義父は不義理を働いたとして私を糾弾すると咳き込んだ。私は父と並んで畳に額と両手を付いたまま身を固くしていた。恐怖をまぎらすために事前に飲んでいた酒が効いてきて意識が遠のきそうになる。
義父は浮気相手の女と別れること、妻を実家に戻し別居すること、定職に就くことを私に約束させると咳払いをしながら去った。私と父はゆっくりと頭を上げ、居間に誰もいないことを確認すると、仏壇に向かって一礼し、玄関を出る際に再び頭を下げた。
帰路の車内で父は何も話さなかった。私は四十路になってまで父と誰かに謝罪することになるとは思いもよらず、あまりの情けなさに涙を流した。
松江市内の中心地にある実家で父と過ごしていた時分はすべてがうまくいっていた。十五年前に妻と結婚し、同市美保関町に居を構えてから身辺が狂いだした。私の不労所得で妻も働く必要はなかったが、利発な性分で言うことを聞かなかった。近隣住民は私のことを不思議に思っているだろう。鳥取県境港市と美保関町の間を流れる境水道を縁側で眺めているところを何度も見られている。なかには回覧板を持って来るついでに私の仕事について訊いてくる者もいた。
車窓に頭を預けているうち、自宅に着いた。父は、じゃあな、と言って去った。すぐ家に入る気になれず、境水道沿いの小道を歩いた。水面は西日を受けて美しく光っていた。が、六月ということもあってか、べっとりとした風が頬を撫で気持ち悪かった。低い堤防にフナムシがたくさん張り付いていた。近づくと素早く逃げる。躍起になって踏み潰しているうち暗くなってきたので帰宅した。
重い足取りで居間の襖を開けた。妻は予想に反し、嬉々として里帰りの支度をしていた。自室から持ってきたと思しき洋服や化粧品が散乱している。私は合わせる顔がなく、隅で小さくなっていたが、とうとう我慢できなくなって冷蔵庫から瓶ビールを手に取ると一人で飲みだした。
「お父さん、怖かった?」
突然かけられた調子のよい声音に背筋が凍った。
生きた心地がしなかったと返すと、ビールを注ぐと言う。彼女の申し出を断って包丁で刺される自分を想像したら、自然とコップが傾いた。ほとんど泡だけのコップに十五年の歳月を感じた。新婚時代、妻はコップを冷凍庫にいくつも入れ、常時冷えたビールを飲ましてくれたものだった。コップの温度差が夫婦間のそれを暗示している気がした。
「ねえ」
包丁を手にしていたので、いよいよ刺されると覚悟した。力んだせいか屁が出た。
「アジの刺身でいいでしょ?」
彼女の表情は何の敵意もなく、いつも通りの穏やかな顔をしていた。私は声を発することができず、軽くうなずいた。妻が何を考えているのか計りかねたので、いまから死装束に着替えようと自室に向かった。喪服がいいと思ったが、箪笥を探っているうちに絹の白いパジャマを見つけた。袖を通し、階下に降りた。
テーブルにはアジの刺身と冷奴、すりおろした生姜の皿が置かれていた。最後の晩餐にはちょうどいいと思った。生姜を少し乗せて醤油をかけると一口で冷奴を食べた。うまかった。アジの刺身に箸を伸ばしたとき、妻の声がした。私は急いで三切れを生姜、醤油とともに口に入れた。うまかった。
妻がスリッパを脱ぎ、台所から居間に入ってきた。包丁は持っていなかった。
「あのー、幸一さん。急いで食べすぎ。てゆーか、なんでシルク? 醤油こぼしたらどうすんの?」
「これは、あれだわ。翔子の料理がうまかったから?」
私は狼狽して何が何だかわからなくなっていた。また屁が出た。さっきの放屁は聞こえていなかったのか、妻は哄笑した。笑い泣きの涙を拭うと、私が着ているパジャマの腹がやたら出ていることを執拗にイジった。
翌日は朝からよく晴れていた。出雲地方には「弁当忘れても傘忘れるな」という先人の言葉があるほど、天候が著しく不安定な地域だった。が、昨今の気候変動の影響なのか、ここ数年の降水量は激減していた。気温の上昇は全国と同様で、朝でもすでに暑かった。
妻は昨晩のうちに支度を済ませ、自室で大きないびきを響かせていた。彼女は十時に発つというので、暇潰しにフナムシの虐殺をすることにした。堤防には夜釣りをしたと思われる人が残した缶コーヒーが置かれていた。ここに参集する釣り人は総じてマナーが悪い。私が歩いているこの小道も道路なので本当は駐車してはいけないが、開けた場所に駐車し、平然と竿を垂らしている者は数知れない。最寄りの駐在所は、日中の応対はしてくれるが夜はさすがに寝ている。国土交通省にも赤色灯を載せた河川パトロールカーが配備されていて、この周辺を巡回しているが、取り締まっているところを見たことがない。
昼夜を問わず、違法駐車を発見すると通報したい衝動に駆られたが、妻の友人が泊まりで遊びに来た際に駐車するので見て見ぬふりをしていた。が、それも今日で終わりだ。逃げ惑うフナムシを殺しに殺し、家に戻った。
洗面所で歯磨きしている妻と目が合った。私は視線をそらすと縁側で胡坐をかいて、出雲富士こと大山を遠めに見た。全国各地にナントカ富士は点在するが、中国地方最高峰の大山こそが最も美しいと思っている。
「冬の大山は綺麗だよね。マジで富士山じゃん?」
心臓がどくんと跳ねたが、平静を保ちつつ、大きく何度もうなずいた。
妻はガラス戸を開け、立て付けの悪い網戸を正すと私の横に腰を下ろした。結婚当初は仲良くスイカの種を縁側から飛ばす競争をした。空海はニューヨークから大山まで種を飛ばした、地蔵が山頂でリンボーダンスしているなど、私のつまらない嘘に往時の妻はよく笑った。どこに包丁を忍ばせているのかわからないが、いまなら刺されてもかまわないと思った。
「幸一さんよぉ、昨日からビビッてない?」
妻の眼には冷たい光が宿っていたが、口元は緩んでいた。
私は床板に視線を落とし黙っていた。
「例の女って、サークルに勧誘するために会ってたんでしょ?」
私は誤ってかぶりを振りそうになったが、姿勢を正すと、
「うん。サークルではないけどね。意味のない真剣な遊び」
と言って、また視線を床板に戻した。
妻は私が勃起不全で不感症、自慰行為すらしないと半ば嘲笑するように叫んだ。隣人に聞こえてしまうと危惧しつつイライラした。が、いずれも真実で悪意あっての言い草でないことはわかっていたので黙して聞いていた。
一通り叫んだのち、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべると、
「ま、絶対にあり得ないと思ってたけどねー。よっ、島根で一番枯れてる男、宇野幸一!」
と笑ってからかった。
さすがに上には上がいると反論しようとしたがやめた。妻は急に声量を落とすと、昨夜、義父から電話があったと明かした。彼女によると、明日から義父が役員をしている船会社で働けということだった。履歴書は必要なく、義父が独断で採用したものと容易に想像できた。義父はこの国で最も高貴な一族を乗せたことがある元船長で、その威光で彼には誰も逆らえないと聞く。もとより、慢性的な人員不足とその原因が船乗り特有のパワハラにあるのではないかと地元紙が報じていたのを覚えている。義父は威光を借りられるが、私はただのコネ入社だ。良くも悪くも他者からの色眼鏡が一番厄介だ。
私の不安をよそに妻は境港の実家に帰った。彼女は去り際に、境水道の対岸から見えるから大丈夫、と励ましてくれた。物理的距離は確かに近い。しかし、独身時代は父と暮らしていたので一人で家事をすべてやっていたのは学生時代の四年間だけだ。暑くなるとコバエが発生して自炊は面倒になる。スーパーやコンビニの弁当総菜コーナーで毎日頭を抱える自身の姿が眼に浮かんだ。なにより、洗濯が億劫だ。洗濯機を使用するまでは誰でもできる。が、干す作業が大儀だ。学生時分に干すのが面倒で洗濯をしなくなり、どうせ汚れて臭い服だからと入浴すらしなくなったことがあった。その反復になることが必定に感じ、いまさらながら家事は同居人と共同ですべきだと後悔した。
十五分後、先の後悔など忘れて私は境水道大橋を車で走っていた。タンカーをはじめ大型船舶が往来するので橋桁の位置は高い。境港はまったく山のない平野で橋の上から街の概観を一望できた。妻と何度も通ってはいたが、島根の県土のほとんどは山なので平野はいくら見ても飽きない。
スーパーの駐車場に着くと、身体障害者用の駐車スペースにいい加減な止め方をしている軽トラがあったので怒りが湧出してきたが、心中穏健が第一だと思い直し、視界に入れないよう店舗に入った。スーパーの総菜や弁当の値段がコンビニのそれと大して変わらないことに驚いたが、カツ丼と炭酸水を買って家路に就いた。
玄関の扉を開けると、式台の前に私の靴とサンダルしかなかったので、淋しくなった。上がり框に座ると動く気にならず、その場でカツ丼を食した。うまかったが、自分が食べている気がしなかった。身も心も枯れた中年男性が玄関で孤食している。第三者視点から言葉を胸裏で発しなければ淋しさの沼に私は沈んでしまいそうだった。
初出勤の朝は早かった。昨日の夕方に教育係の福本と名乗る男から連絡があった。六時に境港の本社前に来いとのことだったが、人の姿はない。道路を挟んで目の前にフェリー乗り場があり、私は興味本位で構内を散策した。が、広大な駐車場といくつかの係留杭があるだけで物珍しいものはなかった。境港側から私の起居する対岸を見ると広島県は尾道に似てなくもない。林芙美子と志賀直哉が尾道に住んでいたことがあるとネットで見た覚えがある。むろん、尾道のほうが美しいに違いない。が、文豪が同じような風景を見ていたと想像すると心が躍った。
「おい! おまえ宇野か?」
背後から突然呼ばれてびっくりした。振り向くと、やや小柄で細身の男が立っていた。年齢は四十半ばぐらいだろうか。頭髪が落ち武者のように禿げていてほぼ白髪だった。福本かどうか確認する隙もなく、男は車に乗り込むと、
「後ろに付いてこい」
と、ぶっきらぼうに言った。
私が乗車するなり、男はスピードを上げて美保関方面へ向かっていく。境水道大橋を渡り、美保関町に入ると、男はさらに加速した。「島根県」「松江市」の看板が一瞬で遠ざかった。二回右折してトンネルを抜けると日本海が見えた。男は「七類港貨物センター」と記されている標識の前で急ブレーキを踏むと駐車場に車を止めた。私がどこに駐車してよいか迷っていると、
「どこでもいいわ! 早く来いや!」
と声を荒らげた。
男は事務所に入るとタイムカードを切り、検温、アルコールチェックをして出勤表に書き込んだ。男のタイムカードを確認すると「福本」と書かれていた。
「それは俺の。まずタイムカード、検温、それからアルコールチェックな」
昨日の電話で、始業は六時四十分と言っていたが、彼のタイムカードを見る限り、始業前労働が常態化しているようだった。
「見ればわかると思うけど、早く来らんと船に間に合わん。こっち来い」
福本の後を追って荷捌き台に上がった。五人の労務員が三台の大型トラックに荷物を載せている。荷物が多すぎて何が置いてあるのかわからないが、新聞、雑誌、自転車、煙草は判別がついた。福本は、初日で全業務は覚えられないから今日は全員の動きを見ておけ、と指示してトラックの荷台に入って行った。
私が荷捌き台をウロウロしていると、邪魔だ、と誰かが言うので隅に移動した。学生時代に水道配管工のバイトをしたことがあったが、「見て覚えろ」という気風で私はまったく覚えられず叱責を食らってばかりだった。そこで学んだ教訓は「見て覚える」仕事は文字通り見て覚えるしかなく、誰もまともな新人教育ができないということだ。労務員の彼らには、いま何をすべきかさえわからない者の気持ちを察することはできないだろう。
荷捌き台にいたところで邪魔者扱いされ、怒られるのは自明なので事務所に戻った。おい! と叫ぶ声が聞こえたが、無視した。事務所内を眺めていたら、時刻表が壁に貼ってあった。九時に七類港を出港し、隠岐諸島の三港を巡り六時に帰港する船と隠岐諸島を巡ったのち境港に寄港して隠岐諸島に帰る船があるようだ。
事務所のなかを「見て覚える」のも仕事だと開き直って回転式のオフィスチェアーでくるくる回って遊んでいたら、大柄で太った男が入室してきた。男がチラチラ視線を送るので、私も見返した。頭髪の量が少し心もとないが三十歳前後ぐらいだと推察した。私が再度くるりと回転すると、男は急に破顔して、
「宇野さん! お久しぶりです! 藤江です!」
と、感極まったような眼で私を見た。
見覚えのない顔だったが、賢人なのか、と訊くと私の手を強く握ってうなずいた。彼は詳しい話はあとにして会社の作業服に着替えてほしいと手を合わせた。社名や名前を入れるらしく、私の作業服が届くのに二週間は待つ必要があるとのことだった。届くまで彼が予備を貸してくれると言う。サイズは大きかったが、彼を凌駕する肥満体のおかげでちょうどよかった。
藤江は、大声で返事だけしていればいいと言い残すと、荷捌き台に上がって行った。彼をよく観察していたら、軽量な物品をさも忙しそうに運んでいるだけに見えた。私はスヌースのポーションを歯茎の上に挟むと、捨て鉢に気勢を上げながら荷捌き台に上がり、藤江に倣って作業をこなした。
義父は浮気相手の女と別れること、妻を実家に戻し別居すること、定職に就くことを私に約束させると咳払いをしながら去った。私と父はゆっくりと頭を上げ、居間に誰もいないことを確認すると、仏壇に向かって一礼し、玄関を出る際に再び頭を下げた。
帰路の車内で父は何も話さなかった。私は四十路になってまで父と誰かに謝罪することになるとは思いもよらず、あまりの情けなさに涙を流した。
松江市内の中心地にある実家で父と過ごしていた時分はすべてがうまくいっていた。十五年前に妻と結婚し、同市美保関町に居を構えてから身辺が狂いだした。私の不労所得で妻も働く必要はなかったが、利発な性分で言うことを聞かなかった。近隣住民は私のことを不思議に思っているだろう。鳥取県境港市と美保関町の間を流れる境水道を縁側で眺めているところを何度も見られている。なかには回覧板を持って来るついでに私の仕事について訊いてくる者もいた。
車窓に頭を預けているうち、自宅に着いた。父は、じゃあな、と言って去った。すぐ家に入る気になれず、境水道沿いの小道を歩いた。水面は西日を受けて美しく光っていた。が、六月ということもあってか、べっとりとした風が頬を撫で気持ち悪かった。低い堤防にフナムシがたくさん張り付いていた。近づくと素早く逃げる。躍起になって踏み潰しているうち暗くなってきたので帰宅した。
重い足取りで居間の襖を開けた。妻は予想に反し、嬉々として里帰りの支度をしていた。自室から持ってきたと思しき洋服や化粧品が散乱している。私は合わせる顔がなく、隅で小さくなっていたが、とうとう我慢できなくなって冷蔵庫から瓶ビールを手に取ると一人で飲みだした。
「お父さん、怖かった?」
突然かけられた調子のよい声音に背筋が凍った。
生きた心地がしなかったと返すと、ビールを注ぐと言う。彼女の申し出を断って包丁で刺される自分を想像したら、自然とコップが傾いた。ほとんど泡だけのコップに十五年の歳月を感じた。新婚時代、妻はコップを冷凍庫にいくつも入れ、常時冷えたビールを飲ましてくれたものだった。コップの温度差が夫婦間のそれを暗示している気がした。
「ねえ」
包丁を手にしていたので、いよいよ刺されると覚悟した。力んだせいか屁が出た。
「アジの刺身でいいでしょ?」
彼女の表情は何の敵意もなく、いつも通りの穏やかな顔をしていた。私は声を発することができず、軽くうなずいた。妻が何を考えているのか計りかねたので、いまから死装束に着替えようと自室に向かった。喪服がいいと思ったが、箪笥を探っているうちに絹の白いパジャマを見つけた。袖を通し、階下に降りた。
テーブルにはアジの刺身と冷奴、すりおろした生姜の皿が置かれていた。最後の晩餐にはちょうどいいと思った。生姜を少し乗せて醤油をかけると一口で冷奴を食べた。うまかった。アジの刺身に箸を伸ばしたとき、妻の声がした。私は急いで三切れを生姜、醤油とともに口に入れた。うまかった。
妻がスリッパを脱ぎ、台所から居間に入ってきた。包丁は持っていなかった。
「あのー、幸一さん。急いで食べすぎ。てゆーか、なんでシルク? 醤油こぼしたらどうすんの?」
「これは、あれだわ。翔子の料理がうまかったから?」
私は狼狽して何が何だかわからなくなっていた。また屁が出た。さっきの放屁は聞こえていなかったのか、妻は哄笑した。笑い泣きの涙を拭うと、私が着ているパジャマの腹がやたら出ていることを執拗にイジった。
翌日は朝からよく晴れていた。出雲地方には「弁当忘れても傘忘れるな」という先人の言葉があるほど、天候が著しく不安定な地域だった。が、昨今の気候変動の影響なのか、ここ数年の降水量は激減していた。気温の上昇は全国と同様で、朝でもすでに暑かった。
妻は昨晩のうちに支度を済ませ、自室で大きないびきを響かせていた。彼女は十時に発つというので、暇潰しにフナムシの虐殺をすることにした。堤防には夜釣りをしたと思われる人が残した缶コーヒーが置かれていた。ここに参集する釣り人は総じてマナーが悪い。私が歩いているこの小道も道路なので本当は駐車してはいけないが、開けた場所に駐車し、平然と竿を垂らしている者は数知れない。最寄りの駐在所は、日中の応対はしてくれるが夜はさすがに寝ている。国土交通省にも赤色灯を載せた河川パトロールカーが配備されていて、この周辺を巡回しているが、取り締まっているところを見たことがない。
昼夜を問わず、違法駐車を発見すると通報したい衝動に駆られたが、妻の友人が泊まりで遊びに来た際に駐車するので見て見ぬふりをしていた。が、それも今日で終わりだ。逃げ惑うフナムシを殺しに殺し、家に戻った。
洗面所で歯磨きしている妻と目が合った。私は視線をそらすと縁側で胡坐をかいて、出雲富士こと大山を遠めに見た。全国各地にナントカ富士は点在するが、中国地方最高峰の大山こそが最も美しいと思っている。
「冬の大山は綺麗だよね。マジで富士山じゃん?」
心臓がどくんと跳ねたが、平静を保ちつつ、大きく何度もうなずいた。
妻はガラス戸を開け、立て付けの悪い網戸を正すと私の横に腰を下ろした。結婚当初は仲良くスイカの種を縁側から飛ばす競争をした。空海はニューヨークから大山まで種を飛ばした、地蔵が山頂でリンボーダンスしているなど、私のつまらない嘘に往時の妻はよく笑った。どこに包丁を忍ばせているのかわからないが、いまなら刺されてもかまわないと思った。
「幸一さんよぉ、昨日からビビッてない?」
妻の眼には冷たい光が宿っていたが、口元は緩んでいた。
私は床板に視線を落とし黙っていた。
「例の女って、サークルに勧誘するために会ってたんでしょ?」
私は誤ってかぶりを振りそうになったが、姿勢を正すと、
「うん。サークルではないけどね。意味のない真剣な遊び」
と言って、また視線を床板に戻した。
妻は私が勃起不全で不感症、自慰行為すらしないと半ば嘲笑するように叫んだ。隣人に聞こえてしまうと危惧しつつイライラした。が、いずれも真実で悪意あっての言い草でないことはわかっていたので黙して聞いていた。
一通り叫んだのち、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべると、
「ま、絶対にあり得ないと思ってたけどねー。よっ、島根で一番枯れてる男、宇野幸一!」
と笑ってからかった。
さすがに上には上がいると反論しようとしたがやめた。妻は急に声量を落とすと、昨夜、義父から電話があったと明かした。彼女によると、明日から義父が役員をしている船会社で働けということだった。履歴書は必要なく、義父が独断で採用したものと容易に想像できた。義父はこの国で最も高貴な一族を乗せたことがある元船長で、その威光で彼には誰も逆らえないと聞く。もとより、慢性的な人員不足とその原因が船乗り特有のパワハラにあるのではないかと地元紙が報じていたのを覚えている。義父は威光を借りられるが、私はただのコネ入社だ。良くも悪くも他者からの色眼鏡が一番厄介だ。
私の不安をよそに妻は境港の実家に帰った。彼女は去り際に、境水道の対岸から見えるから大丈夫、と励ましてくれた。物理的距離は確かに近い。しかし、独身時代は父と暮らしていたので一人で家事をすべてやっていたのは学生時代の四年間だけだ。暑くなるとコバエが発生して自炊は面倒になる。スーパーやコンビニの弁当総菜コーナーで毎日頭を抱える自身の姿が眼に浮かんだ。なにより、洗濯が億劫だ。洗濯機を使用するまでは誰でもできる。が、干す作業が大儀だ。学生時分に干すのが面倒で洗濯をしなくなり、どうせ汚れて臭い服だからと入浴すらしなくなったことがあった。その反復になることが必定に感じ、いまさらながら家事は同居人と共同ですべきだと後悔した。
十五分後、先の後悔など忘れて私は境水道大橋を車で走っていた。タンカーをはじめ大型船舶が往来するので橋桁の位置は高い。境港はまったく山のない平野で橋の上から街の概観を一望できた。妻と何度も通ってはいたが、島根の県土のほとんどは山なので平野はいくら見ても飽きない。
スーパーの駐車場に着くと、身体障害者用の駐車スペースにいい加減な止め方をしている軽トラがあったので怒りが湧出してきたが、心中穏健が第一だと思い直し、視界に入れないよう店舗に入った。スーパーの総菜や弁当の値段がコンビニのそれと大して変わらないことに驚いたが、カツ丼と炭酸水を買って家路に就いた。
玄関の扉を開けると、式台の前に私の靴とサンダルしかなかったので、淋しくなった。上がり框に座ると動く気にならず、その場でカツ丼を食した。うまかったが、自分が食べている気がしなかった。身も心も枯れた中年男性が玄関で孤食している。第三者視点から言葉を胸裏で発しなければ淋しさの沼に私は沈んでしまいそうだった。
初出勤の朝は早かった。昨日の夕方に教育係の福本と名乗る男から連絡があった。六時に境港の本社前に来いとのことだったが、人の姿はない。道路を挟んで目の前にフェリー乗り場があり、私は興味本位で構内を散策した。が、広大な駐車場といくつかの係留杭があるだけで物珍しいものはなかった。境港側から私の起居する対岸を見ると広島県は尾道に似てなくもない。林芙美子と志賀直哉が尾道に住んでいたことがあるとネットで見た覚えがある。むろん、尾道のほうが美しいに違いない。が、文豪が同じような風景を見ていたと想像すると心が躍った。
「おい! おまえ宇野か?」
背後から突然呼ばれてびっくりした。振り向くと、やや小柄で細身の男が立っていた。年齢は四十半ばぐらいだろうか。頭髪が落ち武者のように禿げていてほぼ白髪だった。福本かどうか確認する隙もなく、男は車に乗り込むと、
「後ろに付いてこい」
と、ぶっきらぼうに言った。
私が乗車するなり、男はスピードを上げて美保関方面へ向かっていく。境水道大橋を渡り、美保関町に入ると、男はさらに加速した。「島根県」「松江市」の看板が一瞬で遠ざかった。二回右折してトンネルを抜けると日本海が見えた。男は「七類港貨物センター」と記されている標識の前で急ブレーキを踏むと駐車場に車を止めた。私がどこに駐車してよいか迷っていると、
「どこでもいいわ! 早く来いや!」
と声を荒らげた。
男は事務所に入るとタイムカードを切り、検温、アルコールチェックをして出勤表に書き込んだ。男のタイムカードを確認すると「福本」と書かれていた。
「それは俺の。まずタイムカード、検温、それからアルコールチェックな」
昨日の電話で、始業は六時四十分と言っていたが、彼のタイムカードを見る限り、始業前労働が常態化しているようだった。
「見ればわかると思うけど、早く来らんと船に間に合わん。こっち来い」
福本の後を追って荷捌き台に上がった。五人の労務員が三台の大型トラックに荷物を載せている。荷物が多すぎて何が置いてあるのかわからないが、新聞、雑誌、自転車、煙草は判別がついた。福本は、初日で全業務は覚えられないから今日は全員の動きを見ておけ、と指示してトラックの荷台に入って行った。
私が荷捌き台をウロウロしていると、邪魔だ、と誰かが言うので隅に移動した。学生時代に水道配管工のバイトをしたことがあったが、「見て覚えろ」という気風で私はまったく覚えられず叱責を食らってばかりだった。そこで学んだ教訓は「見て覚える」仕事は文字通り見て覚えるしかなく、誰もまともな新人教育ができないということだ。労務員の彼らには、いま何をすべきかさえわからない者の気持ちを察することはできないだろう。
荷捌き台にいたところで邪魔者扱いされ、怒られるのは自明なので事務所に戻った。おい! と叫ぶ声が聞こえたが、無視した。事務所内を眺めていたら、時刻表が壁に貼ってあった。九時に七類港を出港し、隠岐諸島の三港を巡り六時に帰港する船と隠岐諸島を巡ったのち境港に寄港して隠岐諸島に帰る船があるようだ。
事務所のなかを「見て覚える」のも仕事だと開き直って回転式のオフィスチェアーでくるくる回って遊んでいたら、大柄で太った男が入室してきた。男がチラチラ視線を送るので、私も見返した。頭髪の量が少し心もとないが三十歳前後ぐらいだと推察した。私が再度くるりと回転すると、男は急に破顔して、
「宇野さん! お久しぶりです! 藤江です!」
と、感極まったような眼で私を見た。
見覚えのない顔だったが、賢人なのか、と訊くと私の手を強く握ってうなずいた。彼は詳しい話はあとにして会社の作業服に着替えてほしいと手を合わせた。社名や名前を入れるらしく、私の作業服が届くのに二週間は待つ必要があるとのことだった。届くまで彼が予備を貸してくれると言う。サイズは大きかったが、彼を凌駕する肥満体のおかげでちょうどよかった。
藤江は、大声で返事だけしていればいいと言い残すと、荷捌き台に上がって行った。彼をよく観察していたら、軽量な物品をさも忙しそうに運んでいるだけに見えた。私はスヌースのポーションを歯茎の上に挟むと、捨て鉢に気勢を上げながら荷捌き台に上がり、藤江に倣って作業をこなした。



