ボケとツッコミと、震える唇

「……だめだ。昨日の方が、ずっと面白かった」

高田はノートを机に叩きつけた。放送部室の空気は、練習を重ねるごとに濃密さを増し、同時に張り詰めた糸のような緊張感を孕むようになっていた。

「高田、そんなに自分を追い込むなよ。今の『言い回し』だって、俺はかなり好きだったけど」

神崎くんが心配そうに僕の顔を覗き込む。彼は僕が煮詰まると、いつもこうして優しく、けれどどこか熱を帯びた視線で僕を繋ぎ止めてくれる。

「好き嫌いの話じゃないんだよ。昨日の練習の時、神崎くんが僕のボケに少しだけ遅れて笑ったじゃない? あれ、本当は僕の言葉が君の中に届くまでに、余計なコンマ数秒がかかったってことなんだ」

僕は理屈を並べ立てる。深夜ラジオの投稿でもそうだった。一度「神回」を叩き出すと、次の週の自分が最大の敵になる。昨日の自分を超えられないという恐怖が、ペンを持つ指を硬くさせる。

「俺にとってのライバルは、他校のコンビじゃない。昨日の自分なんだ」

神崎くんは、僕の理屈っぽい独白を黙って聞いていた。そして、不意に僕のノートを取り上げると、それをパタンと閉じた。

「……何するんだよ」

「高田。お前は今、自分と戦いすぎて、俺を見てない」

神崎くんの手が、僕の後頭部に添えられた。そのままぐいと引き寄せられ、僕の額が彼の胸に当たる。制服の生地越しに、彼の力強い鼓動が伝わってきた。

「ラジオの向こうにいる顔の見えないリスナーを笑わせるのも大事だけどさ。今、目の前で、お前の言葉を一番に浴びてるのは俺だろ?」

「神崎くん……」

「俺を笑わせてよ。理屈じゃなくて、お前が心の底から面白いと思ってる、その歪んだ、でも綺麗な感性でさ」

彼は僕の体を少し離すと、両手で僕の肩を掴んだ。 「昨日のお前が面白かったのは、お前が『俺との会話』を楽しんでたからだよ。ネタ合わせを、ただの作業にするな。俺たちのフリートークの延長線上に、漫才があるんだから」

その瞬間、僕の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。 情けない。いい大人が深夜にラジオを聴いて笑っているような図太い神経を持っているはずなのに、彼の前では、僕はただの脆い高校生に戻ってしまう。

「……泣くなよ。笑わせろって言ったのに、泣かせちゃったじゃないか」

神崎くんは困ったように笑い、親指で僕の涙を拭った。その指先の感触が、あまりにも優しくて、僕は思わず彼のシャツの裾をギュッと握りしめた。

「……分かったよ。……もう一回、最初から。……今度は、神崎くんの顔、ちゃんと見てやるから」

「おう。その意気だ」

神崎くんは満足そうに頷き、僕の手を引いてセンターマイクの前へと戻る。 窓の外では、夜間練習の運動部の声が遠くで響いている。 昨日の自分には出せなかった、今の僕たちだけの熱量。 僕は深呼吸をして、神崎くんの瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには、僕が書いた言葉を今か今かと待ちわびている、世界で一番贅沢な観客がいた。

「どうもー! 砂の惑星と王子様です」

僕の声は、昨日よりも少しだけ高く、そして誇らしげに響いた。