袖師の政党とその青年組織は発達障害に理解がない。そもそも知ろうともしない。私の友人のカナタはそれに苦しまされた当事者だ。彼は白潟の党と協力関係にある事業所に勤めていた。むろん党員だ。話し方に癖のある彼は旧テルサ前での街頭宣伝で原稿を読まず、自らの言葉で訴えた。それを聞いていた党、青年組織の関係者は彼を嘲笑した。彼に直接は言わない。カナタを入党させた私に対して彼はおかしいと言うのだ。実に陰湿で不愉快極まりない。私は同年代の東部地区委員長に相談した。しかし、彼は「機関と相談する」の一点張りだった。なにか問題があったときは規約で機関と相談して決定を出すこととされている。私は地区委員長個人としての見解を聞きたかったが、それも「機関と相談する」の一言で突っぱねられた。地区のことは地区で決定するのが原則。地区で対応できなければ上位機関の県委員会の管轄問題となるが、それは叶わなかった。県庁広場で行われた青年組織の花見会でカナタは独裁者の党副委員長から執拗にいじられた。カナタは江津を愛していて江津に遷都すべきだと言った。もちろん彼は本気で言っているわけではない。しかし副委員長は「本気で言っているのか?」という言辞を五回も繰り返した。私はその場にいなかったが、カナタから悔しい思いをしたと聞いている。いつかの班会では青年組織の委員長が私に「カナタ君、マジでおかしいよね?」と同意を求めてきた。さらに、花見会での副委員長の言い分が正しいと言う。私は適当にはぐらかして彼の意見には屈しなかった。脳機能上の問題から彼は場の空気を読めず、また独特の話し方をするので青年組織から孤立していった。その差別主義者の委員長は現在、出雲市議をやっている。まったくもって信じがたい。党や青年組織に見捨てられたカナタは実家のある新見に帰ってしまった。私は彼の苦しみを理解していながら静観していただけ。それはいじめの加害者と同じだ。発達障害は生まれ持った個性であり、どうしようもない。昔ながらの偏見で理解しようとすらしなかった党と青年組織を私は許さない。私が退職を即決できたのは腐りきった島根の党組織と青年組織に辟易していたという一面もあるだろう。(了)



