The guard part2 FBI連邦捜査官シリーズ

 オスカー・ミュラーニューヨーク市長宛てに、一通の手紙が届いたのは、二週間前だった。

 個人秘書であるフィオナ・アップルゲートが封を開けると、中には白い粉が入っていた。

 九一一同時多発テロの時、白い粉状の炭素菌が入った郵便物が議員や報道機関宛てに送られ、五人が死亡した事件があったが、届けられた郵便物はまるでそれを模倣したかのようで、ミュラー市長はすぐにニューヨーク市警察へ通報し、ただちに捜査は開始された。差出人は不明で、白い粉は小麦粉と判明したが、その後も同様の郵便物は届けられた。

 捜査を進めた市警は、当初悪質なイタズラとの見方を示したが、まるでそれを嘲笑うかのように、新たな郵便物が届けられた。

 それには銃弾入りの拳銃と、「Kill you(お前を殺す)」と書かれたメモが入っていた。

 事態を重く見たニューヨーク市警は、それまでの見方を覆し、FBIへ捜査を要請した。

 FBIはすぐに捜査に着手した。前回と同様に、市長の個人的な交友関係から政治スタンスへの批判など、様々な角度から犯人の洗い出しを始めた。唯一の手がかりである郵便物も細かく調べられた。

 折しも、ミュラー市長は休暇に入る頃だった。休暇中の警護として、市長の要請を受けたFBIは、前回と同じ三人の捜査官を派遣した――



 ジョン・F・ケネディ空港に隣接して、プライベートジェット機用の小さな空港があった。

 フィオナに案内されて滑走路までやって来た三人の前で、大きなジェット機がエンジン音を轟かせて待機している。機体は白く、新品同様に綺麗に磨かれていた。プライベートジェット機用の空港にターミナルはなく、滑走路まで車を来て、その足で飛行機に乗ることができる。時間のかかる手続きやセキュリティチェックなどは一切なく、アメリカのビジネスシーンでは、プライベートジェット機は大いに活躍している。目の前の白いジェット機も搭乗口はすでに開いていて、タラップがついていた。

「こちらからどうぞ!」

 ジェット機は周辺に轟音を放ち、言葉もまともに聞こえない。フィオナは慣れた足取りで最初にタラップをあがった。その後をトーマス、ヒースが続き、最後にトラヴィスが面倒そうにのぼってゆく。

 ――胸糞悪いぜ。

 トラヴィスはこの捜査に投入させられてから、ずっと面白くなかった。何度もトーマスに抗議したり、ヒースに呆れられても頑固に拒否しようとしたりした最大の理由は、今回も標的となっている派手で押しの強いニューヨーク市長のせいである。

 ――一発喰らわせてやらないと、俺の腹の虫がおさまらないってのに。

 前回、傲慢にシカトされ、最後で何故か握った手を中々離さずに、仲良くなろうとまで言われたトラヴィスは、態度が豹変した理由がまるでわからず、ふざけるなと反発する気持ちと少々の薄気味悪さを抱いていた。何が何だがわからないが、嫌な奴だという認識でかたまっている。

 ――あんなクソ野郎をやりたい奴なんて、いっぱいいるだろうさ。

 俺もその一人だと毒つきながらタラップをあがったトラヴィスの目に飛び込んできたのは、機内の豪華なインテリアだった。

 ジェット機にも種類があり、少人数用の小型機から、ゆっくりと空の旅が楽しめるように客室スペースが設けてある大型機まで、様々である。捜査官たちがタラップをあがると、そこに見えたのは、まるで有名ホテルの一室を持ち込んだかのような優雅な空間だった。厚いジュータンを引きつめた床、革張りのリクライニングチェアーにマホガニーのテーブル、籠に入った色鮮やかな花々、さらには映画を上映できるような大型スクリーンと、およそ機内とは思えない光景が広がっていた。

「ここはリビングルームです。その向こうにはプライベートルームがあります。反対側にはシャワールームとベッドルームがあって、ダイニングキッチンはあちらです」

 フィオナは長い腕を伸ばして、機内を説明する。

「素晴らしいプライベートジェット機ですね」

 営業マンの口調で、トーマスは誉める。

「市長のサラリーじゃ、この模型がせいぜいじゃないのか?」

 皮肉を言うトラヴィスに、フィオナな丁寧に答えた。

「このジェット機は、ミュラー市長がまだインターネット会社のCEOだった時に購入したものです。今回の休暇にあたっての出費は、全て市長個人が負担いたします。ご心配は不要です」
「あなたの説明も素晴らしい」

 ヒースは先程からフィオナしか見ていない。

「皆さまも、機内を点検されますか?」

 トーマスは首を振った。

「ニューヨークの仲間がセキュリティチェックをしたのなら、僕たちの仕事は乗るだけです。あとは、(いびき)をかかないように気をつけるだけです」
「ちゃんと目的地に着くようにいい子で祈っていますよ、フィオナ」

 ヒースはもう親しげな口調になっている。

「心配はいらない」

 どこかで聞いた覚えのある声が、割り込んできた。

 リビングルームをつまらなそうに見渡していたトラヴィスの視線が、プライベートルームに繋がるドアの先で剣呑にとまった。

「私の機長は、どこの空でも飛べる素晴らしい腕を持っている。ただし、月へは飛んで行けないがね」

 ドアが開いて、金髪碧眼の長身の男性が入ってきた。

「ようこそ、FBIの諸君」

 気取った挨拶と共に魅惑的な笑みを口元に浮かべたのは、このジェット機の所有者で、何者かに命を狙われているゴージャスなニューヨーク市長その人だった。