昇降口を出ると、夕方の空気が思ったよりも湿っていた。夏を一瞬忘れさせるような肌寒さだ。校舎の影から一歩踏み出しただけで、音の量が増える。私は無意識に歩幅を由紀に合わせた。
「撮影、もう始まってるかな」
由紀はフェンス越しに道の先を覗き込む。私もつられて視線を向けたが、公園の入り口は人だかりに遮られ、中の様子は分からなかった。ただ、何かを待つような空気だけが、こちらまで滲んできていた。
「人、多そうだね」
「ね。だから楽しいんじゃない」
由紀はあっさり言って、足を止めない。その背中を見ながら、私は小さく頷いた。「楽しい」という言葉の意味を考える前に、音が先に耳に届く場所は、どうしても苦手だった。
公園の手前で、由紀が急に立ち止まる。
「あ、私こっち。じゃあね、真保呂ちゃん」
軽く手を振って、由紀は人の流れに吸い込まれていった。
残された歩道は、急に静かになる。ほっと息を吐き、由紀の姿が小さく揺れながら人ごみに消えていくのを、私はじっと見つめた。
肩の力が抜けると同時に、少しだけ胸の奥が寂しくなる。声をかけようか、追いかけてしまおうか――そんなことを考える間もなく、由紀はもう向こうの人波に溶けていた。
でも、妙にほっとした気持ちもある。ざわついた世界に一歩踏み込む前に、少しだけ自分だけの静かな時間を取り戻せたような感覚。小さな安心と、ほんの少しの切なさが、私の胸に静かに残った。
歩道に残る静けさの中、ふと足を止めた。
公園の方を見ると、人だかりの隙間から、三脚やケーブル、白い反射板がちらちらと光を反射している。その雑多な光景の中で、ぽつんと置かれたベンチに、誰かが座っているのが見えた。
私は息をひそめるように立ち止まり、視線をそっとその影に寄せた。彼女は何かを待っているようにも、ただそこにいるだけのようにも見えた。周囲の人々のせわしない動きに紛れ、まるで時間の流れから少しだけ切り取られた存在のようだった。
「…美智子?」
そのとき、風が吹いた。錆びたブランコがひとりで揺れ、金属の擦れる規則正しい音が静かに響く。
一瞬、美智子の視線がこちらに向いた気がした。確かめずに、真保呂は前髪を直すふりをして目を伏せ、指先をこすり合わせる。雑巾の湿った感触が、遅れて戻ってくる。
顔を上げたときには、もう視線は膝の上に落ちていた。
フェンスを離れ、帰り道へ足を向ける。
背中に残る気配を確かめるように、私は足早に歩き出す。夕方の光が柔らかく差し込む道で、胸の奥には朝と同じ静けさが、でも今は少しだけ切ない色を帯びていた。
「撮影、もう始まってるかな」
由紀はフェンス越しに道の先を覗き込む。私もつられて視線を向けたが、公園の入り口は人だかりに遮られ、中の様子は分からなかった。ただ、何かを待つような空気だけが、こちらまで滲んできていた。
「人、多そうだね」
「ね。だから楽しいんじゃない」
由紀はあっさり言って、足を止めない。その背中を見ながら、私は小さく頷いた。「楽しい」という言葉の意味を考える前に、音が先に耳に届く場所は、どうしても苦手だった。
公園の手前で、由紀が急に立ち止まる。
「あ、私こっち。じゃあね、真保呂ちゃん」
軽く手を振って、由紀は人の流れに吸い込まれていった。
残された歩道は、急に静かになる。ほっと息を吐き、由紀の姿が小さく揺れながら人ごみに消えていくのを、私はじっと見つめた。
肩の力が抜けると同時に、少しだけ胸の奥が寂しくなる。声をかけようか、追いかけてしまおうか――そんなことを考える間もなく、由紀はもう向こうの人波に溶けていた。
でも、妙にほっとした気持ちもある。ざわついた世界に一歩踏み込む前に、少しだけ自分だけの静かな時間を取り戻せたような感覚。小さな安心と、ほんの少しの切なさが、私の胸に静かに残った。
歩道に残る静けさの中、ふと足を止めた。
公園の方を見ると、人だかりの隙間から、三脚やケーブル、白い反射板がちらちらと光を反射している。その雑多な光景の中で、ぽつんと置かれたベンチに、誰かが座っているのが見えた。
私は息をひそめるように立ち止まり、視線をそっとその影に寄せた。彼女は何かを待っているようにも、ただそこにいるだけのようにも見えた。周囲の人々のせわしない動きに紛れ、まるで時間の流れから少しだけ切り取られた存在のようだった。
「…美智子?」
そのとき、風が吹いた。錆びたブランコがひとりで揺れ、金属の擦れる規則正しい音が静かに響く。
一瞬、美智子の視線がこちらに向いた気がした。確かめずに、真保呂は前髪を直すふりをして目を伏せ、指先をこすり合わせる。雑巾の湿った感触が、遅れて戻ってくる。
顔を上げたときには、もう視線は膝の上に落ちていた。
フェンスを離れ、帰り道へ足を向ける。
背中に残る気配を確かめるように、私は足早に歩き出す。夕方の光が柔らかく差し込む道で、胸の奥には朝と同じ静けさが、でも今は少しだけ切ない色を帯びていた。

