スピーカーからは激しい息遣いが途切れ途切れに流れてきた。
『……オスカー……もちろん、聞こえるわよ。何てひどい女なの? 信じられないわ。あんな女、あなたを不幸にするだけよ……』
「アビー、君はとても賢い女性だ」
オスカーは魅惑的に語りかけた。
「賢くて優しい女性だ。私はこの世で誰よりもわかっている」
『……そうね……』
「だから、わかるだろう、アビー? フィオナは私の秘書であって、それ以上でもそれ以下でもない。君は、本当はわかっているはずだよ」
『……オスカー……』
しばらく、スピーカーの向こうはざらついた音だけがした。
アビゲイルとコンタクトが取れ始めてから、数分は経過し、アラーム音は止んでいた。その間に、スペリオルは機体を旋回し、戦闘機の射程内から逃れていた。その事実にコクピット内は気づいていたが、無言で操縦していたクローバー機長は、新たな危機を告げた。
「――市長」
「どうした? サム」
「再び、ロックオンされました」
その言葉が合図のように、耳障りなアラーム音がマグマのようにコクピット内に噴き出した。同時に、蛇が地を這うような冷たく強張った声が流れてきた。
『……あなたは、やっぱりひどい男だわ、オスカー……私よりその女を信じるなんて……』
「……アビー?」
『あなたはやっぱり私を裏切っていたんだわ……ひどいわ……あなたの愛を確かめたくて、炭素菌に真似た小麦粉を送ったのに……けれど、あんなひどい記事で私は傷つけられたのよ……だから、私との愛を思い出して欲しくて、銃弾入りの拳銃を送ったのよ……その時に気がついてくれていたら、あなたを撃ち落さずに済んだのに……ちゃんと、メッセージもつけたでしょう?……辛いけれど、全部あなたのせいだわ、オスカー……』
呪詛のような科白が延々と聞こえてくる。
「アビー、君は空軍の現役パイロットなんだぞ。そんなことをすれば、君も傷つく」
それでもオスカーは慌てずに、名誉あるイーグルのパイロットである誇りに訴えた。だが返ってきたのは、恨みの言葉だった。
『そんなのどうだっていいわ……だって私にとって重要なのは、あなたを殺すことよ。その女も一緒にね』
そこで、通信はぷっつりと切れた。
「すまない、説得は失敗したようだ」
オスカーは無線マイクを口元から下ろすと、一同を見回して率直に詫びた。
「仕方がありません、空の上は現役パイロットである彼女のフィールドです。僕たちは身動きが取れません」
黙って聞いていたトーマスは、次の打開策を考えているようだった。
「感情がジェットコースターに乗っている女性なんですね、つまり」
こんな緊急場面でも、ヒースは暢気である。
「ああいう女性には、あなたじゃ逆効果ですよ、市長。彼女のフリーダムな妄想を封じて緻密にコントロールできる男性でないと、お互いに自滅してジ・エンドです」
「女性はすべからず大切にするべきだというのが、父から教わったことだ。私は自分に恥じる行為はしていない」
悪びれもしないオスカーに、フィオナの視線がジャックナイフのように突き刺さった。
「だから、ご自分の冒険心をもう少しコントロールされた方がよろしいのではと常々申しているのです。彼女にとっては、例えデートすらしていなくても、あなたは最愛の恋人になっているんです。電話で数回喋っただけで、自分を愛してくれているのだと勘違いしているんです。あんな自分勝手な女の手で、私は絶対に死にません。たとえ何があっても生還して、ニューヨークでお気に入りのイタリアンレストランでパスタを食べます!」
「俺もそうする」
事の成り行きに呆れていたトラヴィスだったが、絶体絶命の瀬戸際に追い込まれたことで、何だか無性に腹が立ってきた。
「俺もワシントンへ帰って、クリントのコーヒーを飲む。こんなくそったれな死に方なんざ、くそっくらえだ」
そう吐き捨てながら、オスカーに近寄ると、無線マイクをもぎ取った。
「何をするんだ? トラヴィス」
こんな状況でも好奇心を忘れないオスカーへ、トラヴィスはマイクを手の甲で軽く叩きながら、不遜な愛想笑いをぶつけた。
「勿論、彼女を満足させてやるんですよ、市長」
トーマスを振り返る。
「もうミサイルは発射されるんだろう? だったら、俺にも一言言わせろ」
「一応、何を喋るのか聞いておこうか?」
トーマスは何か考えが閃いたのか、ちょっとだけ首をかしげた。
「勿論、お別れの挨拶さ」
そう言うと、マイクを口元へ持っていき、息を大きく吸い込んで、スイッチをずいっと入れた。
「くそったれ!!」
出てきた一声は、毎度お馴染みの悪態だった。
「おい、聞こえるか! 聞こえるなら、俺にミサイルを撃ち込めよ! 俺はトラヴィスだ! 今から撃ち殺す野郎の名前を覚えとけ! きっと上司がクシャミをして誉めてくれるぜ!」
呆然となる周囲など無視する。
「全く、すごいな! イーグルに撃墜されるなんて、最高だ! 俺のくそったれな人生の最期がアクション映画の悪役野郎な死に方なんて、最高にクールだ! サンキューイーグル!!」
一言どころか、二言も三言も十言も余計に喋ると、スイッチを叩きつけるように切って、すっきりしたというように息を吐いた。
「これで、オッケーだ。気分いいぜ」
「馬鹿野郎、死刑執行人に石を投げてどうするんだ」
ヒースが呆れる。
「文句があるなら、弁護士を連れて来いよ」
「その必要はありません。私があなたを弁護します。素晴らしいスピーチでした」
フィオナが真顔で拍手する。
「ここ最近で一番感動しました。ボスにも見習って欲しいくらいです」
「そうだな。トラヴィスらしいストレートで率直な言葉だった」
オスカーは苦笑いしながら、再び一同を見回した。
「さて、最後に感動したところで、エンディングを迎えようか」
だが、その時途絶えたはずのスピーカーから、かすかな雑音が流れてきた。全員、スピーカーを振り返る。
『……今の奴は誰……誰なの!……』
怒りに震えたアビゲイルの声が、コクピットに振ってきた。
「俺だ、トラヴィスだ」
トラヴィスはオンにした無線マイクへ向かって、雑に返事をした。
『そんな奴知らないわ!』
「俺だってお前のことは全く知らないさ。なのに、ミサイルで撃ち落されようとしている。善良なアメリカ市民であるこの俺がだ」
ヒースがとぼけた顔で首をひねっている。最後の言葉にひっかかったようだが、トラヴィスのくそったれトークは止まなかった。
「税金だって納めているし、赤信号も守っている。マリファナもやっていないし、アルコール依存症でもない。ゴミだってゴミ箱にちゃんと入れているさ。立派なアメリカ市民だろう? それなのに、このまぬけ野郎の道連れなんて、可哀相だと思わないか? 思うだろう?」
まぬけ野郎と名指しされた市長はこれまたとぼけた顔で首をひねっている。トラヴィスは思いっきり無視した。
『あんた何なのよ!』
アビゲイルががなりたてる。
トラヴィスの悪党づらが、悪巧みを企んでいるかのように物騒になった。
『……オスカー……もちろん、聞こえるわよ。何てひどい女なの? 信じられないわ。あんな女、あなたを不幸にするだけよ……』
「アビー、君はとても賢い女性だ」
オスカーは魅惑的に語りかけた。
「賢くて優しい女性だ。私はこの世で誰よりもわかっている」
『……そうね……』
「だから、わかるだろう、アビー? フィオナは私の秘書であって、それ以上でもそれ以下でもない。君は、本当はわかっているはずだよ」
『……オスカー……』
しばらく、スピーカーの向こうはざらついた音だけがした。
アビゲイルとコンタクトが取れ始めてから、数分は経過し、アラーム音は止んでいた。その間に、スペリオルは機体を旋回し、戦闘機の射程内から逃れていた。その事実にコクピット内は気づいていたが、無言で操縦していたクローバー機長は、新たな危機を告げた。
「――市長」
「どうした? サム」
「再び、ロックオンされました」
その言葉が合図のように、耳障りなアラーム音がマグマのようにコクピット内に噴き出した。同時に、蛇が地を這うような冷たく強張った声が流れてきた。
『……あなたは、やっぱりひどい男だわ、オスカー……私よりその女を信じるなんて……』
「……アビー?」
『あなたはやっぱり私を裏切っていたんだわ……ひどいわ……あなたの愛を確かめたくて、炭素菌に真似た小麦粉を送ったのに……けれど、あんなひどい記事で私は傷つけられたのよ……だから、私との愛を思い出して欲しくて、銃弾入りの拳銃を送ったのよ……その時に気がついてくれていたら、あなたを撃ち落さずに済んだのに……ちゃんと、メッセージもつけたでしょう?……辛いけれど、全部あなたのせいだわ、オスカー……』
呪詛のような科白が延々と聞こえてくる。
「アビー、君は空軍の現役パイロットなんだぞ。そんなことをすれば、君も傷つく」
それでもオスカーは慌てずに、名誉あるイーグルのパイロットである誇りに訴えた。だが返ってきたのは、恨みの言葉だった。
『そんなのどうだっていいわ……だって私にとって重要なのは、あなたを殺すことよ。その女も一緒にね』
そこで、通信はぷっつりと切れた。
「すまない、説得は失敗したようだ」
オスカーは無線マイクを口元から下ろすと、一同を見回して率直に詫びた。
「仕方がありません、空の上は現役パイロットである彼女のフィールドです。僕たちは身動きが取れません」
黙って聞いていたトーマスは、次の打開策を考えているようだった。
「感情がジェットコースターに乗っている女性なんですね、つまり」
こんな緊急場面でも、ヒースは暢気である。
「ああいう女性には、あなたじゃ逆効果ですよ、市長。彼女のフリーダムな妄想を封じて緻密にコントロールできる男性でないと、お互いに自滅してジ・エンドです」
「女性はすべからず大切にするべきだというのが、父から教わったことだ。私は自分に恥じる行為はしていない」
悪びれもしないオスカーに、フィオナの視線がジャックナイフのように突き刺さった。
「だから、ご自分の冒険心をもう少しコントロールされた方がよろしいのではと常々申しているのです。彼女にとっては、例えデートすらしていなくても、あなたは最愛の恋人になっているんです。電話で数回喋っただけで、自分を愛してくれているのだと勘違いしているんです。あんな自分勝手な女の手で、私は絶対に死にません。たとえ何があっても生還して、ニューヨークでお気に入りのイタリアンレストランでパスタを食べます!」
「俺もそうする」
事の成り行きに呆れていたトラヴィスだったが、絶体絶命の瀬戸際に追い込まれたことで、何だか無性に腹が立ってきた。
「俺もワシントンへ帰って、クリントのコーヒーを飲む。こんなくそったれな死に方なんざ、くそっくらえだ」
そう吐き捨てながら、オスカーに近寄ると、無線マイクをもぎ取った。
「何をするんだ? トラヴィス」
こんな状況でも好奇心を忘れないオスカーへ、トラヴィスはマイクを手の甲で軽く叩きながら、不遜な愛想笑いをぶつけた。
「勿論、彼女を満足させてやるんですよ、市長」
トーマスを振り返る。
「もうミサイルは発射されるんだろう? だったら、俺にも一言言わせろ」
「一応、何を喋るのか聞いておこうか?」
トーマスは何か考えが閃いたのか、ちょっとだけ首をかしげた。
「勿論、お別れの挨拶さ」
そう言うと、マイクを口元へ持っていき、息を大きく吸い込んで、スイッチをずいっと入れた。
「くそったれ!!」
出てきた一声は、毎度お馴染みの悪態だった。
「おい、聞こえるか! 聞こえるなら、俺にミサイルを撃ち込めよ! 俺はトラヴィスだ! 今から撃ち殺す野郎の名前を覚えとけ! きっと上司がクシャミをして誉めてくれるぜ!」
呆然となる周囲など無視する。
「全く、すごいな! イーグルに撃墜されるなんて、最高だ! 俺のくそったれな人生の最期がアクション映画の悪役野郎な死に方なんて、最高にクールだ! サンキューイーグル!!」
一言どころか、二言も三言も十言も余計に喋ると、スイッチを叩きつけるように切って、すっきりしたというように息を吐いた。
「これで、オッケーだ。気分いいぜ」
「馬鹿野郎、死刑執行人に石を投げてどうするんだ」
ヒースが呆れる。
「文句があるなら、弁護士を連れて来いよ」
「その必要はありません。私があなたを弁護します。素晴らしいスピーチでした」
フィオナが真顔で拍手する。
「ここ最近で一番感動しました。ボスにも見習って欲しいくらいです」
「そうだな。トラヴィスらしいストレートで率直な言葉だった」
オスカーは苦笑いしながら、再び一同を見回した。
「さて、最後に感動したところで、エンディングを迎えようか」
だが、その時途絶えたはずのスピーカーから、かすかな雑音が流れてきた。全員、スピーカーを振り返る。
『……今の奴は誰……誰なの!……』
怒りに震えたアビゲイルの声が、コクピットに振ってきた。
「俺だ、トラヴィスだ」
トラヴィスはオンにした無線マイクへ向かって、雑に返事をした。
『そんな奴知らないわ!』
「俺だってお前のことは全く知らないさ。なのに、ミサイルで撃ち落されようとしている。善良なアメリカ市民であるこの俺がだ」
ヒースがとぼけた顔で首をひねっている。最後の言葉にひっかかったようだが、トラヴィスのくそったれトークは止まなかった。
「税金だって納めているし、赤信号も守っている。マリファナもやっていないし、アルコール依存症でもない。ゴミだってゴミ箱にちゃんと入れているさ。立派なアメリカ市民だろう? それなのに、このまぬけ野郎の道連れなんて、可哀相だと思わないか? 思うだろう?」
まぬけ野郎と名指しされた市長はこれまたとぼけた顔で首をひねっている。トラヴィスは思いっきり無視した。
『あんた何なのよ!』
アビゲイルががなりたてる。
トラヴィスの悪党づらが、悪巧みを企んでいるかのように物騒になった。



