昨日は寝て起きてを繰り返し、合計で十三時間くらい寝た。運動で疲れた影響もあるだろう。それぐらいの長い睡眠を確保しておいてよかった。今日もまた藤江の軽トラで新見に向かっているからだった。彼は下道を通ると主張したが、それでは日南町へ行く道と変わらない。国道一八〇号を途中で折れず、さらに南下すれば新見市だからだ。エアコンもない車で何度も同じ道は通りたくない。境港、米子の両市を通ることは避けられないが、後者のインターチェンジに乗ればただ走るだけで新見市に到着する。とはいえ、通った回数でいえば高速道路のほうがはるかに多かった。強く押し切って藤江を説得させた半面、彼も高速道路に飽きていることは明らかだった。
背面から見る大山は峻厳な山だ。いかにも霊山という様相を呈している。大山を過ぎると中国山地のなかをひたすら走る。景色は変わらない。山越えが終わると岡山県真庭市の街並みを望むことができるが、これも見飽きている。どこまで真庭なんだ、と広すぎる行政区画に憤りを感じ出すと「新見市」の看板とインターチェンジが見えてくる。所要時間の一時間半で交わした言葉はなく、藤江は当てつけのようにクチャクチャと咀嚼音を発してガムを噛んでいた。料金所のゲートを抜け、一般道に降りると藤江が右折したので声をかけた。
「そっちは日南のほうだぜ」
「待ち合わせは三時です。あと六時間も何するんです?」
藤江はガムを吐き出すと不満そうな眼をした。新見は井倉洞で知られており、JR新見駅には伯備線と姫新線が乗り入れている。鍾乳洞も鉄道も私は興味ないがブラブラしていたら六時間くらい平気で時間は過ぎるだろうと思った。市街地は南北に約八キロ、東西は二キロぐらいだろうか。典型的な盆地だ。北、中央、南の各エリアにショッピングモールや病院などがある。公立大学が立地しており、中山間地域にも関わらず若者の姿が目立つ。妻と三週間いた間、過疎地という印象は受けなかった。その土地に住まない他者視点だから好意的に感じたのかもしれない。私はダムが好きなので、千屋ダムに行こうと提案しようとしたが、それこそ日南方面にかなり走る必要がある。涼しいファミレスで粘ろうと思った。金だけはあるのだから。
「ファミレスで酒を飲もう。一人くらいだらしない奴がいたほうが先方も安心するよ」
私の提案は即否決された。まだ機嫌を害しているのだろうか。事前に聞いた候補者二人の略歴が珍奇だったので、私はいささか緊張していた。酔いたかったのは脳を麻痺させたかったからだ。両者とも本籍は島根県で団体職員らしいが、役員かその長だろう。一人は西ドイツ生まれ、もう一人はイラン生まれ。現在は新見在住の高等遊民だ。
「千屋温泉でも行こうか」
「最初からそのつもりでしたよ。そこで完結しますから」
藤江のプランがようやくわかった。二人との面会場所は千屋温泉。宿泊もできて食事もできる。少し離れた場所にアトラクションもある。よっぽど時間があれば「筆頭」を訪ねて戻ることもできる。周到な計画に舌を巻いた。国道一八〇号を二十五キロ北上し三十分で着く。てっきり市街地のビジネスホテルだと思っていたので、早く教えろ、と心中で憤ったが、温泉の楽しみがそれを勝った。道中は延々と緑が燃えていたが、つまらないとは思わなかった。同温泉は美肌効果を謳っていた。少なくとも、これから外見は枯れていると誰も言うまい、と車中でほくそ笑んだ。
目的地に到着後、すぐに湯に浸かった。数分浸かっては浴槽の外に出てまた数分浸かった。湯口の前にいる老人がなかなか出ないので根比べになった。彼もまた外見だけでも若返りたいという魂胆だろう。コンクラーベよりは早く決着がつくはずだ。
「自然に齢を重ねるということができんもんですかねえ」
隣で首までどっぷり浸かっていた藤江が天井を見上げた。一理あると思い、老人がなおも鎮座するようなら湯口はあきらめることにした。成分だけでも多く摂取しようと湯煙をスースー吸い込んだ。藤江は黙ったまま、ずっと天井を見上げていた。湯煙の吸入を続けていたら、藤江の近くで大きな気泡が弾けるのが見えた。
「藤江、見損なったぞ。ミスディレクションまで使いやがって」
「何か言いましたか?」
やましい行為はしていない表情だった。人間には認識不可能な事象は起こり得るものなので、それ以上の追及はしなかった。バシャッと音がして湯口の老人が立ち上がった。老人の周辺の湯煙が不思議と薄くなった。温泉で他者の陰茎を見ることはないが、その老人は仏塔と呼んだ方がふさわしい立派なものを備えていて、思わず凝視してしまった。彼に畏敬の念を抱いたが、一方で勃起の収拾がつかず仕方なく長く漬かっていたのかもしれないと想像した。私は仏塔の跡地に座ることはできかねて、藤江に一声かけると軽く湯を拭き、脱衣所の戸を開けた。
着替えを済ませロビーに出ると、有料のマッサージチェアが視界に入った。硬貨を入れると足先から頸部までブルブルと振動する。強弱の調整ができるようで、私は最も強い刺激を求めた。ほんの気休めだろうと思っていたが気持ちがいい。膨れた腹が揺れるのが恥ずかしかったが、すぐに終了してしまったので、もう一回起動させた。こういった普通の人たちが触れるものにほとんど接してこなかったので新鮮だった。ビジネスホテルで高額料金を払って受けた指圧マッサージより気持ちがいい。やがて私は来客の注目の的となったが、気にせず揺られていた。
しばらくすると、藤江が金髪と坊主の男を伴って現れた。私は硬貨を再投入した。金髪と坊主が進み出て挨拶した。金髪は上原、坊主は城島と名乗り、同級生だという。どちらか西ドイツ生まれで二人は顔つきも中年だったので私と年齢は同じくらいだろう。ともに小柄だが全身に脂肪が異常についていて、一見した限りでは平均身長だと言っても誰もが信じる体型だ。上原はアロハシャツに短パン、城島はピンクのTシャツに短パンだった。
私はすでに二人を好ましく思った。私自身もシワのひどい白のポロシャツに短パンだったからだ。それに、腐っても賢人の先輩との面会を控えているにも関わらず、堂々とラフな装いをしているのは自分に自信があるからに他ならない。脱衣所で背広に着替えて両者の後ろに立っている藤江がひどく凡庸な男に映った。
凡庸な男の説明など聞きたくなかったが、彼の話では二人は昨日から泊っていると言う。上原が自分の部屋で話をしないかと提案した。彼の部屋は大部屋らしく、私たち全員が入室できる。しかし、藤江と私はチェックイン前なので、宿泊者の部屋に入ることはできない。どうしたものかと悩んでいると、
「ワシがフロントに言って何とかしてもらっちゃるわ」
と城島が宿泊棟のほうへ歩いて行った。城島は並々ならぬ雰囲気を発していたので何とかしてしまうのではと思った。彼をよく知っているはずの上原に眼を向けると、
「楽勝っスよ。少なくとも俺は城島が何かでしくじった話を聞いたことないです」
と言って余裕のある振る舞いをしていた。
私は二人を頼もしく思った。これから長い付き合いになりそうだと早くも期待が胸中で膨らんでいた。心地よい振動が止まったので、マッサージチェアに硬貨を入れた。せめて千円札の差込口ぐらい作ってほしいと憤慨しているうちに城島が戻ってきた。
「だめでしたわ。いっそのこと、ワシらの施設に来ます?」
城島は毒づきながらロビーチェアに寝転んだ。上原は、しゃあない、と言って寝転んだ。私は藤江に顔を向けると城島の施設に行くべきかどうか眼で訴えた。藤江は薄く笑みを浮かべると、ゆっくり二回うなずいた。
新見市内の南東に位置する哲多町に城島の施設は所在していた。廃校になった小学校を地域の交流施設として再活用しているらしい。城島と上原の言動を観察していたら、二人はどうやら共同経営者のようだ。昼食は調理実習室で和牛のステーキを食べた。うまかった。同時に麺類でなかったことに胸をなでおろした。上原が夕食は流しそうめんかバーベキューか選べというので、迷うことなくバーベキューにした。藤江もバーベキューを選んだらしく心底安堵した。遊具はすべて撤去されていて、サッカーゴール一対が広い校庭にぽつねんと置かれていた。日陰から淋しい校庭を眺めていたら、
「子どもらのこと考えたら芝がいいけどなあ。高齢者のこと考えたら土がいいわ」
と城島がこめかみを掻きながら言った。
事態は簡単ではないらしく、子どもの安全を考慮すると芝、サッカーや野球を経験させるなら芝は不適と言う。高齢者はグランドゴルフが大好きらしく土で問題ないらしい。私は腕を組みながら、
「転んで怪我するのも、子どものうちに経験したほうがいいんじゃない?」
と、それらしくも無責任な言葉を発してその場を離れた。
校庭の外れには農園があった。上原がナス、キュウリ、トマトなど夏野菜の収穫に汗を流していた。これらの収穫物も地域の人らに与えたりするのだろうか。だとすれば、彼らは聖人だ。私は久しぶりに触る肥えた土の感覚に涙しそうになりながら、
「これ無料でしょ? 田舎の人は喜ぶね」
と言って手の平の土を落とした。上原は私に視線を向けると、
「いや、有料っスよ。校庭の使用代とか。善意ではやっちょるけど」
と淡白に返答し作業に戻った。
大金持ちが銭を徴収する理由がわからなかった。なかなかできる取り組みではないので、顕彰に値すると思った。金銭の徴収は何か理由あってのことだろう。藤江の姿が見えないので校舎に入った。彼がいそうな場所を探す。職員室や教室にはいないだろう。屋上と体育館も考えにくい。校長室はつまらない。移動が面倒なので、音楽室、視聴覚室、放送室に絞った。デブに歩かせんな、と怒りを抑えながら最有力とにらんだ放送室の扉を開けた。
「私の居場所がよくわかりましたね。褒めて差し上げましょう」
中途半端なキャラ変を無視して、なぜここにいるのか訊ねた。
藤江は、昔から校内放送を通して女子に愛を告白するのが憧れだったと話した。そういうのはアニメ、ドラマ、映画など映像芸術の創造物に過ぎない。小学校の放送委員会は掃除の時間に決まった音楽を流すだけだ。中学になると昼に音楽を交えた番組を放送する。高校では、番組制作とともに体育祭の実況や校内イベントの照明担当、そしてコンテスト参加がある。おそらく、小中高いずれも告白なんてする余地はない。
私はできるだけ藤江の意を汲んで彼の肩に手を置くと、
「幸せな家庭を築くことが夢って言ってたね。廃校になった小学校の放送室で何を言っても未来の伴侶には届かない。マッチングアプリでもやりなよ」
と言って、過去のことを振り返っても時間の無駄だと念を押した。が、年長であることを利用して偉そうに高説を垂れるのも嫌だったので、適当にはぐらかした。藤江はなぜか泣き出した。私もよく泣くので、彼が落ち着くまで傍にいようと思った。
翌朝の九時ごろ二人と別れた藤江と私は玉木に報告をするため、日南に寄った。二人は組織的でなく、友人ほどの関係性に留めるなら賢人として名を連ねてもいいと同意した。玉木は引退となるが、藤江が「筆頭」として跡を継ぐ。直接報告する必要はないが、帰路に寄り道する程度のことなので玉木の家がある路地に入った。
藤江が急に車から飛び出し駆けて行ったのでエンストした。どうやら玉木は転居したようだった。広大な更地に看板が立てられている。赤字で「売土地」と表記されているのが車内からでも見えた。玉木のことは何も知らないに等しいが、持ち家を潰してまで去ったことから、本当にこの地に飽きていたのだなと思った。
藤江は泣き崩れているように見えた。私は降車して電信柱に手を付くと腰を振るトレーニングを始めた。骨盤底筋を意識しながら力を込める。時と場所を問わずにできることをたったいま知った。知人はこういう応用が利くことを知らなかったのだろうか。だとすれば、少しは賢人として誇りを持っていいのかもしれない。徐々に太腿やふくらはぎにも効いてきて脳内物質が分泌されているのを感じた。しばしばサボっていたが、毎日やれば基礎代謝も上がり、ダイエットの下地は整えることができそうだ。
「じゃあ、行きましょう」
朗々とした声に振り返ると、さっぱりとした表情で藤江が立っていた。私はもうしばらく鍛えていたかったので、
「君の涙に彼も歓喜してる。枯れ果てるまで泣いてきなよ」
と言うと次いで、後継として玉木の残した意思を感じ取って来い、と心にもないことを強弁した。藤江は次第に無表情になり、
「時間の無駄なので帰りましょう。少なくとも宍道湖が枯渇するほどには泣いてやりましたよ」
と言ってエンジンをかけると国道一八〇号に合流する交差点を曲がり、北へ向かって走り出した。藤江の眼は泣き崩れた者のそれではなく、充血もしていなかったので、形式的に泣くふりをしたか、単に魔が差したかのどちらかと思われた。宍道湖が枯渇するという点についてはツッコミを入れても入れなくてもつまらないので黙っていた。
境水道大橋を渡り、いよいよ美保関に入ると、藤江はマッチングアプリ用の写真が撮りたいと言い出した。私は引き受ける旨を述べると、背景は日本海か境水道のどちらにするか訊いた。藤江は何度もかぶりを振って、
「そんなの愛犬と一緒に撮るに決まってるじゃないですか」
と、うんざりするほど長々とその理由を語った。
私は、定岡に頼みな、と断った。自宅近くの埠頭に降ろしてもらうと別れを告げて遠ざかる軽トラを見送った。ブレーキランプが数えきれないほど点滅した。そうじゃない、と苦笑しながら埠頭を散歩した。南中の太陽の陽射しが猛烈に暑い。クレーンを載せた大型作業船が二隻も係留されていて、釣り人の姿は見えなかった。堤防沿いの小道に足を運んだ。開けた場所に駐車し、竿が揺れるのをパラソル内の椅子から見ている男がいた。スマホのカメラを起動させると男に勢いよく詰め寄った。
「幸一くんじゃないか! 翔子が家で待っとるぞ!」
私は、そうですか、と言って眼前の高級ミニバンを見た。
「本当は、翔子から美保関に帰さんかったら縁を切ると言われちまったよ。ワシ、何か悪いこと言ったかいな?」
義父は真っ直ぐな眼をしていた。視線の先には大山があるように思われた。
「言ったかもしれんなあ。もともと短気だったけど、齢を重ねるたびに頑固になる。自分が悪くても謝れん」
私は深呼吸のような溜め息をついて、そうですか、と繰り返し、義父を見下ろして睨んだ。彼は一瞬、眼を合わせると視線を戻した。私は義父の車に手を当て、
「お義父さん、ここで駐車は……」
と言うとボンネットに両手を付き、腰を降りだした。やや前傾姿勢になるので電信柱でトレーニングするより効果が見込めそうだ。車のエンブレムが私の股間にいい塩梅で当たる。義父はあんぐりと口を開けて動けないでいる。まだ性欲旺盛だったころ、妻とテレホンセックスしたことを思い出し、彼女にすぐ来るようボイスメッセージを送った。妻はすぐに姿を見せたが、義父と同様の反応を見せた。脳内物質がどんどん分泌され、気分が高揚していくのがわかる。
「お義父さん、この車は身持ちがいいですねえ。鉄の女ですよ」
この事態を収拾したいのに、意図しない言葉が飛び出す。腰を振るのを止め、エンブレムから右のボディへと頬ずりしながら考える。息を整え、真剣な顔を作り、妻に私の意図を汲んでくれ、と視線を飛ばした。
「やっぱり家族はこういうミニバンですよねえ。孫がいたら、お義父さん大忙しですよ」
義父は情けなく口を開けたままだったが、あう、と返事のような声を出した。妻の姿が消えていたが、左ボディのほうから、
「お父さん! これじゃあ旅行も行けないよ! お母さんに怒ってもらうから!」
これが正答なのか不明だったが、最悪の事態は免れた。義父は娘に怒られたことによる心的外傷のせいか、あう、としか言えなくなっていた。妻に礼を言おうとしたら平手打ちを食らった。
「今度は車に浮気かと本気で思ったわ! 境港にお父さん送ってくるけん反省しとけ!」
怒鳴られて気分がいいのは、まだ脳内物質が分泌されているからだろうか。フナムシが可愛く見える。私は正気を取り戻そうとポーションを左右の歯茎に二つずつ挟んだ。
妻は何事もなかったかのように、あっけらかんとしていた。父からの郵便物があったと渡された。証券会社の封筒だった。封を開けると、株の生前贈与に関する書類だった。父が私の不義理をどう受け止めたかはわからない。いずれにしても父なりの謝罪ということだろう。もっとも、じゃあな、の一言に私は父の温かみを十分感じていた。
妻は夕食の支度を始めた。包丁の音はたまにするだけで、揚げ物を作っているようだった。私は猛省のすえ、今後一年間は生ビールを飲まないという誓文を妻に提出した。妻は確かに受け取りました、と受理した。「生ビール」という文言の抜け道についてはあえて触れないという態度だった。私はそれが怖くてノンアルコールビールを飲んて居間と縁側をウロウロしていた。せめてエアコンを付けて居間を冷やしておこうとスイッチを押した。設定温度を十九度に、風量を最強にした。これでよし、と満足すると妻が戸を開け、テーブルに配膳した。夏野菜の天ぷらだった。モロヘイヤが異常に多かったが、私の好物だと教えた記憶はなかった。
妻が向かいに腰を下ろした。我が家では、いただきますは言わない。黙して合掌するだけだ。なぜか妻がいただきます、と言ったので私も倣った。少しの間のあと、彼女が天ぷらに箸を付けた。続けて私も箸を付けた。モロヘイヤを勝手に食べるのが恐ろしかったので、ピーマン、ナス、サツマイモを食べた。
体が冷えたのか、妻はエアコンを切った。そして雪見障子を上げた。空気感が悪いから外の景色を見ようという考えだろうか。暗くて何も見えないが、ガラスが露出しただけで重い空気が変わり、私はモロヘイヤを口に入れた。妻は何も言わなかった。その後、モロヘイヤばかり食べていたが、何も言われなかった。うまかった。勇気を振り絞ってモロヘイヤが大量なのはどうしてなのか訊くと義父が持たせたと言う。今日はかなり迷惑をかけたので、私は正座すると頭を下げた。彼女はうなずき、
「二ケ月の間に何かあった? いい枯れ方になってる」
と、ようやく笑顔を見せた。
私は真っ暗な外を眺めながら黙考し、
「わからん。ただ無暗に走ってただけかな」
と頬杖をついて妻の顔を見た。
そっかあ、と言って妻は膳を持ち立ち上がった。プリッと小さな音がした。放屁かなと思ったが、服が畳に擦れた音だろう。私は台所へ行って余ったサツマイモを所望した。妻は食後の片付けで暑くなったのか頬が紅潮していたが、何も言わずに全部渡してくれた。サツマイモをノンアルコールビールで流し込んでいると、だんだん腹にガスが溜まってきた。私は居間の戸に向かって尻を突き出し、妻が入室してくるのを虎視眈々と待ち続けた。(了)
参考文献
海事法研究会『海事法』第十二版(海文堂出版、二〇二三年)
神戸大学海事科学研究科海事法規研究会『海事法規の解説』(成山堂書店、二〇二二年)
国土交通省海事局『海事六法』二〇二四年版(海文堂出版、二〇二四年)
背面から見る大山は峻厳な山だ。いかにも霊山という様相を呈している。大山を過ぎると中国山地のなかをひたすら走る。景色は変わらない。山越えが終わると岡山県真庭市の街並みを望むことができるが、これも見飽きている。どこまで真庭なんだ、と広すぎる行政区画に憤りを感じ出すと「新見市」の看板とインターチェンジが見えてくる。所要時間の一時間半で交わした言葉はなく、藤江は当てつけのようにクチャクチャと咀嚼音を発してガムを噛んでいた。料金所のゲートを抜け、一般道に降りると藤江が右折したので声をかけた。
「そっちは日南のほうだぜ」
「待ち合わせは三時です。あと六時間も何するんです?」
藤江はガムを吐き出すと不満そうな眼をした。新見は井倉洞で知られており、JR新見駅には伯備線と姫新線が乗り入れている。鍾乳洞も鉄道も私は興味ないがブラブラしていたら六時間くらい平気で時間は過ぎるだろうと思った。市街地は南北に約八キロ、東西は二キロぐらいだろうか。典型的な盆地だ。北、中央、南の各エリアにショッピングモールや病院などがある。公立大学が立地しており、中山間地域にも関わらず若者の姿が目立つ。妻と三週間いた間、過疎地という印象は受けなかった。その土地に住まない他者視点だから好意的に感じたのかもしれない。私はダムが好きなので、千屋ダムに行こうと提案しようとしたが、それこそ日南方面にかなり走る必要がある。涼しいファミレスで粘ろうと思った。金だけはあるのだから。
「ファミレスで酒を飲もう。一人くらいだらしない奴がいたほうが先方も安心するよ」
私の提案は即否決された。まだ機嫌を害しているのだろうか。事前に聞いた候補者二人の略歴が珍奇だったので、私はいささか緊張していた。酔いたかったのは脳を麻痺させたかったからだ。両者とも本籍は島根県で団体職員らしいが、役員かその長だろう。一人は西ドイツ生まれ、もう一人はイラン生まれ。現在は新見在住の高等遊民だ。
「千屋温泉でも行こうか」
「最初からそのつもりでしたよ。そこで完結しますから」
藤江のプランがようやくわかった。二人との面会場所は千屋温泉。宿泊もできて食事もできる。少し離れた場所にアトラクションもある。よっぽど時間があれば「筆頭」を訪ねて戻ることもできる。周到な計画に舌を巻いた。国道一八〇号を二十五キロ北上し三十分で着く。てっきり市街地のビジネスホテルだと思っていたので、早く教えろ、と心中で憤ったが、温泉の楽しみがそれを勝った。道中は延々と緑が燃えていたが、つまらないとは思わなかった。同温泉は美肌効果を謳っていた。少なくとも、これから外見は枯れていると誰も言うまい、と車中でほくそ笑んだ。
目的地に到着後、すぐに湯に浸かった。数分浸かっては浴槽の外に出てまた数分浸かった。湯口の前にいる老人がなかなか出ないので根比べになった。彼もまた外見だけでも若返りたいという魂胆だろう。コンクラーベよりは早く決着がつくはずだ。
「自然に齢を重ねるということができんもんですかねえ」
隣で首までどっぷり浸かっていた藤江が天井を見上げた。一理あると思い、老人がなおも鎮座するようなら湯口はあきらめることにした。成分だけでも多く摂取しようと湯煙をスースー吸い込んだ。藤江は黙ったまま、ずっと天井を見上げていた。湯煙の吸入を続けていたら、藤江の近くで大きな気泡が弾けるのが見えた。
「藤江、見損なったぞ。ミスディレクションまで使いやがって」
「何か言いましたか?」
やましい行為はしていない表情だった。人間には認識不可能な事象は起こり得るものなので、それ以上の追及はしなかった。バシャッと音がして湯口の老人が立ち上がった。老人の周辺の湯煙が不思議と薄くなった。温泉で他者の陰茎を見ることはないが、その老人は仏塔と呼んだ方がふさわしい立派なものを備えていて、思わず凝視してしまった。彼に畏敬の念を抱いたが、一方で勃起の収拾がつかず仕方なく長く漬かっていたのかもしれないと想像した。私は仏塔の跡地に座ることはできかねて、藤江に一声かけると軽く湯を拭き、脱衣所の戸を開けた。
着替えを済ませロビーに出ると、有料のマッサージチェアが視界に入った。硬貨を入れると足先から頸部までブルブルと振動する。強弱の調整ができるようで、私は最も強い刺激を求めた。ほんの気休めだろうと思っていたが気持ちがいい。膨れた腹が揺れるのが恥ずかしかったが、すぐに終了してしまったので、もう一回起動させた。こういった普通の人たちが触れるものにほとんど接してこなかったので新鮮だった。ビジネスホテルで高額料金を払って受けた指圧マッサージより気持ちがいい。やがて私は来客の注目の的となったが、気にせず揺られていた。
しばらくすると、藤江が金髪と坊主の男を伴って現れた。私は硬貨を再投入した。金髪と坊主が進み出て挨拶した。金髪は上原、坊主は城島と名乗り、同級生だという。どちらか西ドイツ生まれで二人は顔つきも中年だったので私と年齢は同じくらいだろう。ともに小柄だが全身に脂肪が異常についていて、一見した限りでは平均身長だと言っても誰もが信じる体型だ。上原はアロハシャツに短パン、城島はピンクのTシャツに短パンだった。
私はすでに二人を好ましく思った。私自身もシワのひどい白のポロシャツに短パンだったからだ。それに、腐っても賢人の先輩との面会を控えているにも関わらず、堂々とラフな装いをしているのは自分に自信があるからに他ならない。脱衣所で背広に着替えて両者の後ろに立っている藤江がひどく凡庸な男に映った。
凡庸な男の説明など聞きたくなかったが、彼の話では二人は昨日から泊っていると言う。上原が自分の部屋で話をしないかと提案した。彼の部屋は大部屋らしく、私たち全員が入室できる。しかし、藤江と私はチェックイン前なので、宿泊者の部屋に入ることはできない。どうしたものかと悩んでいると、
「ワシがフロントに言って何とかしてもらっちゃるわ」
と城島が宿泊棟のほうへ歩いて行った。城島は並々ならぬ雰囲気を発していたので何とかしてしまうのではと思った。彼をよく知っているはずの上原に眼を向けると、
「楽勝っスよ。少なくとも俺は城島が何かでしくじった話を聞いたことないです」
と言って余裕のある振る舞いをしていた。
私は二人を頼もしく思った。これから長い付き合いになりそうだと早くも期待が胸中で膨らんでいた。心地よい振動が止まったので、マッサージチェアに硬貨を入れた。せめて千円札の差込口ぐらい作ってほしいと憤慨しているうちに城島が戻ってきた。
「だめでしたわ。いっそのこと、ワシらの施設に来ます?」
城島は毒づきながらロビーチェアに寝転んだ。上原は、しゃあない、と言って寝転んだ。私は藤江に顔を向けると城島の施設に行くべきかどうか眼で訴えた。藤江は薄く笑みを浮かべると、ゆっくり二回うなずいた。
新見市内の南東に位置する哲多町に城島の施設は所在していた。廃校になった小学校を地域の交流施設として再活用しているらしい。城島と上原の言動を観察していたら、二人はどうやら共同経営者のようだ。昼食は調理実習室で和牛のステーキを食べた。うまかった。同時に麺類でなかったことに胸をなでおろした。上原が夕食は流しそうめんかバーベキューか選べというので、迷うことなくバーベキューにした。藤江もバーベキューを選んだらしく心底安堵した。遊具はすべて撤去されていて、サッカーゴール一対が広い校庭にぽつねんと置かれていた。日陰から淋しい校庭を眺めていたら、
「子どもらのこと考えたら芝がいいけどなあ。高齢者のこと考えたら土がいいわ」
と城島がこめかみを掻きながら言った。
事態は簡単ではないらしく、子どもの安全を考慮すると芝、サッカーや野球を経験させるなら芝は不適と言う。高齢者はグランドゴルフが大好きらしく土で問題ないらしい。私は腕を組みながら、
「転んで怪我するのも、子どものうちに経験したほうがいいんじゃない?」
と、それらしくも無責任な言葉を発してその場を離れた。
校庭の外れには農園があった。上原がナス、キュウリ、トマトなど夏野菜の収穫に汗を流していた。これらの収穫物も地域の人らに与えたりするのだろうか。だとすれば、彼らは聖人だ。私は久しぶりに触る肥えた土の感覚に涙しそうになりながら、
「これ無料でしょ? 田舎の人は喜ぶね」
と言って手の平の土を落とした。上原は私に視線を向けると、
「いや、有料っスよ。校庭の使用代とか。善意ではやっちょるけど」
と淡白に返答し作業に戻った。
大金持ちが銭を徴収する理由がわからなかった。なかなかできる取り組みではないので、顕彰に値すると思った。金銭の徴収は何か理由あってのことだろう。藤江の姿が見えないので校舎に入った。彼がいそうな場所を探す。職員室や教室にはいないだろう。屋上と体育館も考えにくい。校長室はつまらない。移動が面倒なので、音楽室、視聴覚室、放送室に絞った。デブに歩かせんな、と怒りを抑えながら最有力とにらんだ放送室の扉を開けた。
「私の居場所がよくわかりましたね。褒めて差し上げましょう」
中途半端なキャラ変を無視して、なぜここにいるのか訊ねた。
藤江は、昔から校内放送を通して女子に愛を告白するのが憧れだったと話した。そういうのはアニメ、ドラマ、映画など映像芸術の創造物に過ぎない。小学校の放送委員会は掃除の時間に決まった音楽を流すだけだ。中学になると昼に音楽を交えた番組を放送する。高校では、番組制作とともに体育祭の実況や校内イベントの照明担当、そしてコンテスト参加がある。おそらく、小中高いずれも告白なんてする余地はない。
私はできるだけ藤江の意を汲んで彼の肩に手を置くと、
「幸せな家庭を築くことが夢って言ってたね。廃校になった小学校の放送室で何を言っても未来の伴侶には届かない。マッチングアプリでもやりなよ」
と言って、過去のことを振り返っても時間の無駄だと念を押した。が、年長であることを利用して偉そうに高説を垂れるのも嫌だったので、適当にはぐらかした。藤江はなぜか泣き出した。私もよく泣くので、彼が落ち着くまで傍にいようと思った。
翌朝の九時ごろ二人と別れた藤江と私は玉木に報告をするため、日南に寄った。二人は組織的でなく、友人ほどの関係性に留めるなら賢人として名を連ねてもいいと同意した。玉木は引退となるが、藤江が「筆頭」として跡を継ぐ。直接報告する必要はないが、帰路に寄り道する程度のことなので玉木の家がある路地に入った。
藤江が急に車から飛び出し駆けて行ったのでエンストした。どうやら玉木は転居したようだった。広大な更地に看板が立てられている。赤字で「売土地」と表記されているのが車内からでも見えた。玉木のことは何も知らないに等しいが、持ち家を潰してまで去ったことから、本当にこの地に飽きていたのだなと思った。
藤江は泣き崩れているように見えた。私は降車して電信柱に手を付くと腰を振るトレーニングを始めた。骨盤底筋を意識しながら力を込める。時と場所を問わずにできることをたったいま知った。知人はこういう応用が利くことを知らなかったのだろうか。だとすれば、少しは賢人として誇りを持っていいのかもしれない。徐々に太腿やふくらはぎにも効いてきて脳内物質が分泌されているのを感じた。しばしばサボっていたが、毎日やれば基礎代謝も上がり、ダイエットの下地は整えることができそうだ。
「じゃあ、行きましょう」
朗々とした声に振り返ると、さっぱりとした表情で藤江が立っていた。私はもうしばらく鍛えていたかったので、
「君の涙に彼も歓喜してる。枯れ果てるまで泣いてきなよ」
と言うと次いで、後継として玉木の残した意思を感じ取って来い、と心にもないことを強弁した。藤江は次第に無表情になり、
「時間の無駄なので帰りましょう。少なくとも宍道湖が枯渇するほどには泣いてやりましたよ」
と言ってエンジンをかけると国道一八〇号に合流する交差点を曲がり、北へ向かって走り出した。藤江の眼は泣き崩れた者のそれではなく、充血もしていなかったので、形式的に泣くふりをしたか、単に魔が差したかのどちらかと思われた。宍道湖が枯渇するという点についてはツッコミを入れても入れなくてもつまらないので黙っていた。
境水道大橋を渡り、いよいよ美保関に入ると、藤江はマッチングアプリ用の写真が撮りたいと言い出した。私は引き受ける旨を述べると、背景は日本海か境水道のどちらにするか訊いた。藤江は何度もかぶりを振って、
「そんなの愛犬と一緒に撮るに決まってるじゃないですか」
と、うんざりするほど長々とその理由を語った。
私は、定岡に頼みな、と断った。自宅近くの埠頭に降ろしてもらうと別れを告げて遠ざかる軽トラを見送った。ブレーキランプが数えきれないほど点滅した。そうじゃない、と苦笑しながら埠頭を散歩した。南中の太陽の陽射しが猛烈に暑い。クレーンを載せた大型作業船が二隻も係留されていて、釣り人の姿は見えなかった。堤防沿いの小道に足を運んだ。開けた場所に駐車し、竿が揺れるのをパラソル内の椅子から見ている男がいた。スマホのカメラを起動させると男に勢いよく詰め寄った。
「幸一くんじゃないか! 翔子が家で待っとるぞ!」
私は、そうですか、と言って眼前の高級ミニバンを見た。
「本当は、翔子から美保関に帰さんかったら縁を切ると言われちまったよ。ワシ、何か悪いこと言ったかいな?」
義父は真っ直ぐな眼をしていた。視線の先には大山があるように思われた。
「言ったかもしれんなあ。もともと短気だったけど、齢を重ねるたびに頑固になる。自分が悪くても謝れん」
私は深呼吸のような溜め息をついて、そうですか、と繰り返し、義父を見下ろして睨んだ。彼は一瞬、眼を合わせると視線を戻した。私は義父の車に手を当て、
「お義父さん、ここで駐車は……」
と言うとボンネットに両手を付き、腰を降りだした。やや前傾姿勢になるので電信柱でトレーニングするより効果が見込めそうだ。車のエンブレムが私の股間にいい塩梅で当たる。義父はあんぐりと口を開けて動けないでいる。まだ性欲旺盛だったころ、妻とテレホンセックスしたことを思い出し、彼女にすぐ来るようボイスメッセージを送った。妻はすぐに姿を見せたが、義父と同様の反応を見せた。脳内物質がどんどん分泌され、気分が高揚していくのがわかる。
「お義父さん、この車は身持ちがいいですねえ。鉄の女ですよ」
この事態を収拾したいのに、意図しない言葉が飛び出す。腰を振るのを止め、エンブレムから右のボディへと頬ずりしながら考える。息を整え、真剣な顔を作り、妻に私の意図を汲んでくれ、と視線を飛ばした。
「やっぱり家族はこういうミニバンですよねえ。孫がいたら、お義父さん大忙しですよ」
義父は情けなく口を開けたままだったが、あう、と返事のような声を出した。妻の姿が消えていたが、左ボディのほうから、
「お父さん! これじゃあ旅行も行けないよ! お母さんに怒ってもらうから!」
これが正答なのか不明だったが、最悪の事態は免れた。義父は娘に怒られたことによる心的外傷のせいか、あう、としか言えなくなっていた。妻に礼を言おうとしたら平手打ちを食らった。
「今度は車に浮気かと本気で思ったわ! 境港にお父さん送ってくるけん反省しとけ!」
怒鳴られて気分がいいのは、まだ脳内物質が分泌されているからだろうか。フナムシが可愛く見える。私は正気を取り戻そうとポーションを左右の歯茎に二つずつ挟んだ。
妻は何事もなかったかのように、あっけらかんとしていた。父からの郵便物があったと渡された。証券会社の封筒だった。封を開けると、株の生前贈与に関する書類だった。父が私の不義理をどう受け止めたかはわからない。いずれにしても父なりの謝罪ということだろう。もっとも、じゃあな、の一言に私は父の温かみを十分感じていた。
妻は夕食の支度を始めた。包丁の音はたまにするだけで、揚げ物を作っているようだった。私は猛省のすえ、今後一年間は生ビールを飲まないという誓文を妻に提出した。妻は確かに受け取りました、と受理した。「生ビール」という文言の抜け道についてはあえて触れないという態度だった。私はそれが怖くてノンアルコールビールを飲んて居間と縁側をウロウロしていた。せめてエアコンを付けて居間を冷やしておこうとスイッチを押した。設定温度を十九度に、風量を最強にした。これでよし、と満足すると妻が戸を開け、テーブルに配膳した。夏野菜の天ぷらだった。モロヘイヤが異常に多かったが、私の好物だと教えた記憶はなかった。
妻が向かいに腰を下ろした。我が家では、いただきますは言わない。黙して合掌するだけだ。なぜか妻がいただきます、と言ったので私も倣った。少しの間のあと、彼女が天ぷらに箸を付けた。続けて私も箸を付けた。モロヘイヤを勝手に食べるのが恐ろしかったので、ピーマン、ナス、サツマイモを食べた。
体が冷えたのか、妻はエアコンを切った。そして雪見障子を上げた。空気感が悪いから外の景色を見ようという考えだろうか。暗くて何も見えないが、ガラスが露出しただけで重い空気が変わり、私はモロヘイヤを口に入れた。妻は何も言わなかった。その後、モロヘイヤばかり食べていたが、何も言われなかった。うまかった。勇気を振り絞ってモロヘイヤが大量なのはどうしてなのか訊くと義父が持たせたと言う。今日はかなり迷惑をかけたので、私は正座すると頭を下げた。彼女はうなずき、
「二ケ月の間に何かあった? いい枯れ方になってる」
と、ようやく笑顔を見せた。
私は真っ暗な外を眺めながら黙考し、
「わからん。ただ無暗に走ってただけかな」
と頬杖をついて妻の顔を見た。
そっかあ、と言って妻は膳を持ち立ち上がった。プリッと小さな音がした。放屁かなと思ったが、服が畳に擦れた音だろう。私は台所へ行って余ったサツマイモを所望した。妻は食後の片付けで暑くなったのか頬が紅潮していたが、何も言わずに全部渡してくれた。サツマイモをノンアルコールビールで流し込んでいると、だんだん腹にガスが溜まってきた。私は居間の戸に向かって尻を突き出し、妻が入室してくるのを虎視眈々と待ち続けた。(了)
参考文献
海事法研究会『海事法』第十二版(海文堂出版、二〇二三年)
神戸大学海事科学研究科海事法規研究会『海事法規の解説』(成山堂書店、二〇二二年)
国土交通省海事局『海事六法』二〇二四年版(海文堂出版、二〇二四年)



