昨晩は、ほとんど眠れなかった。
「朝から撮影があるから寝なきゃ、寝なきゃ」と思えば思うほど、色々考えてしまって眠れない。
窓の外が明るくなってから、ようやくウトウトと微睡んだ。
「……マナト、おーい、マナト」
どこからか、僕を呼ぶ声が聞こえる。
夢の中の僕は、声のするほうへ手を伸ばした。
『BLは嫌?男同士は気持ち悪い?』
僕はブンブンと首を振る。
目の間にいる人の金色の髪の毛が風に揺れて、光が反射し、美しい。
『少しも気持ち悪くなんかない。僕は、僕は、ずっと恋をしてみたかったんだ』
『踏み出してみなよ、マナト。ほら、自分の気持ちに素直になって』
彼がニコリと笑って、僕の手を掴んでくれようとする。
僕の閉じていた心の扉に、一筋の金色の光が差し込んできた……。
けれど、その瞬間。
彼の顔が、母親の顔に擦り変わり、扉が「バタン」と音を立てて、閉まった。
辺りは真っ暗になる。
闇の中の母親は、恐ろしい声で僕に言った。
『ダメよ、マナト。貴方、まだ治っていなかったの?』
ビクンと慄き、目が覚めた。
全身びっしょりと寝汗をかいている。
「マナト、寝てるの?ねぇ、マナト」
ドアの向こうからミツバくんの声がした。
「ドンドン」とノックの音も聞こえる。
慌てて壁の時計を見ると、約束の7時を15分も過ぎている。
1時間くらいは寝たようだ。
僕はよろよろとベッドから下りて、部屋のドアを開けた。
「おはよう!」
ミツバくんは爽やかに挨拶をしてくれる。
「ご、ごめん。今、起きた……」
「大丈夫?なんか具合悪そうだよ?」
彼の手が伸びてきて、僕の髪に触れようとした。
思わずその手を払いのける。
「あ、汗かいちゃって、シャワー浴びるよ。先に、レストランに行ってて」
「わかった。でもシャワー浴びる前に何か飲んだほうがいい。ちょっと待ってて」
向いの自室に駆け込んだミツバくんは、自分の冷蔵庫からわざわざスポーツ飲料を持ってきてくれる。
僕の部屋の冷蔵庫にも入っていたけれど、ありがたく受け取った。
「慌てなくていいから。支度できたらレストランにおいで」
彼はそう言って、廊下の向こうへ消えていった。
—
急いでシャワーを浴び、レストランへ行くと、他のチームはおらず、ミツバくんだけが座っていた。
「ごめんね、待たせて。さぁ、行こう」
僕はキャップをかぶり、撮影機材を抱える。
「朝ごはん食べないと、倒れるよ」
「大丈夫。今ならスケジュールは、ほぼ変更無しでいけるよね」
「だけど……」
「じゃ、バナナだけ持って行く。僕、こう見えて身体強いから。寝坊したくらい良く眠ったし。さっ、行こう」
とにかく彼に迷惑を掛けたくなかった。
僕は強がったまま、ホテルのエントランスから外へ出る。
今日の赤樹島は、無風で太陽がギラギラと輝いていた。
—
1本目の男の撮影と同じで、島に上陸したシーンから撮り始める。
今日のミツバくんは、半袖Tシャツに半パン。
リュックサックを背負って、足元にはゴム草履を履いていた。
どのアイテムもカラフルなのは、モノクロの1本目との対比だろう。
カメラを回す直前に、彼に問う。
「そんな格好で、日焼け大丈夫?」
「あっ、マナト。その言葉、カメラ回してからもう一度、俺に訊いてくれる?ここからは、対話しながら進めたい」
「了解」
船着き場を歩くミツバくんへ、僕はカメラ越しに話しかける。
今日のミツバくんには、一目見てわかるピンマイクがついていたし、僕の胸にも同じマイクがついている。
「船で日焼け止めをたっぷり塗ったから大丈夫。それにしても、本当に手付かずの自然って感じの島だな」
彼の視線に合わせ、ぐるりと島を映す。
今度は灯台もしっかりと捉えた。
「まずは、あの短歌をもう一度確認するか」
男の手帖を、リュックから取り出す。
昨日よりボロボロに見えるのは、昨晩、ミツバくんがダメージ加工を施したのだろう。
「『夏至の日に 地蔵守りし 申の刻 頭隠して 尻隠さず』この地蔵っていうのを探すのが、今日の目標だ。小さいものかもしれないから、見逃さないように気をつけよう」
「わかった」
そこから僕らは島の中を歩き周った。
途中で休憩し、ペットボトル水を飲むところも今回は撮影する。
寡黙な男の演技とは違って、今日のミツバくんは、明るい。
珍しい花を見つけると「見てみろよ」とカメラに言い、小川に流れる水を触って「冷たい」と喜ぶ。
動画を見た人は、きっとこの島を歩いてみたいと思うだろう。
それにしても、暑い。
熱が身体に籠ってしまっているようだ。
だんだんと、前を歩くミツバくんのペースに、ついていけなくなってくる。
あれ?
見つめていた液晶モニターが、ぐにゃっと歪んだ。
目の前は暗く、足がもつれて前に出ていかない……。
ミツバくんはどこ?ねぇ、どこにいるの?
「おいっ、どうしたっ!」
ミツバくんの声が聞こえたけれど、彼の顔は見えないままで。
……あぁ、ダメだ、倒れる。
けれど、地面に叩きつけられる衝撃は訪れず、僕は何かに抱き留められた……。
「朝から撮影があるから寝なきゃ、寝なきゃ」と思えば思うほど、色々考えてしまって眠れない。
窓の外が明るくなってから、ようやくウトウトと微睡んだ。
「……マナト、おーい、マナト」
どこからか、僕を呼ぶ声が聞こえる。
夢の中の僕は、声のするほうへ手を伸ばした。
『BLは嫌?男同士は気持ち悪い?』
僕はブンブンと首を振る。
目の間にいる人の金色の髪の毛が風に揺れて、光が反射し、美しい。
『少しも気持ち悪くなんかない。僕は、僕は、ずっと恋をしてみたかったんだ』
『踏み出してみなよ、マナト。ほら、自分の気持ちに素直になって』
彼がニコリと笑って、僕の手を掴んでくれようとする。
僕の閉じていた心の扉に、一筋の金色の光が差し込んできた……。
けれど、その瞬間。
彼の顔が、母親の顔に擦り変わり、扉が「バタン」と音を立てて、閉まった。
辺りは真っ暗になる。
闇の中の母親は、恐ろしい声で僕に言った。
『ダメよ、マナト。貴方、まだ治っていなかったの?』
ビクンと慄き、目が覚めた。
全身びっしょりと寝汗をかいている。
「マナト、寝てるの?ねぇ、マナト」
ドアの向こうからミツバくんの声がした。
「ドンドン」とノックの音も聞こえる。
慌てて壁の時計を見ると、約束の7時を15分も過ぎている。
1時間くらいは寝たようだ。
僕はよろよろとベッドから下りて、部屋のドアを開けた。
「おはよう!」
ミツバくんは爽やかに挨拶をしてくれる。
「ご、ごめん。今、起きた……」
「大丈夫?なんか具合悪そうだよ?」
彼の手が伸びてきて、僕の髪に触れようとした。
思わずその手を払いのける。
「あ、汗かいちゃって、シャワー浴びるよ。先に、レストランに行ってて」
「わかった。でもシャワー浴びる前に何か飲んだほうがいい。ちょっと待ってて」
向いの自室に駆け込んだミツバくんは、自分の冷蔵庫からわざわざスポーツ飲料を持ってきてくれる。
僕の部屋の冷蔵庫にも入っていたけれど、ありがたく受け取った。
「慌てなくていいから。支度できたらレストランにおいで」
彼はそう言って、廊下の向こうへ消えていった。
—
急いでシャワーを浴び、レストランへ行くと、他のチームはおらず、ミツバくんだけが座っていた。
「ごめんね、待たせて。さぁ、行こう」
僕はキャップをかぶり、撮影機材を抱える。
「朝ごはん食べないと、倒れるよ」
「大丈夫。今ならスケジュールは、ほぼ変更無しでいけるよね」
「だけど……」
「じゃ、バナナだけ持って行く。僕、こう見えて身体強いから。寝坊したくらい良く眠ったし。さっ、行こう」
とにかく彼に迷惑を掛けたくなかった。
僕は強がったまま、ホテルのエントランスから外へ出る。
今日の赤樹島は、無風で太陽がギラギラと輝いていた。
—
1本目の男の撮影と同じで、島に上陸したシーンから撮り始める。
今日のミツバくんは、半袖Tシャツに半パン。
リュックサックを背負って、足元にはゴム草履を履いていた。
どのアイテムもカラフルなのは、モノクロの1本目との対比だろう。
カメラを回す直前に、彼に問う。
「そんな格好で、日焼け大丈夫?」
「あっ、マナト。その言葉、カメラ回してからもう一度、俺に訊いてくれる?ここからは、対話しながら進めたい」
「了解」
船着き場を歩くミツバくんへ、僕はカメラ越しに話しかける。
今日のミツバくんには、一目見てわかるピンマイクがついていたし、僕の胸にも同じマイクがついている。
「船で日焼け止めをたっぷり塗ったから大丈夫。それにしても、本当に手付かずの自然って感じの島だな」
彼の視線に合わせ、ぐるりと島を映す。
今度は灯台もしっかりと捉えた。
「まずは、あの短歌をもう一度確認するか」
男の手帖を、リュックから取り出す。
昨日よりボロボロに見えるのは、昨晩、ミツバくんがダメージ加工を施したのだろう。
「『夏至の日に 地蔵守りし 申の刻 頭隠して 尻隠さず』この地蔵っていうのを探すのが、今日の目標だ。小さいものかもしれないから、見逃さないように気をつけよう」
「わかった」
そこから僕らは島の中を歩き周った。
途中で休憩し、ペットボトル水を飲むところも今回は撮影する。
寡黙な男の演技とは違って、今日のミツバくんは、明るい。
珍しい花を見つけると「見てみろよ」とカメラに言い、小川に流れる水を触って「冷たい」と喜ぶ。
動画を見た人は、きっとこの島を歩いてみたいと思うだろう。
それにしても、暑い。
熱が身体に籠ってしまっているようだ。
だんだんと、前を歩くミツバくんのペースに、ついていけなくなってくる。
あれ?
見つめていた液晶モニターが、ぐにゃっと歪んだ。
目の前は暗く、足がもつれて前に出ていかない……。
ミツバくんはどこ?ねぇ、どこにいるの?
「おいっ、どうしたっ!」
ミツバくんの声が聞こえたけれど、彼の顔は見えないままで。
……あぁ、ダメだ、倒れる。
けれど、地面に叩きつけられる衝撃は訪れず、僕は何かに抱き留められた……。



