を見た。写真の中心にいる人物は気に食わないが、共に映っている女性たちは、ヒースの言うとおり美女ぞろいである。高級ブランドに身をかためた女性たちや、ビジネススーツを着た女性、制服や軍服姿の女性もいる。ただフィオナ以外は誰が誰だかわからない。
「プロファイリングしたのは誰だ?」
「俺だ」
ヒースは胸を張って答える。
「……いつからプロファイラーに転職したんだ?」
「行動科学捜査課の養成コースには洩れたが、普通に女性を愛する男だったら、わかるだろう?」
トーマスとトラヴィスへ、生き生きと身を乗り出す。
「もしお前たちが、白い粉をさも危険物のように送るとしたら、何の粉を送る?」
聞かれた二人は、そろって首を傾げた。
「石灰かな? でも小麦粉の方が手軽かな?」
「砂糖、それとも、塩か……いや、俺も小麦粉だな」
トーマスとトラヴィスは同じ想像物で締めくくる。
「お前らはいい亭主になれる」
ヒースは本気で誉めた。
「小麦粉って発想は、多分に女性的な発想だと俺は感じたんだ」
「……そう言うお前は、何を送るんだ?」
「もちろん小麦粉だ。俺の人生のテーマは、レディファーストだからな。キッチンにだって立つさ」
堂々とヒースは宣言する。
「……お前もいい亭主になれるな」
トラヴィスは半分呆れた顔になっている。トーマスも、これから何が始まるんだろうというように困った表情を浮かべている。
「つまり、重要なのはこれから話すことだ」
同僚たちが一様に白けているので、ヒースは仕方なさそうに話を元に戻した。
「行き先はフロリダ。ミュラー市長はサラソタのシエスタ・ビーチで、一週間の休暇を過ごすことになっている」
リビングルームで、マホガニーのテーブルを囲いながら、トーマスはどこからか持ってきた雑誌を手に、これからの予定を説明する。
「そのビーチは有名な所だな。全米のランキングでも上位に入っているだろう? 大勢の人間が来るぜ」
ヒースもぱらぱらと雑誌のページをめくっている。ゴシップ誌だ。
「うん、なるべく他人との接触は避けて欲しいんだけどね。そうなると、ホテルのプールで我慢して下さいということになる。休暇を台無しにして下さいという我々の要請を聞き入れてくれるかな?」
「命が惜しかったら、プールで泳げって言えばいいだろう?」
トラヴィスは気持ちがひと段落したらしく、自分で淹れたコーヒーを飲んでいる。しかし口調は辛辣だ。
「お前の尻を、フロリダのジョーズが狙っているとでもつけ加えるか?」
「グッドアイディアだけど、今度は情熱的なメッセージを受け取ったって言われるよ、トラヴィス」
トーマスは嫌そうに顔をしかめた同僚に笑った。
「それにしても、派手だな」
ゴシップ誌をめくっていたヒースは、あるページで手をとめた。トラヴィスも隣から覗き込む。
今月の特集記事と銘打たれたタイトルは「ニューヨーク市長の愛の遍歴」だった。
「我らの市長は、色々な女性たちとおつき合いがあるようだぜ。みんな、美女ぞろいだ。何て羨ましい男だ」
記事を斜め読みしたヒースは、女好きの評判に恥じない感想を洩らす。
「こっちの雑誌にも載っているよ」
トーマスはそのページを開いたまま、二人の目の前に掲げた。ファッション誌で、「ゴシップ王オスカー・ミュラーの伴侶は誰!」とぶち抜き文字のタイトルが踊っているページには、市長と一緒に映っている様々な女性の写真が掲載されていた。
「ハリウッド女優、グラミー賞歌手、ミュージカル女優、スーパーモデル、スポーツ選手、ニュースキャスター、プロデューサー、ピアニスト、弁護士、ドクター、軍人、個人秘書……」
一通り女性たちの職業を羅列して、トーマスはお手上げというようにヒースへその雑誌を手渡した。
「これを読んだら、誰でも市長に実弾入りの拳銃を送りたくなるね。犯人を見つけるのは難しいな」
「全くだ、もう少し的を絞らないとな」
ヒースもリップグロスで微笑むドレスアップしたフィオナの写真を見ながらぼやく。
ゴシップ誌のページを何とはなく見ていたトラヴィスは、白いマグカップに口をつけた。温かいコーヒーの味が、自分の頭を落ち着かせてくれた。
「俺の気のせいかもしれないが」
今の二人の会話に、何かが引っかかった。
「もしかして、何らかの手がかりは掴んでいるのか?」
「そうだな」
ヒースがやれやれというように、雑誌を閉じる。
「ようやく、お前とまともな会話ができる。あと百年かかるかと思った」
「犯人のプロファイリングをしたんだ。その結果をトラヴィスにも伝えたかったけれど、僕と会えば、駄々をこねてばかりだったから止めたんだ」
トーマスもずけずけと優しく言う。
トラヴィスは肩をすくめて、コーヒーをひとくち飲み込んだ。全くトーマスの言うとおりだったので大人しく黙っていた。この捜査に振り当てられて、猛抗議しまくったトラヴィスだが、その暴れっぷりの矛先はクールなブロンドビューティーにまで向かったくらいだ。もっとも、ベッドの上でやり返されてしまったが。
「先にプロファイリングした結果を言うと、犯人はおそらく女性だ」
意外な言葉に、トラヴィスは瞠目する。
「前回の事件も踏まえて、今回もミュラー市長の周辺を調査した。一番の手がかりは、郵便物がただの小麦粉から、実弾入りの拳銃になったことだ。しかも、お前を殺すというメッセージもついた。ただの無害なものから、明確な殺意に変わった。何が、犯人の感情を変えたかなんだ」
「封筒の日付を見れば、三日後だ」
ヒースが後を引き取る。
「パンケーキの材料だったのが、三日経って、いきなりハードな贈り物に変わった。その三日間に起きたことを調べた。それが、これだ」
ヒースはファッション誌とゴシップ誌をそれぞれ指す。
「どちらも発売日は同じだ。そしてミュラー市長に関する記事も一緒。女性関係だ」
「……説得力はあるが、根拠はいまいちだな」
トラヴィスはゴシップ誌にある特集記事を見た。写真の中心にいる人物は気に食わないが、共に映っている女性たちは、ヒースの言うとおり美女ぞろいである。高級ブランドに身をかためた女性たちや、ビジネススーツを着た女性、制服や軍服姿の女性もいる。ただフィオナ以外は誰が誰だかわからない。
「プロファイリングしたのは誰だ?」
「俺だ」
ヒースは胸を張って答える。
「……いつからプロファイラーに転職したんだ?」
「行動科学捜査課の養成コースには洩れたが、普通に女性を愛する男だったら、わかるだろう?」
トーマスとトラヴィスへ、生き生きと身を乗り出す。
「もしお前たちが、白い粉をさも危険物のように送るとしたら、何の粉を送る?」
聞かれた二人は、そろって首を傾げた。
「石灰かな? でも小麦粉の方が手軽かな?」
「砂糖、それとも、塩か……いや、俺も小麦粉だな」
トーマスとトラヴィスは同じ想像物で締めくくる。
「お前らはいい亭主になれる」
ヒースは本気で誉めた。
「小麦粉って発想は、多分に女性的な発想だと俺は感じたんだ」
「……そう言うお前は、何を送るんだ?」
「もちろん小麦粉だ。俺の人生のテーマは、レディファーストだからな。キッチンにだって立つさ」
堂々とヒースは宣言する。
「……お前もいい亭主になれるな」
トラヴィスは半分呆れた顔になっている。トーマスも、これから何が始まるんだろうというように困った表情を浮かべている。
「つまり、重要なのはこれから話すことだ」
同僚たちが一様に白けているので、ヒースは仕方なさそうに話を元に戻した。



