大根島とトロット

 晩春だったろうか、母の合同法要があったので帰省した。何回忌かは覚えていない。妹は娘のミオリが熱を出したため欠席した。礼服を持っていない私は法要は出なくてよいから墓参だけはしろと父に言われて参上した。寺の駐車場に他県のナンバープレートを備えた車がずらりと並んでいた。空いている場所に車を止め、墓掃除をし、線香を立て合掌した。私は先祖に何も期待していない。何かお願いをしても叶えてくれない。だから合掌するたび「墓を潰されたくなくば願いを叶えよ」と脅している。墓じまいを示唆して先祖を脅迫する人間はなかなかいないだろう。父とはその場で別れた。仲が悪いわけではない。話すことがないだけだ。懐かしい自室に戻ると筋トレの器具が置いてあり、トレーニングルームと化していた。私の部屋には新書版の『志賀直哉全集』とSKE48時代の大矢真那さんの生写真しかない。だからこうなることは何となくわかっていた。床に転がりYouTubeMusicで、ジョー・コッカー「美しすぎて」を聴いているうち眠ってしまった。起きたときには深更だった。「美しすぎて」が耳障りになったので再生を止めて車に乗って帰路に就いた。時間を確認すると午前2時だったので芸人が出ているようなラジオを聴こうと思ったが、AMもFMもノイズ音を発しているだけだった。万原の交差点を左折して大根島を目指した。この中海を突っ切る道路は将来、国道431号になるそうだ。中海の中を進んでいるうち韓国語が聞こえてきた。しかも大根島に近付くたびにはっきり聞こえるようになる。ここは海しかないから韓国の電波が届くのだろうと思っていたが、大根島を走っているうちに明瞭になった。今日は日曜日だからラジオ放送はないのだろうと悟った。韓国語には不案内だが、KBSとだけはっきり聞こえてKBSはテレビだけじゃなくラジオ放送もやっているのだなと初めて知った。どうも歌番組らしく、流行の楽曲ではなくトロットを流していた。男性歌手の力強い歌を不愉快な気持ちで聴いていたが、次に流れた曲がテンポのよい明るい楽曲だった。歌手は女性で澄んでいてかつ力強い声をしていた。不思議な幸福感を抱きしめながらハンドルを握っているううちに電波が怪しくなってきた。ずっとこの女性歌手の曲を聴いていたかったが、大海崎のトンネルに入った瞬間にプツリと切れた。一抹の淋しさを感じながら走っているうち、徐々に韓国語が明瞭になってきた。が、もう先ほどの女性歌手の楽曲は終わっていた。とくに聴くものもないので、雑音交じりのトロットを聴きながら中海大橋を渡った。(了)