新見はパサージュ論の灯台

 時刻は三時半になろうとしていた。日の出まであと八十分。有閑人の生活も楽ではない。迷惑だろうと思ったが、藤江に架電した。三コールで繋がった。
「もしかして起きてた?」
『例の、あれ、あれですよ。「真剣な遊び」を断固遂行するために熟考していました』
 藤江の声はしっかりしていて、いま起きたわけではなさそうだった。
「そっか」
 私は実験という「真剣な遊び」をしていることは明かさなかった。
『七月になったら「筆頭」に会いませんか?』
「そうだね。候補者は見つからないし」
 目がシバシバしてきたので目薬をさした。
『宇野さんが一人連れてくれば解決ですよ』
「そうねえ。まあ、七月に会おう」
 藤江を時間潰しに利用したことを申し訳なく感じたが、まだ七十七分もあった。魔が差して妻の化粧部屋に入った。入室を固く禁じられていただけに背徳感が尋常ではなかった。化粧品や香水の臭いが混ざっていて思わず鼻をつまんだ。カーテンやクッションなどありとあらゆる物がピンクだった。見たこともない大きさのカラーボックスには、結婚してから事あるごとにプレゼントしていた高級ブランドのカバンや財布が綺麗に収納されていた。
化粧台に近づき、引き出しを開けると、デパコスが整列していた。おそらく新作ばかりだろう。私は独身時分にメンズメイクに凝っていたのを思い出し、プチプラがないか探した。どこにもない。妻のリッププランパーを顔面全体に塗りたくるのは愛情表現として歪んでいると感じて、スティックだけでも少し舐めようとしたが、気持ちを押し殺した。自分は枯れているというより、ただの変態なのだと自覚しながら自室へ引き返した。
 スマホで『水の変態』を聴いていたら気分が落ち着いた。音楽も洋の東西を問わず最近の楽曲は合わなくなってきた。フジコ・ヘミングが弾く『別れの曲』が最も心に沁みる。布団に仰向けになり、二十回くらいリピート再生した。
 時計は四時四十七分を指していた。エアガンと割箸を手にすると水路に向かった。カニは視野が広いのかすぐ逃げてしまうので、少し離れた位置から出現場所を目視した。ライターぐらいの大きさの黒いカニが遠出している。私は音を立てずゆっくりと近づいた。カニは動かない。一発目で勝負が決まるので、しっかり狙うと発砲した。甲羅に当たった。クリーンヒットだった。甲羅は平たく、命中したところがへこんでいた。動きが鈍ったところで二発目を撃った。また甲羅に当たり、カニは衝撃でひっくり返ると白い腹面を晒した。起き上がりそうだったので、至近距離から撃ち込んだ。薄紫に見える右の大きな挟がもげ、いよいよ動かなくなった。割箸で地上に置くと、私は脚を小石で潰した。あとは蟻が処分してくれる。
 念のため、第二の出没地点に眼を凝らすと、水路から出ているカニがいた。さきほどのカニと異なるのは全体的に赤色だということだ。エアガンを使うまでもない。私は走って踏んだ。死骸を観察しようと足を上げたら生きていた。しかも、怒りを体現しているように挟を高く大きく広げ屹立していた。私は急いで踏み潰した。この実験では、その性格上、被検体へ敬意を払うのは後回しになってしまう。赤いカニは死後、生臭くなるので、割箸で掴むと水路にそっと置いた。
 十分な満足感が得られたので、離れの流しで手を洗おうとしたら、ガサガサと音がする。発生源に近寄ると、空の一升瓶や瓶ビールを置いておくケースのなかを黒いカニが左右に動いていた。空き瓶を抜いてケースを外に持ち出すとカニを振り落とした。即時に踏み潰す。しゃがんで黒の肢体を観察した。甲羅に三日月の形をした淡黄線が入っていた。まだ動こうとするので、割箸で大きいほうの挟と脚を千切ろうとした。この個体だけなのか、存外、カニの挟と脚は頑丈なのかもしれない。割箸では切れないので、手元の小石で挟を削り取った。脚はすり潰すのがやっとで千切ることは叶わなかった。突起した眼の動きが気になったので小石でチョンチョンと突いて痛めつけた。残酷なことをしておいて言えた立場ではないが、私はカニを裏返して放置することは滅多にない。敬意を表してというと聞こえはいいが、被検体に選ばれた個体だ。割箸で日陰に移動させ、母屋に入った。
 その後の時間を無為に過ごし、日付が変わる直前にヤモリを捕らえた私は、今度はバッテリー液を満たしたどんぶりに投げ込んだ。あまりにバタバタ抵抗するので、液中に割箸で沈めた。これぐらいにしとこうと三分ほどで割箸を置くと、頭だけ浮かべて必死に生きようとしていた。私が目を離した隙にヤモリは沈んでしまっていた。流しに死骸を捨てる際に、眼がドロッと溶けて全身がするりと排水口に吸い込まれた。トタン屋根がパラパラと散発的な音を立て始め、次第に大きな音になっていった。

七月になった。外は暑いようだが、私の関知するところではない。エアコンの効いた部屋で気ままにネットサーフィンしては惰眠を貪る毎日だ。出かけるのも億劫になって先月に購入したサプリだけ飲んでいる。好き勝手なことをしているので、ストレスが溜まらない。常に副交感神経が優位なのか、とにかく眠いのが悩みだ。煙草やコーヒーは眠気を誘発するだけなので控えている。起床後の目覚ましとして、コーヒーにポーションを浸して飲んだことがあったが、ニコチンとカフェインが摂取されたことで脳が眠い状態にあると錯覚したのか、よけいに眠くなった。ポーションを口に含んだまま寝てしまったこともある。それを最寄りの内科医に相談したら、あり得ることだ、と言っていた。
私は他者と話すと眠気が覚めるので、また藤江を利用しようと架電した。
『おはよう、ござい、ます』
いま目覚めたことが明白なほど、口調がたどたどしい。
「寝とったかね?」
『はい。もうすぐ正午ですね』
 藤江は退職後、私と同様の生活をしていたらしく、昼夜逆転しているそうだ。七月になったら「筆頭」のもとへ行こうと話したことは覚えていて、段取りは自分が引き受けると言って電話を切った。布団に寝転ぶと天井から吊られたペンダントライトがカタカタと音を立て出した。タンカーだ。どれほど巨大なものだろうと足を踏み出そうとしたとき、退職した船会社の海事法違反を通報しないといけないと思い立った。正午になると官公庁は問答無用で休憩し、受話器を取らないと思ったので、急いで国交省の当該部局に架電した。
応対した担当者は優しい口調で話しやすそうだった。私が告発を済ませると情報を共有したいので待っていてほしいと言って通話を終えた。どうせ二週間ぐらい待たせる気だろ、と腹立ちまぎれに古びた化粧ポーチを開けるとリップティントを塗った。唇がカサカサするのが気になるが、手鏡を見たら血色がよく見えた。青髭が目立っていたので、おもむろに下地とコンシーラーを肌に擦り込んだ。鏡のなかには五歳は若返った自分が映っていた。スクールメイクの足元にも及ばないかもしれないが満足した。鏡を見ながら最も男前に見える角度を探っているうち、スマホの呼び出し音が鳴った。
 ハンフリー・ボガートに成りきっていた私は、悠々とスマホを手にし、ボガートが煙草を持つ仕草を真似てスマホを握った。
「はい、宇野です」
 電話に出て初めて気づいたが、私は誰もがするだろう指の配置でスマホを握っていただけだった。急に興ざめして何度も同じことを確認してしまった。
 担当者によると、違法性は確認できなかったという。海事法のなかでも汽笛に関する事項は海上衝突予防法に記されているらしいが、そこには追い越しと針路転換の決まり事しか書いていないらしい。入港と前進の汽笛は条文に記載がなく、会社の方針や船長の自由裁量とのことだった。何か問題点や違法性はないかと食い下がったが、繰り返し説明を受けているうちに観念した。
担当者に礼を述べ「通話終了」をタップすると完全敗北とばかりに大の字に倒れた。悔しくて泣いた。そのうち、緊張が解けたのか夢を見た。その夢は私が藤江に向かって、
「なんでブログ書いてんだ?」
 と言っただけだった。
 このまま寝ると肌や唇に悪影響だと思ったので、洗面所で顔を洗い、次いで歯を磨いた。歯は去年まで最悪の状態で、十二万円をかけて治療を終えたが、たまに歯茎が痛む。医者や歯科衛生士から歯磨きの指導を受けたものの、それに従わず、ガシガシと力を入れて磨いているので、その影響だろう。うがいをした際に血が出ないと物足りない気持ちになる。
そういうときは痛むところの歯茎を執拗に磨くとけっこうな出血量になる。私の歯は補綴物だらけで神経は抜かれている。それでも何かを口に入れるとちゃんと咀嚼している感触がある。歯が綺麗なのはけっこうだが、ボロボロも悪くない。年季が入ったフォード・マスタングが無性に欲しくなった。

 まさか「筆頭」との面会が昨日の今日になるとは思わなかった。「真剣な遊び」をする人たちはほとんど素性を明かさない。藤江は私についてよく知っているようだが、私は彼のことはそこまで詳しくない。同じ美保関町内に住んでいると知ったのも、ついさっきだ。迎えに来ると言っていたので門の前に立った。が、何か嫌だったので、庭の沓脱石の上に乗って外を窺った。定刻にやたらボディが錆びついた軽トラが門前の駐車場で停まった。金持ちなら、もっと上等な車に乗って来るはずなので、マナーの悪い運転手だろうと放っておいた。
五分が経過し、軽トラはクラクションを鳴らしだした。
「うちの土地だ! バカ野郎!」
 さすがに頭に血が上って叫んだ。
 ―プップ、プププ、プップップ。
 ―プップ、プププ、プップップ。
「ふざけんな! 警察呼ぶぞ!」
 妙にリズミカルな音を鳴らすので酔っ払いだと思った。軽トラに近づき、フロントガラスを見ると、藤江が乗っていた。怒りと呆れが胸裏で混在したまま助手席に乗り込むと余計なツッコミはせず、
「これで行く気なの?」
 と訊いた。
「『筆頭』より高級車で行くわけにはいかないじゃないですか。でも、最低限、スポーツカーには乗って行きたい」
 後輪駆動でツーシーターはスポーツカー。したがって、軽トラもスポーツカー。私とまったく同じ考え方だということが判明し不愉快になった。私は横の私有地に置いてある中型トラックに視線を向けた。
「あれもスポーツカーかもしれませんが、『筆頭』より大きな車で行くのは失礼です」
 藤江はどうしても軽トラで行きたいようだった。私はそれらしいことを考え、
「寝台があるから、交代で運転できていいよ」
 と、自分でも不気味だとわかるほど不自然な作り笑いを浮かべた。
 藤江は、日南町なんてすぐそこですから、と言って発車させた。同町は鳥取県西部の最奥の自治体で南は広島、岡山の両県に接している。藤江によると所要時間は一時間二十分ほどらしい。私は、近いな、とうっかり本音を漏らしそうになったが、不服そうな表情をして黙っていた。寝ていてくださいと言うので、ポーションを口に投げ込むと目を閉じた。窓を全開にしているところを鑑みるに、エアコンがないモデルだろう。それよりもシートが倒せないのが苦痛だった。
 境港市、米子市街地を抜けて国道一八〇号に入ると徐々に民家が少なくなってきた。田園地帯に点在する民家。田舎者には見飽きた光景だ。私は山陰の道路はほとんど通っている。このまま南へ行くと南部町に入る。さらに南が日南町だ。
「奥さんから便りはあるんですか?」
「ないに決まってるよ。すぐそこなんだから」
 私は首をぐるりと回しながら左手の関節をポキポキ鳴らした。
「電話やLINEも?」
「とくに話すことないからね」
 すでに独居が心地よくなっていたので、妻が発ったその日に泣いたことは伏せた。南部町の中心地に入り、ドラッグストアやスーパー、ホームセンターが見えてきた。藤江に運転の交代を提案したが、大丈夫、と言って欠伸をした。昼夜逆転していたら、いまは眠たかろうと彼の心中を察したが、我を張るのは想像できたので過ぎ行く街並みを眺めていた。
「私の夢はね、宇野さん」
 やはり眠たくて会話しないとコックリ眠ってしまいそうなのだろうか。適当に応じることにした。
「幸せな家庭を築くことなんですよ。妻子と一緒に遊んだりして」
 藤江は急に速度を落とすと、すみません、と詫びた。
「子どもは同意して決めたことだから気にしなくていいよ。現代社会で結婚は難易度が高いぜ?」
 藤江は、うーん、と唸ったまま口を閉じた。私の結婚も運がよかっただけだ。子どもについては仕方なかった。妻は妊娠しづらい体質。私は三十五歳ごろから極端に性欲が減退し、精嚢はほとんど機能していない。生活全般に関わる種々の困難に備えて骨盤底筋は鍛えるようにしていたが、八ヶ月くらいサボっている。
 コンクリート斜面の山道を抜けると稲穂の緑が燃えているのが見えてくる。またコンクリート斜面の山道になり、しばらく走ると緑が燃える。この風景の連続を走り、どこかで右折すると日南町だ。
「どこで右折するんだっけ?」
「あと橋を三回渡ったら右折です」
 到着が楽しみなのか、藤江は眼を輝かせていた。私は道路の横を流れる日野川と思しき一級河川をつまらなく思った。山陰の中山間地に行けば、どこも同じような景色になる。中国地方最長の江の川ですら、面白いと感じなかった。たいていの川の上流には自然が創り出した大岩があったり、水質が綺麗だったりと普通の人は心動かされる。が、私はそうではない。北海道なら満足できるかもしれない。大山にスイカの種が届くかどうか飛ばしてみたい。ささやかながら、くだらない妄想をしていると、
「着きましたよ」
 と藤江が声を上げた。
 車窓の外に眼を向けると、数寄屋門が見えた。私は思わず、
「なんちゅう豪邸だよ……」
 と感嘆の溜め息をついた。
 門を開けると左に二階建ての離れがあった。土蔵と言ってもいいかもしれない。武家の家柄なのだろうか。玄関扉を開けると、土間が広くて言葉を失った。式台なども我が家の何倍も長い。家主が姿を現さないので、使用人がいるのかと思った。とにかく部屋数が多くて広い。奈良の志賀直哉旧居のような印象を受けた。驚きのあまり勝手に探索していたが、藤江が手を横に向けて、
「ここから奥の部屋です」
 と、小声で言った。
 何部屋か通ると、木製の引き戸がある一室に突き当たった。藤江に眼をやるとうなずいた。私は引き戸に手をかけた。が、なかなか滑らない。力を込めるとガタッと動いた。力んだので屁が出た。室内は私のような建築素人でもわかった。ここは納戸だ。とはいえ、エアコンがあり、テーブル、ベッドがあり、普通の部屋だった。小便が漏れそうな様子でウズウズしていた藤江が、
「第三席、藤江、ただいま参上しました!」
 と声を張り上げた。
 私は藤江を愚かしく思い、やや侮蔑の眼で見ていたが、
「次席の宇野です。ただいま参上」
 と細い声で名乗った。
 「筆頭」は資料を見ながらノートパソコンに何か打ち込んでいたが、こちらを向くと、
「お、二人とも久しぶりやん」
 と笑った。
声音は雄々しさに欠けて軽薄だったが、眼鏡をかけていること以外は矢沢永吉にそっくりだった。藤江は緊張を隠しきれておらず、変に恭しい態度をしていたが、私は「筆頭」を随分前から知っていた。門の表札を確認するのを失念していたが、玉木という姓だったはずだ。十年近く関係がなければ忘れる。かつて無職にも関わらず参加した青年会議所主催の異業種交流イベントで私とともに彼は浮いていた。
「まあ、座りぃや」
 私は目礼してすぐ胡坐をかいたが、藤江は最敬礼ののち、足を揃えて体育座りした。
「宇野くんは、何か大変やったらしいなあ。でも、仕事を一日で辞めたらあかんで」
 藤江は恐縮しきって何も話すことができないようだった。一廉の人物に違いないが、この男はただの研究者だ。というより、不労所得で生活している我々と同じ人種だ。私は洋書ばかりの本棚を横目に、
「七、八月のうちに三人揃えます。玉木さんのほうは研究どうです?」
 と、いかにも興味津々を装って訊ねた。彼は嬉しそうに白い歯を見せて笑うと、
「関西の私大から何校かオファー来とるで。研究業績もかなり溜まったでな。どっか受かるんちゃう?」
 大学教員の採否は、出来レースだとしても必ず公募で採用情報を発信する。玉木はすでに採用が決まっているような気がした。 
「ここには飽きたでなあ。宇野くんと藤江くんとで競争して三人を早く集めた方を後継にしよか。できれば山口県民、岡山県民を選んでくれるとええなあ。広島県は藤江くんがおるしな」
 藤江が広島出身だということも初耳だった。美保関の家は寓居なり別荘なのだろうか。玉木は静かに肩を揺らしながら、
「そんな気合い入れんと適当でええで。これまで五人おったことないしな。五人おらへんのかい、ってなったほうがおもろいやん」
 と、眠そうに眼をこすると再びノートパソコンに向かった。バチバチとキーボードを叩く音がし始め、面会は終了したと思われた。私たちは背を向けた玉木に一礼すると足早に家から立ち去った。