玉木に三人迎え入れると意気込んだ手前、私には対象者がいなかった。その境遇は藤江にも該当し、彼は岡山県の二人を抱えているが一人足りない。三人を一人で集めるのは極めて困難で、もう少しで手が届きそうな藤江にも不可能だと思われた。昨日、帰りの車中で私と藤江は意思統一し、競争ではなく協同して三人を迎えること、二人を入れる藤江を次の「筆頭」とすることを取り決めた。彼は次席の私が継ぐべきだと訴えた。私は彼の肩に手を置き、席次は序列や階級、まして年功ではないと説いて納得させた。
退職してからセカンドカーを動かしていなかったので、少し遠出をしようと思った。トラックのバッテリーは強靭なので、数ケ月くらい放置してよさそうなものだった。が、寝台つきの中型トラックは当然、長距離運転を想定しているはずで、何もしなければバッテリーの不具合は絶対に避けることができないだろう。久方ぶりに座席に腰を下ろすと、視線が高く雲上人になったような気分になった。
クラッチを踏んでキーを回すと激しい揺れとエンジンの爆音に晒された。アイドリングしながら車体に異常がないか点検して回った。スポーツカーのつもりなので、平ボディの荷台には何も載せていない。中型とはいえ、全長八・五メートルのトラックは怪物だ。燃料タンクの容量は百リットル。燃費は荷がなければ一リットルあたり四か五キロは走る。馬力は二百を少し超えるくらいだったと思う。当たり前だが、普通のスポーツカーのほうが速い。そのハンデを覆すところに公道バトルの醍醐味がある。
エアコンをつけ、私室に戻ると着替えを大きなレジ袋に突っ込んだ。家中の施錠を済ませ、上がりにくいステップを踏み座席に乗った。大山が少し近くなった気がした。ひとまず、山口市を目指すことにした。理由は単純で、下関市は都会だからだ。玉木には悪いが、人口が多く、対象者を探しやすい広島、福山、岡山、倉敷の四市は絶対に行かない。スマホのナビによると、下道で四時間半(二七〇キロ)、高速道路だと三時間五十分(三百キロ)で到着するらしい。大した時間の差はないので、島根県を東西に横断しながら窓越しに日本海を楽しめる国道九号を走って目的地を目指すことにした。よし行くぞ、と勇み立ったものの、エンストして発車すらできない。試行錯誤しているうち、二速にギアを入れているつもりが四速に入っていたことに気付いた。私が下手なのか何度も練習してやっと自然に二速に入るようになった。
ホテル代ごときけちるな、ともう一人の私が誘惑してきた。つい誘いに乗りかけたが、これぞまさに有閑人の「真剣な遊び」だと自らを奮い立たせた。梅雨だというのに、カンカン照りの日々が続いていて、もう「出雲」という地名を変えるべきではないかと思ってしまう。日焼け止めの代替品として下地とファンデーションを顔、首、腕に塗り、十時過ぎにのろのろと出発した。
島根県の日本海は東部と西部でまったく異なる。東部は黒々として何一つ面白いところがない。西部は淡い青に波がキラキラ光り、見ていて飽きない。その境界は出雲大社が神迎え神事をする浜だと思っている。厳密には黒すぎず淡すぎずという塩梅で何とも形容しがたい。八百万の神が通るということで、あの一帯の海は特別なのかもしれない。その浜を過ぎてほどなく、大きな道の駅がある。私はそこで休憩を取ることにした。
寝台で横になると囲碁のスマホゲームをした。九路盤で相手のレベルは最低に設定したが、まったく歯が立たない。もちろん、私が先手だ。定石として見直されてきているらしい初手の天元打ちにこだわって何度も勝負しては圧倒されて負けている。運よく横に壁を作るような展開になると優勢だ。といっても、最後は半目勝ちの辛勝が多い。相手はコンピュータなので、私はこれからもかっこつけて初手からど真ん中に石を置き続けるだろう。
囲碁教室には子どもから大人まで幅広い年齢層が通っていると聞く。九路盤で相手してくれる人がいるとは思えないが、天元ばかり打っていれば嫌でも目立つだろう。そのうち、運営者や講師が声をかけてくるかもしれない。仲も深まれば賢人として誘うこともできる。
希望が湧いてきたので、出発することにした。調子に乗って排気ブレーキを作動させ、インパネにマークを表示させると、アクセルを踏んでは離してを繰り返した。プシュー、プシューと音がする。いい気分だ。リズミカルにクラクションを鳴らしていた藤江のことが思い出された。いまなら彼の気持ちがわかる気がする。
私は世界一大きな砂時計の横を通り過ぎながら、排気ブレーキのリズムに酔いしれた。が、そう間もないうちにトンネル前の広い場所で停車した。ハザードランプを点滅させると排気ブレーキを切った。というのも、囲碁教室に通うにしても都会のほうが数が多いと気付いたからだ。山口市に一つもないわけはないと信じたかったが、落ち着かないのでスマホで確認することにした。
通話履歴に一時間前から藤江が六回も架電してきていた。気になったので彼にかけなおした。一コールが鳴り終わる前に繋がった。
「出るの早いな。何かあったの?」
『新しい候補者が加入に同意しました! すぐ七類港に来てください!』
藤江の声は異常に上ずっていて、やや早口だった。一人で三人を見つけたのだなと安堵するとともに、私はそのまま山口市に行こうと思った。
「いま西におるのよ。大田。正確には大田市仁摩町。すぐには戻れん」
『そのほか重要案件あり。すぐ帰松されたし。次の「筆頭」は私です』
「そりゃそうだけど……」
一方的に電話を切られた。おかしな言葉の調子だったが、素直に帰ることにした。せっかくスポーツカーに乗っているのだから、この際、高速道路で引き返そうと思った。少し東に行くとインターチェンジがある。そこから乗れば、七類港まで一時間半で到着だ。時刻は二時を過ぎていた。LINEのメッセージで到着予定時刻を藤江に送信した。急に不愉快になり、県西部の海にも山口にも興味がなくなった。助手席のクーラーボックスからノンアルコールビールを取り出すと、ぐいっと半分ほど口に流し込み、発進した。
島根県の高速道路も熟知しているので、運転といっても単なる作業のようなものだ。法定速度を守って走っていたら、型式の古い軽自動車に煽られた。サイドミラーのなかでカニのように左右に移動している。いつもの私ならエンジンブレーキと排気ブレーキを併用してブレーキランプを点灯させず急に速度を落とすところだが、無心で走り続けた。
片道一車線ばかりの島根の高速道路を疾走してもすぐ前方の車両に追いついてしまうので意味がない。煽り運転家たちはそれを知っていてもなお、前方の車を煽る。枯れていない時分は、前が塞がってもなお煽り続ける彼らを煽ったり、ギアをニュートラルにして空吹かしをしたものだが、いつのころからか一切やらなくなった。もちろん、煽られると腹が立つ。どうにかして仕返しをしてやろうとも思う。たしか煽り運転は罰則が科せられるようになったと耳にしたが気のせいだろうか。追い越し車線が見えてきたので、左のウィンカーを点滅させながら後続車に譲った。
インターチェンジを「美保関方面」で降り、自動車専用道路を直進すると丁字路の信号機がある。そこを右折すれば七類港までは道なりに進むだけだ。ここまでくれば私の庭も同然で無灯火で走ることもできる。夜間のハイビームが推奨されているが、こんな単調な道でハイビームを用いるような視界の狭い運転者は免許を返納したほうがいい。
漫然運転から正気に戻ると、バス停の目の前で停車している車を見つけた。私はなぜか腹が立って横道に入って停車すると、その運転手に声をかけた。
「バス停の前は駐停車禁止なのはご存じですか?」
車に乗っていた五十歳ぐらいの男は窓を少し開け、
「なんですか? なに?」
と、やや驚いた様子で言った。
「すみませんが、十メートルほど進むか後退してください」
「え? なんで? バスが来るのは十五分後みたいだよ?」
男の眼に怒りの灯が宿り出したので、私も腹の虫がおさまらなくなった。
「じゃあね、運転手さん。警察官が来るのでここにいてください。あと写真を撮りますけど、道交法違反ですんでね。証拠を撮るので悪く思わんでください」
スマホのカメラにバス停と車を収めると「一一〇」が表示された画面を男に見せ、
「じゃあ、通報しますので」
と、人差し指をゆっくり画面に近づけていった。
男は無言で窓を閉めると急発進して走り去った。方向指示器を出さんかい、と独言してトラックに乗り込んだ。賢人はアンガーマネジメントも重要だと自分に言い聞かせながら、クラッチを踏み、シフトレバーを掴んで無作為にギアチェンジを繰り返した。腕が疲れてレバーの先端を上下にさすっているうち、笑いが込み上げてきた。徐々に運動の速さを上げていき、愉悦の絶叫を上げた。
アンガーマネジメントの思いがけぬ発見に喜んで運転しているうち、やたら速度の遅い軽自動車に追いついてしまった。シルバーマークがリアに貼ってあり、これは仕方ないと車間距離を取って私もゆっくり走った。が、どうも車体が右に寄りすぎで、たびたび黄色の実線をはみ出している。黄色実線は工事や障害物など、やむを得ず避ける場合を除いてはみ出してはいけない。さきほどから路上を遮るものはない。七類港はもう少し先だが、近づくにつれ、道幅はどんどん狭くなる。飲酒運転ではなさそうだが、いかんせん黄色実線を越えて走りすぎだ。狭いカーブで大型車が来ると危ない。私は見通しのよい直線になったところで窓から右腕を出し、左のほうへ振りながら、
「左へ寄れ! 左へ寄れ!」
と繰り返し叫んだ。
前方車両はハザードランプを点灯させながら減速し、左の路肩に停車した。私は「左へ寄れ!」が「左へどけ!」に聞こえたのだと思った。悪いことをしたなと反省してすぐ謝罪しようとしたが、トラックが大きすぎて停車するわけにはいかず、そのまま通り過ぎた。何となく気分が晴れないまま、二十五分遅れて七類港に着いた。
構内は道路の体裁をとっているが、たしか船会社か公的機関の私有地だった記憶があるので、ポイ捨て禁止看板の下に記されている連絡先に架電し、駐車許可を取った。フェリー乗り場のほうへ駆けていくと、男性二人の姿が遠くから見えた。一人がこちらに気付き、大きく手を振った。おそらく藤江だろう。私はしきりに頭を下げながら両者に近づいて行った。
退職してからセカンドカーを動かしていなかったので、少し遠出をしようと思った。トラックのバッテリーは強靭なので、数ケ月くらい放置してよさそうなものだった。が、寝台つきの中型トラックは当然、長距離運転を想定しているはずで、何もしなければバッテリーの不具合は絶対に避けることができないだろう。久方ぶりに座席に腰を下ろすと、視線が高く雲上人になったような気分になった。
クラッチを踏んでキーを回すと激しい揺れとエンジンの爆音に晒された。アイドリングしながら車体に異常がないか点検して回った。スポーツカーのつもりなので、平ボディの荷台には何も載せていない。中型とはいえ、全長八・五メートルのトラックは怪物だ。燃料タンクの容量は百リットル。燃費は荷がなければ一リットルあたり四か五キロは走る。馬力は二百を少し超えるくらいだったと思う。当たり前だが、普通のスポーツカーのほうが速い。そのハンデを覆すところに公道バトルの醍醐味がある。
エアコンをつけ、私室に戻ると着替えを大きなレジ袋に突っ込んだ。家中の施錠を済ませ、上がりにくいステップを踏み座席に乗った。大山が少し近くなった気がした。ひとまず、山口市を目指すことにした。理由は単純で、下関市は都会だからだ。玉木には悪いが、人口が多く、対象者を探しやすい広島、福山、岡山、倉敷の四市は絶対に行かない。スマホのナビによると、下道で四時間半(二七〇キロ)、高速道路だと三時間五十分(三百キロ)で到着するらしい。大した時間の差はないので、島根県を東西に横断しながら窓越しに日本海を楽しめる国道九号を走って目的地を目指すことにした。よし行くぞ、と勇み立ったものの、エンストして発車すらできない。試行錯誤しているうち、二速にギアを入れているつもりが四速に入っていたことに気付いた。私が下手なのか何度も練習してやっと自然に二速に入るようになった。
ホテル代ごときけちるな、ともう一人の私が誘惑してきた。つい誘いに乗りかけたが、これぞまさに有閑人の「真剣な遊び」だと自らを奮い立たせた。梅雨だというのに、カンカン照りの日々が続いていて、もう「出雲」という地名を変えるべきではないかと思ってしまう。日焼け止めの代替品として下地とファンデーションを顔、首、腕に塗り、十時過ぎにのろのろと出発した。
島根県の日本海は東部と西部でまったく異なる。東部は黒々として何一つ面白いところがない。西部は淡い青に波がキラキラ光り、見ていて飽きない。その境界は出雲大社が神迎え神事をする浜だと思っている。厳密には黒すぎず淡すぎずという塩梅で何とも形容しがたい。八百万の神が通るということで、あの一帯の海は特別なのかもしれない。その浜を過ぎてほどなく、大きな道の駅がある。私はそこで休憩を取ることにした。
寝台で横になると囲碁のスマホゲームをした。九路盤で相手のレベルは最低に設定したが、まったく歯が立たない。もちろん、私が先手だ。定石として見直されてきているらしい初手の天元打ちにこだわって何度も勝負しては圧倒されて負けている。運よく横に壁を作るような展開になると優勢だ。といっても、最後は半目勝ちの辛勝が多い。相手はコンピュータなので、私はこれからもかっこつけて初手からど真ん中に石を置き続けるだろう。
囲碁教室には子どもから大人まで幅広い年齢層が通っていると聞く。九路盤で相手してくれる人がいるとは思えないが、天元ばかり打っていれば嫌でも目立つだろう。そのうち、運営者や講師が声をかけてくるかもしれない。仲も深まれば賢人として誘うこともできる。
希望が湧いてきたので、出発することにした。調子に乗って排気ブレーキを作動させ、インパネにマークを表示させると、アクセルを踏んでは離してを繰り返した。プシュー、プシューと音がする。いい気分だ。リズミカルにクラクションを鳴らしていた藤江のことが思い出された。いまなら彼の気持ちがわかる気がする。
私は世界一大きな砂時計の横を通り過ぎながら、排気ブレーキのリズムに酔いしれた。が、そう間もないうちにトンネル前の広い場所で停車した。ハザードランプを点滅させると排気ブレーキを切った。というのも、囲碁教室に通うにしても都会のほうが数が多いと気付いたからだ。山口市に一つもないわけはないと信じたかったが、落ち着かないのでスマホで確認することにした。
通話履歴に一時間前から藤江が六回も架電してきていた。気になったので彼にかけなおした。一コールが鳴り終わる前に繋がった。
「出るの早いな。何かあったの?」
『新しい候補者が加入に同意しました! すぐ七類港に来てください!』
藤江の声は異常に上ずっていて、やや早口だった。一人で三人を見つけたのだなと安堵するとともに、私はそのまま山口市に行こうと思った。
「いま西におるのよ。大田。正確には大田市仁摩町。すぐには戻れん」
『そのほか重要案件あり。すぐ帰松されたし。次の「筆頭」は私です』
「そりゃそうだけど……」
一方的に電話を切られた。おかしな言葉の調子だったが、素直に帰ることにした。せっかくスポーツカーに乗っているのだから、この際、高速道路で引き返そうと思った。少し東に行くとインターチェンジがある。そこから乗れば、七類港まで一時間半で到着だ。時刻は二時を過ぎていた。LINEのメッセージで到着予定時刻を藤江に送信した。急に不愉快になり、県西部の海にも山口にも興味がなくなった。助手席のクーラーボックスからノンアルコールビールを取り出すと、ぐいっと半分ほど口に流し込み、発進した。
島根県の高速道路も熟知しているので、運転といっても単なる作業のようなものだ。法定速度を守って走っていたら、型式の古い軽自動車に煽られた。サイドミラーのなかでカニのように左右に移動している。いつもの私ならエンジンブレーキと排気ブレーキを併用してブレーキランプを点灯させず急に速度を落とすところだが、無心で走り続けた。
片道一車線ばかりの島根の高速道路を疾走してもすぐ前方の車両に追いついてしまうので意味がない。煽り運転家たちはそれを知っていてもなお、前方の車を煽る。枯れていない時分は、前が塞がってもなお煽り続ける彼らを煽ったり、ギアをニュートラルにして空吹かしをしたものだが、いつのころからか一切やらなくなった。もちろん、煽られると腹が立つ。どうにかして仕返しをしてやろうとも思う。たしか煽り運転は罰則が科せられるようになったと耳にしたが気のせいだろうか。追い越し車線が見えてきたので、左のウィンカーを点滅させながら後続車に譲った。
インターチェンジを「美保関方面」で降り、自動車専用道路を直進すると丁字路の信号機がある。そこを右折すれば七類港までは道なりに進むだけだ。ここまでくれば私の庭も同然で無灯火で走ることもできる。夜間のハイビームが推奨されているが、こんな単調な道でハイビームを用いるような視界の狭い運転者は免許を返納したほうがいい。
漫然運転から正気に戻ると、バス停の目の前で停車している車を見つけた。私はなぜか腹が立って横道に入って停車すると、その運転手に声をかけた。
「バス停の前は駐停車禁止なのはご存じですか?」
車に乗っていた五十歳ぐらいの男は窓を少し開け、
「なんですか? なに?」
と、やや驚いた様子で言った。
「すみませんが、十メートルほど進むか後退してください」
「え? なんで? バスが来るのは十五分後みたいだよ?」
男の眼に怒りの灯が宿り出したので、私も腹の虫がおさまらなくなった。
「じゃあね、運転手さん。警察官が来るのでここにいてください。あと写真を撮りますけど、道交法違反ですんでね。証拠を撮るので悪く思わんでください」
スマホのカメラにバス停と車を収めると「一一〇」が表示された画面を男に見せ、
「じゃあ、通報しますので」
と、人差し指をゆっくり画面に近づけていった。
男は無言で窓を閉めると急発進して走り去った。方向指示器を出さんかい、と独言してトラックに乗り込んだ。賢人はアンガーマネジメントも重要だと自分に言い聞かせながら、クラッチを踏み、シフトレバーを掴んで無作為にギアチェンジを繰り返した。腕が疲れてレバーの先端を上下にさすっているうち、笑いが込み上げてきた。徐々に運動の速さを上げていき、愉悦の絶叫を上げた。
アンガーマネジメントの思いがけぬ発見に喜んで運転しているうち、やたら速度の遅い軽自動車に追いついてしまった。シルバーマークがリアに貼ってあり、これは仕方ないと車間距離を取って私もゆっくり走った。が、どうも車体が右に寄りすぎで、たびたび黄色の実線をはみ出している。黄色実線は工事や障害物など、やむを得ず避ける場合を除いてはみ出してはいけない。さきほどから路上を遮るものはない。七類港はもう少し先だが、近づくにつれ、道幅はどんどん狭くなる。飲酒運転ではなさそうだが、いかんせん黄色実線を越えて走りすぎだ。狭いカーブで大型車が来ると危ない。私は見通しのよい直線になったところで窓から右腕を出し、左のほうへ振りながら、
「左へ寄れ! 左へ寄れ!」
と繰り返し叫んだ。
前方車両はハザードランプを点灯させながら減速し、左の路肩に停車した。私は「左へ寄れ!」が「左へどけ!」に聞こえたのだと思った。悪いことをしたなと反省してすぐ謝罪しようとしたが、トラックが大きすぎて停車するわけにはいかず、そのまま通り過ぎた。何となく気分が晴れないまま、二十五分遅れて七類港に着いた。
構内は道路の体裁をとっているが、たしか船会社か公的機関の私有地だった記憶があるので、ポイ捨て禁止看板の下に記されている連絡先に架電し、駐車許可を取った。フェリー乗り場のほうへ駆けていくと、男性二人の姿が遠くから見えた。一人がこちらに気付き、大きく手を振った。おそらく藤江だろう。私はしきりに頭を下げながら両者に近づいて行った。



