The guard part2 FBI連邦捜査官シリーズ

『……ひどいわ……』

 哀しげな女性の言葉が、訥々(とつとつ)と流れてきた。

『あなたは……ひどい男だわ……オスカー……』 

 三人の捜査官たちは、顔を見合わせる。

 トーマスは無線マイクに手を置いて、目でオスカーに合図を送る。オスカーはその意味をすぐに察して、スイッチから指を離した。

『やはり、あなたは死ぬべきよ……そのために、私は追いかけてきたのよ……そうよ、私は苦しんだわ……でもあなたを苦しめることはしないわ……ロックオンしたら、もう逃げられないもの……ミサイルを発射したら、一瞬にして死ぬから安心してちょうだい……でも哀しいわ、オスカー……私は、あなたを愛しているのよ……あなたが私を愛してくれているように……』
「――相手に心覚えはありますか?」

 トーマスは女性の告白が止まってから囁く。

 スピーカー一点を見据え、唇を引き結んで聞いていたオスカーだったが、問いかけられて振り返った。その表情には、まるで最後の審判で天国への階段を示されたかのように、勝利の笑みがあった。

「もちろんだ、私はオスカー・ミュラーだ」

 スピーカーからは、雑音に混じって哀しげに鼻をすする音がする。

 トーマスは無線マイクから手を離した。オスカーはそれを再び口元へ持っていき、スイッチを入れた。

「――泣かないでくれ、アビー」

 まるで恋人を慰めるような優しい声だった。

「君を苦しめたのは、私のせいだ。全て、私が悪いんだ。けして、君のせいじゃない」
『……オスカー……』

 泣き声が大きくなる。

「――アビゲイル・リーズ。空軍に所属する軍人です」

 捜査官たちの無言の問いかけに、フィオナが低く答えた。

「確か……一年前にマンハッタンで開催された共和党の政治資金集めのパーティーで、市長と会っています。私もその席にいたので、覚えています」
「市長と恋仲だったんですか?」
「……私の把握している限りでは、デートもしていないはずです」

 有能な秘書はボスのプライベート事情まで知り抜いている。

「けれど、何回か、電話はありました」
「どのような内容で?」
「さあ……盗聴まではしておりませんのでわかりません。ですが、市長は愉しそうにお喋りしておりました。相手が女性なら、市長は誰でも愉しいのです」

 大変にクールな発言に、ヒースは感心したようなため息を洩らした。

「あなたのような女性とつき合えば、戦闘機で追いかけられる羽目にもならないでしょうね」
「アビー、泣かないで欲しい。私が全て悪いんだ。私こそ、罪深い男なんだ」

 コクピット内に漂う呆れた空気を尻目に、オスカーは無線マイクへ優しく語り続けていた。 

「いいかい、アビー。よく聞いて欲しい。私は君を誇りに思っている。君との電話は、いつも愉しかった。君は明るいジョークで、私を笑わせてくれたね? 覚えているだろう? 君のやっかいな上司の……」
『ええ……忘れるものですか……あのイヤな奴! 女性が戦闘機に乗ったら、操縦席は柔軟剤の匂いでクシャミが出るなんて言ったのよ!……あなたは笑って、彼の下着とパンツにたっぷりと柔軟剤のダウニーを振りかけてあげればいいって言ってくれたわ……私、本当に実行したの……彼、鼻を押さえて呻いていたわ!』

 その時の様子が甦ったのか、笑い声が混じった。

『それを見て……私は確信したの……あなたは私を愛してくれているんだって……だから、私のために言ってくれたんだって……とても……嬉しかった……』
「それは良かった、アビー。君の役に立てて」

 周囲はアビゲイルの告白に唖然としたが、オスカーは余裕で受け答えた。

「思い込みの激しい女性だな」

 ヒースはトラヴィスに耳打ちする。

「お前のモットーはレディファーストだろう? 彼女のキッチンに立って、精神安定剤入りのコーヒーでも飲ませてやれ」

 言いながら、トラヴィスは首のうなじを痒そうに手で撫でた。プライベートルームで思い出した昔の事件の容疑者と、スピーカーから流れてくるアビゲイルの言葉がダブり始めた。

「君は女性で空軍パイロットなんだ。その誇りと名誉は、私のものでもある。本当に、素晴らしいよ、アビー」
『ありがとう……嬉しいわ……』

 涙をぬぐう気配がコクピットへも伝わってきた。

『本当にオスカー、私を愛してくれているのね……でもね』

 声のトーンが、急に冷ややかになった。

『そこに、いるんでしょう?……あなたを惑わすあの売女が』

 その憎々しい言葉が聞こえてきて、コクピット内に一瞬沈黙が落ちた。だがフィオナが怒りのあまりハイヒールの爪先を蹴って、ヒースの手を振りほどこうとした。ヒースの反応も早かった。さらに強く抱き押さえたのだ。

「私は売女ではありません!」
「もちろんです。あなたは素晴らしい女性ですよ、フィオナ」

 無線マイクに突撃して相手を刺激しかねないフィオナを、しっかりと両腕で抱きしめて、落ち着くようになだめる。

「アビー、彼女は私の秘書だ。それ以上でも、それ以下でもない」
『いいえ! 違うわ! あの売女、あなたと会ったパーティーで私を睨みつけたのよ! あなたの側に近寄られるのが嫌だったんだわ! そうやって、あなたを不幸にする気なのよ! 可哀想に、オスカー……あんな誰とでも寝ている売女のせいで、私との愛を邪魔されて……』

 フィオナはヒースの足を思いっきり踵で踏みつけた。ヒースは呻いて仰け反る。その隙に腕を払いのけると、オスカーの手にある無線マイクへ向かって叫んだ。

「アビゲイル・リーズ! あなたを名誉毀損で訴えます! あなたは愚かで異常です!」
「フィオナ」

 オスカーは素早く注意する。だがスピーカーからは、猛牛が唸っているような怖ろしい声が聞こえてきた。

『お前こそその汚い口を黙れ! 胸元があいたドレスで着飾れば、どんな男でも自分のものになると勘違いしている馬鹿な女め! お前のような女がいるから、柔軟剤でクシャミが出るなんて言われなきゃならないのよ!』
「あなたに柔軟剤の皮肉を言ったのは私ではありません! 私は常にプロフェッショナルに仕事をしております! あなたが戦闘機で私たちを撃墜しようとしているようにです!」
『撃墜しなきゃいけなくなったのはお前のせいよ! お前がオスカーのそばにいて私たちの仲を邪魔するから悪いのよ! お前はいつだって邪魔なのよ! この悪魔!』
「市長は私のボスなので、私をクビにしない限り嫌でも一緒にいなければならないのです! そうでなければ同じ空気も吸いません! 天使であろうとも悪魔であろうとも同じです!」
『オスカーを馬鹿にする気ね!! 何てひどい女なの! やっぱりお前は悪魔よ!』

 オスカーはやれやれというように無線マイクのスイッチを消した。そして傍らで息荒く激昂しているフィオナの肩を、なだめるように叩く。

「私はまだまだ言い足りませんよ! 彼女がどれほど愚かな自分自身を知る必要があるのか、彼女の体を構成する細胞の一つ一つにまで理解させる義務があります! これは絶対の義務です!」
「わかった、フィオナ。私が彼女の細胞に訴えるから落ち着くんだ」

 オスカーは安心させるように言って、フィオナの肩から手を離すと、再び無線マイクにスイッチを入れた。

「アビー、聞こえるかい?」