ボケとツッコミと、震える唇

「……よし。これで、最後の一文字まで決まった」

深夜2時。放送部室のデスクで、僕はノートを閉じた。 表紙には、使い古された「砂の惑星」の文字。その隣に、いつの間にか神崎くんが書き加えた「王子様」の落書き。 明日はいよいよ『高校生漫才グランプリ』の決勝だ。

「お疲れ、高田。……やっと、終わったな」

床に寝転がっていた神崎くんが、ゆっくりと身を起こした。彼もまた、一睡もせずに僕の執筆を隣で見守っていた。一条から過去を突きつけられたあの日から、僕たちのネタは「誰かを笑わせるためのもの」から、「自分たちのすべてをぶつけるためのもの」に変わっていた。

「……ねえ、神崎くん。このネタ、最後にオチがついた後さ、僕に一言だけアドリブをさせてくれない?」

「アドリブ? お前が、あんなに秒数にこだわる高田が?」 神崎くんが意外そうに目を丸くする。

「うん。台本には書けない……その時の空気でしか言えない言葉を、一言だけ投げたいんだ。君なら、絶対拾ってくれるって信じてるから」

神崎くんは一瞬、呆れたように笑った後、僕を自分の膝の間へと引き寄せた。 後ろから包み込まれるように抱きしめられ、彼の体温が背中から全身へと染み渡る。

「……いいよ。何が来ても、俺が全部『愛』で返してやる」

「……バカ。漫才の話だよ」

「俺は本気だよ」 神崎くんは、僕の首筋に顔を埋めた。 「高田。俺、明日が終わっても……グランプリの結果がどうなっても、お前の相方を辞めないからな。漫才の相方も、それ以外の……人生の相方も」

台本の最後の一行を書き終えた時、僕たちの「物語」はもう紙の上を飛び出していた。 深夜ラジオの孤独なリスナーだった僕。 王子様という仮面に閉じ込められていた彼。

僕たちは、互いの欠けた部分を埋め合わせるために出会ったんじゃない。 互いの欠けた部分を、そのまま笑い飛ばせるようになるために出会ったんだ。

「……約束だよ。僕の言葉を、一生君の声で届けて」

僕は振り返り、彼のシャツの襟を掴んで、自分から唇を寄せた。 窓の外、夜明けの気配が少しずつ空を白ませていく。 深夜ラジオの放送が終わる、寂しくて少しだけ温かいあの時間が、今は希望に満ちた「始まり」の合図に聞こえた。

台本はもう、書き終えた。 ここから先は、僕たちが舞台の上で刻む、台本のない「恋」の始まりだ。

「よし。じゃあ、最後の最後。……『付き合おう』ってセリフ、ネタのどこかに入れられないか?」

「入れないよ! 雰囲気ぶち壊しでしょ!」

「ちぇっ、厳しいなぁ。……でも、そういう高田が最高に面白いよ」

僕たちは笑い合い、まだ熱の残る部室を後にした。 東の空から差し込む光が、二人の長い影を一つに繋いでいた。