初めて訪れた白い砂浜は、波も穏やかで、リゾートに適した綺麗な浜辺だった。
ミツバくんも僕も、靴と靴下を脱ぎ捨て、膝下まで海に入る。
「冷たくて、気持ちいーなぁ。水着持ってくればよかった」
カメラは防水だけれど、海水や細かい砂は大敵だから、落としたりせぬよう肩に力が入る。
でもそこは、映像学科3年生の腕の見せ所だ。
できるだけ軽やかに、波打ち際を走り回るミツバくんを撮影した。
まるで追いかけっこのような映像を撮ったあと、ここでも「カット」の声がかかり、僕は素直にカメラを下ろす。
そして、ミツバくんが用意してくれていた敷物の上に、空を見上げて寝転んだ。
「あー眩しい。でも、リゾートに来たって気分になるね」
「ねぇ見て、マナト。あっち、あっち。ノロシが上がってる!」
ミツバくんが指差す方角を見れば、一本の煙が空に向かって真っすぐ伸びていた。
「あぁ、あれ。サイカワさんが土器を焼いてるんじゃない?」
「そういえば、そんなことチラッと聞いたな。土器なんて簡単に焼けるのかな?」
「温度によっては、割れたりしそうだよね。そもそも形成したものを乾かす時間が足りてないだろうし」
「でも、成功しても失敗しても、動画としてちゃんと面白くするんだよ、サイカワは。あのテクニックはすごいよ」
「見に行ってみる?ユーキさんは見に行くって言ってたよ」
「は?行かない。マナト、忘れちゃったの?俺たちは今、デート中なんだけど」
わざとらしく怒ってみせるミツバくんは魅力的で、僕はカメラを構えていないことを、また「もったいない」と感じてしまった。
—
僕らは、再び森に入る。
ミツバくんが言うには、この島のどこかに真っ赤な鳳凰みたいな花が咲く木が、生えているらしい。
コックさんから聞いた情報だというから、確かだろう。
「6月から咲き始めるから、上手くすれば見られる」と言われたそうだ。
僕らはあてもなく、その木を探して、森の中を彷徨った。
深い森は、この世に存在するのが、ミツバくんと僕の二人だけだと錯覚させてくれる。
そんな神秘的な、心地よさがある。
しかし。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ」
小さく響く音が聞こえ始めた。
聞き間違えかと思っていたが、その音は徐々に大きくなっていく。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ」
「雷鳴ってるな、ひと雨降るかもしれない」
森から上を見上げても、空は小さくしか見えない。
それでも、青かった上空には、雨雲が立ち込めていて、辺りは薄暗くなっていた。
「少しでも、雨がしのげる場所へ行こう」
「うん」
僕はカメラをリュックサックへしまい、両手を空ける。
森の中を走り、雨宿りできるところを探すが、都合よく見つかるものでもない。
やっとたどり着いたのは、むしろ雨を遮るものがない、小さな窪地だった。
咄嗟に、灯台との距離を確かめたけれど、どの方角にもそびえる姿が見えない。
「雷鳴っ・・から、木から離れ・・るここ・いよ・」
ミツバくんがそう口にした頃には、土砂降りになっていて、言われた言葉もとぎれとぎれにしか聞こえない。
痛いぐらい大粒の冷たい雨が、僕らに降りそそいだ。
リュックサックからカメラを出すことはできなかったから、手持ちのスマホで、滝のように降る雨を少しだけ記録する。
ミツバくんはまるで僕を守るように、両腕でしっかりと抱きしめてくれた。
僕もスマホをポケットにしまい、彼の背に手を回す。
ゴーーーという雨音しか聞こえない中、僕らはびしょ濡れになりながら、抱き合った。
冷たい雨に濡れ、震えるほど寒いのに、触れ合っている箇所はとても熱く。
このまま時が止まったらいいのに。
このままこの森から帰れなくなって、二人でずっと彷徨っていたい。
「マナト、・き・・……」
耳元でミツバくんが何か言ったけれど、僕の耳には届かない。
「え?」と問い返すけれど、彼は首を横に振り、より強く僕を抱きしめる。
……雨脚が弱まってきたと思ったら、あっという間に青空が見え始めた。
まさに通り雨だ。
僕もミツバくんも、抱き合う手を解くタイミングが分からず、最後の雨粒が落ちるまで、そのままの姿勢でいた。
ただ、雨音が聞こえなくなれば、密着しているのが猛烈に恥ずかしくなる。
「俺も、この自然現象を、フェイクBL動画に組み込めるようじゃなきゃ、一流にはなれないな」
ミツバくんは照れたようにそう言い、僕からそっと離れていった。
「クシュン」
「大丈夫?マナト。ハ、ハクシュン」
「ミツバくんも、大丈夫?」
リュックサックの中のタオルも全てびしょ濡れの僕らは、ホテルへと戻ることにした。
今いる窪地からは灯台が見えなかったけれど、少し歩くだけで、しっかりとその存在が目に入る。
「あっちだ」
「うん」
僕は再びカメラを出し、びしょ濡れのミツバくんにレンズを向ける。
「オマエも、びしょ濡れだな」
フェイクBLの世界の彼が、僕を「オマエ」と呼んだ。
そんなとき。
「見て、ミツバくん。あれって!」
大きな傘のように横に広がって伸びる、鳳凰木を僕は見つけた。
雨上がりだからこそ、青空の下に映えている。
「でかい木だな。真っ赤という、朱色というか、見事な花だ」
僕らはその木の元へ駆けていく。
僕の撮った映像を繋げたら、雷が鳴り始め、雨が降り出し、雨が止み、赤い花の木を見つけるという流れになるだろう。
僕とミツバくんが、抱き合った記録はどこにも残っていない。
それでも僕は、あの短い通り雨のことを、ずっと忘れないだろう。
ミツバくんも僕も、靴と靴下を脱ぎ捨て、膝下まで海に入る。
「冷たくて、気持ちいーなぁ。水着持ってくればよかった」
カメラは防水だけれど、海水や細かい砂は大敵だから、落としたりせぬよう肩に力が入る。
でもそこは、映像学科3年生の腕の見せ所だ。
できるだけ軽やかに、波打ち際を走り回るミツバくんを撮影した。
まるで追いかけっこのような映像を撮ったあと、ここでも「カット」の声がかかり、僕は素直にカメラを下ろす。
そして、ミツバくんが用意してくれていた敷物の上に、空を見上げて寝転んだ。
「あー眩しい。でも、リゾートに来たって気分になるね」
「ねぇ見て、マナト。あっち、あっち。ノロシが上がってる!」
ミツバくんが指差す方角を見れば、一本の煙が空に向かって真っすぐ伸びていた。
「あぁ、あれ。サイカワさんが土器を焼いてるんじゃない?」
「そういえば、そんなことチラッと聞いたな。土器なんて簡単に焼けるのかな?」
「温度によっては、割れたりしそうだよね。そもそも形成したものを乾かす時間が足りてないだろうし」
「でも、成功しても失敗しても、動画としてちゃんと面白くするんだよ、サイカワは。あのテクニックはすごいよ」
「見に行ってみる?ユーキさんは見に行くって言ってたよ」
「は?行かない。マナト、忘れちゃったの?俺たちは今、デート中なんだけど」
わざとらしく怒ってみせるミツバくんは魅力的で、僕はカメラを構えていないことを、また「もったいない」と感じてしまった。
—
僕らは、再び森に入る。
ミツバくんが言うには、この島のどこかに真っ赤な鳳凰みたいな花が咲く木が、生えているらしい。
コックさんから聞いた情報だというから、確かだろう。
「6月から咲き始めるから、上手くすれば見られる」と言われたそうだ。
僕らはあてもなく、その木を探して、森の中を彷徨った。
深い森は、この世に存在するのが、ミツバくんと僕の二人だけだと錯覚させてくれる。
そんな神秘的な、心地よさがある。
しかし。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ」
小さく響く音が聞こえ始めた。
聞き間違えかと思っていたが、その音は徐々に大きくなっていく。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ」
「雷鳴ってるな、ひと雨降るかもしれない」
森から上を見上げても、空は小さくしか見えない。
それでも、青かった上空には、雨雲が立ち込めていて、辺りは薄暗くなっていた。
「少しでも、雨がしのげる場所へ行こう」
「うん」
僕はカメラをリュックサックへしまい、両手を空ける。
森の中を走り、雨宿りできるところを探すが、都合よく見つかるものでもない。
やっとたどり着いたのは、むしろ雨を遮るものがない、小さな窪地だった。
咄嗟に、灯台との距離を確かめたけれど、どの方角にもそびえる姿が見えない。
「雷鳴っ・・から、木から離れ・・るここ・いよ・」
ミツバくんがそう口にした頃には、土砂降りになっていて、言われた言葉もとぎれとぎれにしか聞こえない。
痛いぐらい大粒の冷たい雨が、僕らに降りそそいだ。
リュックサックからカメラを出すことはできなかったから、手持ちのスマホで、滝のように降る雨を少しだけ記録する。
ミツバくんはまるで僕を守るように、両腕でしっかりと抱きしめてくれた。
僕もスマホをポケットにしまい、彼の背に手を回す。
ゴーーーという雨音しか聞こえない中、僕らはびしょ濡れになりながら、抱き合った。
冷たい雨に濡れ、震えるほど寒いのに、触れ合っている箇所はとても熱く。
このまま時が止まったらいいのに。
このままこの森から帰れなくなって、二人でずっと彷徨っていたい。
「マナト、・き・・……」
耳元でミツバくんが何か言ったけれど、僕の耳には届かない。
「え?」と問い返すけれど、彼は首を横に振り、より強く僕を抱きしめる。
……雨脚が弱まってきたと思ったら、あっという間に青空が見え始めた。
まさに通り雨だ。
僕もミツバくんも、抱き合う手を解くタイミングが分からず、最後の雨粒が落ちるまで、そのままの姿勢でいた。
ただ、雨音が聞こえなくなれば、密着しているのが猛烈に恥ずかしくなる。
「俺も、この自然現象を、フェイクBL動画に組み込めるようじゃなきゃ、一流にはなれないな」
ミツバくんは照れたようにそう言い、僕からそっと離れていった。
「クシュン」
「大丈夫?マナト。ハ、ハクシュン」
「ミツバくんも、大丈夫?」
リュックサックの中のタオルも全てびしょ濡れの僕らは、ホテルへと戻ることにした。
今いる窪地からは灯台が見えなかったけれど、少し歩くだけで、しっかりとその存在が目に入る。
「あっちだ」
「うん」
僕は再びカメラを出し、びしょ濡れのミツバくんにレンズを向ける。
「オマエも、びしょ濡れだな」
フェイクBLの世界の彼が、僕を「オマエ」と呼んだ。
そんなとき。
「見て、ミツバくん。あれって!」
大きな傘のように横に広がって伸びる、鳳凰木を僕は見つけた。
雨上がりだからこそ、青空の下に映えている。
「でかい木だな。真っ赤という、朱色というか、見事な花だ」
僕らはその木の元へ駆けていく。
僕の撮った映像を繋げたら、雷が鳴り始め、雨が降り出し、雨が止み、赤い花の木を見つけるという流れになるだろう。
僕とミツバくんが、抱き合った記録はどこにも残っていない。
それでも僕は、あの短い通り雨のことを、ずっと忘れないだろう。



