「……声、小さすぎ。あと、猫背」
神崎くんが、意地悪な笑みを浮かべて僕の背中をパシッと叩いた。 「いった……。しょうがないだろ、人生で一度も声を張ったことがないんだから。僕の最大音量は、深夜に親を起こさない程度に漏れる笑い声なんだよ」
高校生漫才グランプリへのエントリーを決めてから三日。僕たちは放課後の放送部室で、本格的な立ち稽古を始めていた。 神崎くんが持ち込んできたのは、姿見用の大きな鏡。それを放送機材の前に置き、僕たちは自分たちの姿を客観的に見つめる。
鏡の中の僕たちは、あまりにも不釣り合いだった。 光を放つような立ち姿の神崎くんと、どこか不安げに視線を泳がせている僕。
「高田、漫才っていうのはさ、まず『ここに僕たちがいますよ』って肯定することから始まるんだ。……いいか、まずは挨拶。これだけでいい。一回全力でやってみて」
神崎くんが、部室のドアの向こう側を「舞台袖」に見立てて、僕の腕を引いた。 「いくぞ。……せーの!」
ドアを勢いよく開け、何もない部室の中央へと踏み出す。 「……どうもー、砂の惑星と王子様です」
僕の声は、情けないほど震えていた。 隣の神崎くんは、まるで一万人の観客がいるかのような満面の笑みで右手を上げている。その堂々とした姿に圧倒されて、僕はつい足が止まってしまった。
「……やっぱり無理だよ。僕、こんなキラキラした人の隣に立っちゃいけない気がする。神崎くん、眩しすぎるもん」
僕は鏡に映る自分を見て、また卑屈な自意識が顔を出した。 すると、神崎くんは不意に僕の肩を抱き寄せ、鏡の中の僕たちを指差した。
「よく見てよ、高田。眩しいのは俺の顔かもしれないけど、今、俺をこんなに楽しそうに笑わせてるのは誰?」
鏡の中の神崎くんは、確かに見たこともないような「普通の高校生」の顔をして笑っていた。学校で見せる完璧な王子様の笑顔じゃない。もっと崩れた、もっと生っぽい、一人の少年の顔。
「お前が隣にいるから、俺は『王子様』じゃなくて、ただの『神崎龍一』になれるんだ。高田がボソッと言う毒舌を、一番近くで聴ける特権。これ、俺だけのものなんだよ」
神崎くんの声が、僕の耳たぶをかすめる。 彼はそのまま、僕の頬を両手で優しく包み込んだ。 大きな、温かい掌。
「自信持ってよ。お前の言葉は、俺の宝物なんだから」
至近距離で見つめ合う。 彼の瞳の中に、戸惑っている僕の姿が映り込んでいる。 その瞳があまりにも熱くて、僕は逃げ出したくなるのと同時に、もっと深く溺れてしまいたいような、不思議な感覚に陥った。
「……じゃあ、もう一回。……挨拶だけ、やり直し」 「お、やる気になった?」 「……神崎くんがそこまで言うなら、一回だけ。……全力でやる」
僕たちはもう一度、部室の入り口に戻った。 「神崎くん」 「ん?」 「……手、繋いでいい? 緊張、移すみたいで嫌かもしれないけど」
僕が勇気を出して差し出した手を、神崎くんは驚いたように見つめた後、壊れ物を扱うみたいに優しく、でも力強く握り返してくれた。
「移せよ。全部受け止めてやるから」
繋いだ手のひらから、彼の鼓動が伝わってくる。 それは、僕が深夜ラジオを聴きながら感じていた「世界と繋がっている感覚」よりも、ずっと、ずっとリアルな衝撃だった。
「せーの……」
「「どうもー!!」」
部室に響き渡った僕たちの声。 それは、防音室の壁に跳ね返って、僕たちの胸の中に熱い余韻を残した。
初めて合わせた呼吸。初めて重なった声。 台本には書いていないけれど、僕の心の中には今、はっきりと「神崎くんが好きだ」という新しいフレーズが書き込まれていた。
神崎くんが、意地悪な笑みを浮かべて僕の背中をパシッと叩いた。 「いった……。しょうがないだろ、人生で一度も声を張ったことがないんだから。僕の最大音量は、深夜に親を起こさない程度に漏れる笑い声なんだよ」
高校生漫才グランプリへのエントリーを決めてから三日。僕たちは放課後の放送部室で、本格的な立ち稽古を始めていた。 神崎くんが持ち込んできたのは、姿見用の大きな鏡。それを放送機材の前に置き、僕たちは自分たちの姿を客観的に見つめる。
鏡の中の僕たちは、あまりにも不釣り合いだった。 光を放つような立ち姿の神崎くんと、どこか不安げに視線を泳がせている僕。
「高田、漫才っていうのはさ、まず『ここに僕たちがいますよ』って肯定することから始まるんだ。……いいか、まずは挨拶。これだけでいい。一回全力でやってみて」
神崎くんが、部室のドアの向こう側を「舞台袖」に見立てて、僕の腕を引いた。 「いくぞ。……せーの!」
ドアを勢いよく開け、何もない部室の中央へと踏み出す。 「……どうもー、砂の惑星と王子様です」
僕の声は、情けないほど震えていた。 隣の神崎くんは、まるで一万人の観客がいるかのような満面の笑みで右手を上げている。その堂々とした姿に圧倒されて、僕はつい足が止まってしまった。
「……やっぱり無理だよ。僕、こんなキラキラした人の隣に立っちゃいけない気がする。神崎くん、眩しすぎるもん」
僕は鏡に映る自分を見て、また卑屈な自意識が顔を出した。 すると、神崎くんは不意に僕の肩を抱き寄せ、鏡の中の僕たちを指差した。
「よく見てよ、高田。眩しいのは俺の顔かもしれないけど、今、俺をこんなに楽しそうに笑わせてるのは誰?」
鏡の中の神崎くんは、確かに見たこともないような「普通の高校生」の顔をして笑っていた。学校で見せる完璧な王子様の笑顔じゃない。もっと崩れた、もっと生っぽい、一人の少年の顔。
「お前が隣にいるから、俺は『王子様』じゃなくて、ただの『神崎龍一』になれるんだ。高田がボソッと言う毒舌を、一番近くで聴ける特権。これ、俺だけのものなんだよ」
神崎くんの声が、僕の耳たぶをかすめる。 彼はそのまま、僕の頬を両手で優しく包み込んだ。 大きな、温かい掌。
「自信持ってよ。お前の言葉は、俺の宝物なんだから」
至近距離で見つめ合う。 彼の瞳の中に、戸惑っている僕の姿が映り込んでいる。 その瞳があまりにも熱くて、僕は逃げ出したくなるのと同時に、もっと深く溺れてしまいたいような、不思議な感覚に陥った。
「……じゃあ、もう一回。……挨拶だけ、やり直し」 「お、やる気になった?」 「……神崎くんがそこまで言うなら、一回だけ。……全力でやる」
僕たちはもう一度、部室の入り口に戻った。 「神崎くん」 「ん?」 「……手、繋いでいい? 緊張、移すみたいで嫌かもしれないけど」
僕が勇気を出して差し出した手を、神崎くんは驚いたように見つめた後、壊れ物を扱うみたいに優しく、でも力強く握り返してくれた。
「移せよ。全部受け止めてやるから」
繋いだ手のひらから、彼の鼓動が伝わってくる。 それは、僕が深夜ラジオを聴きながら感じていた「世界と繋がっている感覚」よりも、ずっと、ずっとリアルな衝撃だった。
「せーの……」
「「どうもー!!」」
部室に響き渡った僕たちの声。 それは、防音室の壁に跳ね返って、僕たちの胸の中に熱い余韻を残した。
初めて合わせた呼吸。初めて重なった声。 台本には書いていないけれど、僕の心の中には今、はっきりと「神崎くんが好きだ」という新しいフレーズが書き込まれていた。

