唇が離れたあとの静寂は、ラジオの停波(てっぱ)の瞬間に似ていた。 耳の奥で、まだ自分たちの鼓動がハウリングを起こしている。
「……責任、取れって言ったの、お前だからな」
神崎くんは、少し掠れた声でそう言うと、僕の隣に力なく倒れ込んだ。暗闇の中でも、彼が顔を赤くしているのがわかって、僕はなんだか可笑しくなってしまった。あの完璧な神崎龍一が、僕とのキスひとつで、こんなにリズムを崩している。
「……ふふっ。神崎くん、今、ネタを飛ばした時みたいな顔してる」 「うるさい。……高田こそ、心臓の音、離れの外まで聞こえそうだったぞ」
僕たちは、どちらからともなく手を伸ばし、指を絡めた。 離れの冷たい床とは対照的に、繋いだ手のひらだけが熱い。
「ねえ、神崎くん。僕、決めたよ」 「何を?」 「高校生漫才グランプリ、予選。僕、ちゃんと顔を上げてやる。下を向いて、ノートの文字を追うだけじゃなくて、ちゃんと君のことを見て、君に向けて言葉を投げる」
今までは、神崎くんを「僕の言葉を映すための器」だと思っていたのかもしれない。でも、今は違う。彼が僕の言葉を欲しがり、僕の存在を独占したいと願ってくれた。なら、僕はそれに応える「相方」にならなきゃいけない。
「……ようやく、俺の方を向く気になったか」 神崎くんは指先に力を込め、僕の手をぎゅっと握り締めた。
「ああ。君が僕を『砂の惑星』から連れ出したんだから」
翌朝。合宿最終日の朝日は、少しだけ冷たくて、でも清々しかった。 僕たちは、オーディオルームの中央に一本のスタンドマイクを立てた。神崎くんの父親が昔使っていたという、古びているけれど重厚なマイク。
僕たちは、そのセンターマイクを挟んで向かい合った。
「……高田。俺、お前を好きになって、漫才がもっと怖くなった」 神崎くんが、マイクの網目を見つめながら言った。 「お前の言葉を、俺が汚しちゃいけないって。お前を一番輝かせられるのは、俺じゃなきゃいけないって、毎日自分にプレッシャーかけてる」
「……僕も同じだよ」 僕は、彼の視線を真っ直ぐに受け止めた。 「君を笑わせられなかったら、僕がここにいる意味がないって思ってる」
僕たちは、マイクのヘッドを二人で同時に握った。冷たい金属の感触。 「「優勝しよう」」
声が重なった。 それは、台本に書かれたセリフでも、ラジオへの投稿でもない。 僕たちの、本当の「誓い」だった。
「よし。じゃあ、仕上げだ。ラストのオチのところ、もっと多幸感ある感じに変えようぜ。……俺がお前を抱きしめて終わる、みたいな」 「……それは公私混同。却下」 「なんだよ、一回くらいやらせろよ!」
朝日が差し込む部屋で、僕たちの笑い声が響く。 深夜の孤独から始まった僕の物語は、今、目の前の眩しい相方と共に、新しい周波数を刻み始めていた。
「……責任、取れって言ったの、お前だからな」
神崎くんは、少し掠れた声でそう言うと、僕の隣に力なく倒れ込んだ。暗闇の中でも、彼が顔を赤くしているのがわかって、僕はなんだか可笑しくなってしまった。あの完璧な神崎龍一が、僕とのキスひとつで、こんなにリズムを崩している。
「……ふふっ。神崎くん、今、ネタを飛ばした時みたいな顔してる」 「うるさい。……高田こそ、心臓の音、離れの外まで聞こえそうだったぞ」
僕たちは、どちらからともなく手を伸ばし、指を絡めた。 離れの冷たい床とは対照的に、繋いだ手のひらだけが熱い。
「ねえ、神崎くん。僕、決めたよ」 「何を?」 「高校生漫才グランプリ、予選。僕、ちゃんと顔を上げてやる。下を向いて、ノートの文字を追うだけじゃなくて、ちゃんと君のことを見て、君に向けて言葉を投げる」
今までは、神崎くんを「僕の言葉を映すための器」だと思っていたのかもしれない。でも、今は違う。彼が僕の言葉を欲しがり、僕の存在を独占したいと願ってくれた。なら、僕はそれに応える「相方」にならなきゃいけない。
「……ようやく、俺の方を向く気になったか」 神崎くんは指先に力を込め、僕の手をぎゅっと握り締めた。
「ああ。君が僕を『砂の惑星』から連れ出したんだから」
翌朝。合宿最終日の朝日は、少しだけ冷たくて、でも清々しかった。 僕たちは、オーディオルームの中央に一本のスタンドマイクを立てた。神崎くんの父親が昔使っていたという、古びているけれど重厚なマイク。
僕たちは、そのセンターマイクを挟んで向かい合った。
「……高田。俺、お前を好きになって、漫才がもっと怖くなった」 神崎くんが、マイクの網目を見つめながら言った。 「お前の言葉を、俺が汚しちゃいけないって。お前を一番輝かせられるのは、俺じゃなきゃいけないって、毎日自分にプレッシャーかけてる」
「……僕も同じだよ」 僕は、彼の視線を真っ直ぐに受け止めた。 「君を笑わせられなかったら、僕がここにいる意味がないって思ってる」
僕たちは、マイクのヘッドを二人で同時に握った。冷たい金属の感触。 「「優勝しよう」」
声が重なった。 それは、台本に書かれたセリフでも、ラジオへの投稿でもない。 僕たちの、本当の「誓い」だった。
「よし。じゃあ、仕上げだ。ラストのオチのところ、もっと多幸感ある感じに変えようぜ。……俺がお前を抱きしめて終わる、みたいな」 「……それは公私混同。却下」 「なんだよ、一回くらいやらせろよ!」
朝日が差し込む部屋で、僕たちの笑い声が響く。 深夜の孤独から始まった僕の物語は、今、目の前の眩しい相方と共に、新しい周波数を刻み始めていた。

