ミツバくんは少し前から起きていたくせに、たった今、目が覚めたかのような大きな欠伸をして、1階へ降りていく。
「おはよー」
「おはようございます」
「おはよう」
どのチームも今日が最後の撮影日だ。
皆、すでに出掛ける支度をしてラウンジにいた。
「じゃ、行こうか」
「俺たちも、そろそろ」
「いってらっしゃーい」
「気を付けて」
僕たちは、メイキングカメラと共に彼らを見送り、2人でレストランへ入っていく。
トレイと皿を持って、バイキング形式の食事を選び、窓際の席に座る。
昨日は、臙脂色のテーブルクロスがかかっていたテーブルも、すっかり元に戻っていた。
—
「ミツバさん、ちょっといいかしら」
リゾートホテルに相応しいとは思えないスーツ姿の支配人代理・藤原さんが、ヒールのある靴をカツカツと鳴らし、テーブルに近づいてきた。
彼女は、メイキングカメラのクルーに「あっちへ行っていろ」とでも言いたげに、追い払うような仕草をする。
「あー、おはようございます。今、食事中なんで後にしてもらってもいいですか?」
ミツバくんは白々しくポケットからスマホを取り出し、何かチェックしてるような素振りを見せた。
「食べながらで結構なので、聞いてください。あなた先日、私が撮っているBL仕立てのメイキングショートを否定して、自分がちゃんとしたBL動画を撮るって言ったわよね?」
彼は大きくため息をついて、スマホを置く。
「はい。今、撮ってますけど?」
「自分が撮るBL動画の方が成果が得られるからって、偉そうに言ったわ」
「ええ、言いました」
「私からアドバイスさせてもらえば、BLとして全然ぬるい。はっきり言えば、刺激が足りないの。世の中に数多ある動画より、目立たないと、強い引きがないと、視聴者に見てもらえないわよ」
「そういうとこ狙ってないんで。もっとエモーショナルな感情の積み重ねを撮りたいです」
「それじゃ数字が取れないでしょ?ねぇ、見て我が社秘蔵のこのデータを」
彼女はプリントしたA4の紙の束を「バンッ」とテーブルに置く。
けれどミツバくんは、そちらに顔も向けない。
「ねぇ、藤原さん。人の感情なんて、データに落とし込めない。俺がこれだけ気持ち作って、挑んでるんですよ。コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている。そんな動画、撮ろうと思って撮れるもんじゃないんです。こんな体張って撮ってるの、伝わらないですか?」
やっぱり気持ち、作ってたのか……撮影のために……。
「残念ながら、撮影してるところを見ていても、伝わってこないわ。昨日の夕方も、最高の夕陽だったのよ。あの夕焼けをバックにキスするくらいベタなシーン入れるとか、してもらいたかったわ」
キス、僕とミツバくんがキス……。
ダンッ。
彼は大きな音を立てて、箸を置いた。
「あんたフォロワー何人いるんだよ?俺は、自分の顔を世界にさらして、自分で良いか悪いか全て判断して、もう6年も動画上げてるんだよ。そうやってコツコツと20万人のフォロワーを獲得した。何かあれば会社が責任取ってくれるような広告屋に、何が分かるんだよ!」
ミツバくんはそのまま席を立ち、レストランを出て行ってしまう。
「チッ」
藤原さんは、残された僕に聞こえるよう舌打ちをし、違う方向から出ていった。
僕はどうしていいかわからず、放心状態でただ座っている……。
「マナト、あの人、どっかいった?」
ミツバくんが様子を伺いながら戻ってきてくれた。
「あぁ……よかった。戻ってきてくれて……」
ミツバくんはテーブルに置きっぱなしのスマホを手に取り、何か操作をする。
「見てこれ、ばっちり撮れてる!」
「え?今の会話、撮ってたの?」
「これは、使えると思うんだよね」
「じゃ、怒って席を立ったのもフェイク?なんだよ、もうーーーー、心配したじゃん」
僕は怒って、彼のことをポカポカと叩く。
「悪い、悪い」
ミツバくんは笑って、僕の頭をクシャクシャと乱暴に撫でてくれた。
だけど、さっき言っていた「コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている」とは何を指しているのだろう。
それはまさに、僕がミツバくんに抱く感情のことだ。
言い当てられたようで気まずかった。
もしかして、全て見透かされているのだろうか……。
—
「ほら、早く食べて、次の撮影をするよ」
箸が止まってしまった僕に、食事を再開するようミツバくんが促す。
「この企画の撮影は12時までなんだよね?次はどこで撮るの?」
「俺の部屋」
「部屋?」
「そう。マナトの背後に固定カメラ置いて、2人でジェンガでもやろ」
「う、うん。いいけど」
部屋でジェンガなんて、藤原さんが言うように引きも刺激も足りないように感じる。
ただ、恋というコップの水が溢れる寸前の僕には、ミツバくんと部屋で二人きりという状況が、少し息苦しく感じてしまいそうで、不安だった。
「おはよー」
「おはようございます」
「おはよう」
どのチームも今日が最後の撮影日だ。
皆、すでに出掛ける支度をしてラウンジにいた。
「じゃ、行こうか」
「俺たちも、そろそろ」
「いってらっしゃーい」
「気を付けて」
僕たちは、メイキングカメラと共に彼らを見送り、2人でレストランへ入っていく。
トレイと皿を持って、バイキング形式の食事を選び、窓際の席に座る。
昨日は、臙脂色のテーブルクロスがかかっていたテーブルも、すっかり元に戻っていた。
—
「ミツバさん、ちょっといいかしら」
リゾートホテルに相応しいとは思えないスーツ姿の支配人代理・藤原さんが、ヒールのある靴をカツカツと鳴らし、テーブルに近づいてきた。
彼女は、メイキングカメラのクルーに「あっちへ行っていろ」とでも言いたげに、追い払うような仕草をする。
「あー、おはようございます。今、食事中なんで後にしてもらってもいいですか?」
ミツバくんは白々しくポケットからスマホを取り出し、何かチェックしてるような素振りを見せた。
「食べながらで結構なので、聞いてください。あなた先日、私が撮っているBL仕立てのメイキングショートを否定して、自分がちゃんとしたBL動画を撮るって言ったわよね?」
彼は大きくため息をついて、スマホを置く。
「はい。今、撮ってますけど?」
「自分が撮るBL動画の方が成果が得られるからって、偉そうに言ったわ」
「ええ、言いました」
「私からアドバイスさせてもらえば、BLとして全然ぬるい。はっきり言えば、刺激が足りないの。世の中に数多ある動画より、目立たないと、強い引きがないと、視聴者に見てもらえないわよ」
「そういうとこ狙ってないんで。もっとエモーショナルな感情の積み重ねを撮りたいです」
「それじゃ数字が取れないでしょ?ねぇ、見て我が社秘蔵のこのデータを」
彼女はプリントしたA4の紙の束を「バンッ」とテーブルに置く。
けれどミツバくんは、そちらに顔も向けない。
「ねぇ、藤原さん。人の感情なんて、データに落とし込めない。俺がこれだけ気持ち作って、挑んでるんですよ。コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている。そんな動画、撮ろうと思って撮れるもんじゃないんです。こんな体張って撮ってるの、伝わらないですか?」
やっぱり気持ち、作ってたのか……撮影のために……。
「残念ながら、撮影してるところを見ていても、伝わってこないわ。昨日の夕方も、最高の夕陽だったのよ。あの夕焼けをバックにキスするくらいベタなシーン入れるとか、してもらいたかったわ」
キス、僕とミツバくんがキス……。
ダンッ。
彼は大きな音を立てて、箸を置いた。
「あんたフォロワー何人いるんだよ?俺は、自分の顔を世界にさらして、自分で良いか悪いか全て判断して、もう6年も動画上げてるんだよ。そうやってコツコツと20万人のフォロワーを獲得した。何かあれば会社が責任取ってくれるような広告屋に、何が分かるんだよ!」
ミツバくんはそのまま席を立ち、レストランを出て行ってしまう。
「チッ」
藤原さんは、残された僕に聞こえるよう舌打ちをし、違う方向から出ていった。
僕はどうしていいかわからず、放心状態でただ座っている……。
「マナト、あの人、どっかいった?」
ミツバくんが様子を伺いながら戻ってきてくれた。
「あぁ……よかった。戻ってきてくれて……」
ミツバくんはテーブルに置きっぱなしのスマホを手に取り、何か操作をする。
「見てこれ、ばっちり撮れてる!」
「え?今の会話、撮ってたの?」
「これは、使えると思うんだよね」
「じゃ、怒って席を立ったのもフェイク?なんだよ、もうーーーー、心配したじゃん」
僕は怒って、彼のことをポカポカと叩く。
「悪い、悪い」
ミツバくんは笑って、僕の頭をクシャクシャと乱暴に撫でてくれた。
だけど、さっき言っていた「コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている」とは何を指しているのだろう。
それはまさに、僕がミツバくんに抱く感情のことだ。
言い当てられたようで気まずかった。
もしかして、全て見透かされているのだろうか……。
—
「ほら、早く食べて、次の撮影をするよ」
箸が止まってしまった僕に、食事を再開するようミツバくんが促す。
「この企画の撮影は12時までなんだよね?次はどこで撮るの?」
「俺の部屋」
「部屋?」
「そう。マナトの背後に固定カメラ置いて、2人でジェンガでもやろ」
「う、うん。いいけど」
部屋でジェンガなんて、藤原さんが言うように引きも刺激も足りないように感じる。
ただ、恋というコップの水が溢れる寸前の僕には、ミツバくんと部屋で二人きりという状況が、少し息苦しく感じてしまいそうで、不安だった。



