ラジオの生放送という大きな山場を越えた僕たちに待っていたのは、決勝前の束の間の静寂……ではなく、冷たい雨の降る放課後の校門前だった。
「神崎、少し話せるか」
待ち構えていたのは、ライバルの一条だった。いつもの小柄な相方を連れておらず、一人の彼は、より一層刺々しいオーラを纏っている。
「……何の用だ。ネタの批評なら、もう間に合ってるよ」 神崎くんが僕を庇うように前に出る。けれど、一条が口にしたのは意外な言葉だった。
「お前が、中学時代に『神崎龍一』という完璧な偶像を演じきれずに、文化祭の舞台から逃げ出した臆病者だという話。……本当だったんだな」
僕は目を見開いた。神崎くんの背中が、一瞬だけ微かに震えたのを、僕の手のひらは見逃さなかった。
「あの時、お前が投げ出したマイクを拾ったのが誰か、覚えているか? ……僕の兄だよ。兄は、お前が壊した舞台を立て直そうとして、結果的に大恥をかいて、笑いの世界から身を引いた」
一条の瞳には、深い憎しみというより、やり場のない虚無感が宿っていた。 「兄はお前のような『恵まれた天才』に憧れて自滅した。だから僕は、お前を否定しなければならない。お前のような『血の通わない美形』が、言葉を弄ぶのが許せないんだ」
一条が去った後、神崎くんは動かなかった。降り出した雨が彼の肩を濡らしていく。 僕は彼の制服の袖を強く引いて、いつもの放送部室へと連れ戻した。
「……高田。隠してて、ごめん」 部室のパイプ椅子に座り、神崎くんは力なく笑った。 「一条の言う通りだよ。俺は、期待される『神崎龍一』に耐えられなくなって、一度逃げたんだ。誰からも好かれる自分でいなきゃいけないのが怖くて。……だから、誰からも見られない深夜ラジオの世界に逃げ込んだ」
彼は自分の拳を見つめた。 「でも、ラジオの中で、お前のハガキを見つけたんだ。『砂の惑星』。そこには、孤独だけど、誰にも媚びない、鋭くて優しい自由があった。……お前の言葉に触れて、俺はもう一度、マイクの前に立ちたいって思えたんだよ」
神崎くんの過去。彼がなぜ、あんなに強引に僕を誘ったのか。その理由が、パズルのピースが埋まるように繋がっていく。 彼は「完璧な王子様」として僕を救ったんじゃない。彼自身が、僕の言葉に救いを求めていたんだ。
「……神崎くん」 僕は椅子の横に膝をつき、彼の冷えた手を両手で挟み込んだ。 「一条くんのお兄さんのことは、僕にはわからない。でも、今の君の相方は僕だ。君を舞台から逃がさないし、君が噛んでも、滑っても、僕が全部笑いに変えてやる」
僕は彼の瞳を真っ直ぐに見据えた。 「君は逃げたんじゃない。僕を見つけるために、深夜の暗闇を歩いてきたんだよ」
神崎くんの瞳から、一筋の涙がこぼれた。 「……高田。お前、本当に……いいツッコミするな」
彼は僕を強く抱き寄せた。過去の傷跡を埋めるように、僕たちは狭い部室で、雨音をBGMに身を寄せ合った。 「一条を笑わせよう。あいつの兄貴が辿り着けなかった、最高の景色をあいつに見せてやるんだ」
神崎くんの決意に、僕も深く頷いた。 孤独を知る二人が、孤独を脱ぎ捨てるための漫才。 僕たちのネタは、今、本当の意味で完成へと向かい始めた。
「神崎、少し話せるか」
待ち構えていたのは、ライバルの一条だった。いつもの小柄な相方を連れておらず、一人の彼は、より一層刺々しいオーラを纏っている。
「……何の用だ。ネタの批評なら、もう間に合ってるよ」 神崎くんが僕を庇うように前に出る。けれど、一条が口にしたのは意外な言葉だった。
「お前が、中学時代に『神崎龍一』という完璧な偶像を演じきれずに、文化祭の舞台から逃げ出した臆病者だという話。……本当だったんだな」
僕は目を見開いた。神崎くんの背中が、一瞬だけ微かに震えたのを、僕の手のひらは見逃さなかった。
「あの時、お前が投げ出したマイクを拾ったのが誰か、覚えているか? ……僕の兄だよ。兄は、お前が壊した舞台を立て直そうとして、結果的に大恥をかいて、笑いの世界から身を引いた」
一条の瞳には、深い憎しみというより、やり場のない虚無感が宿っていた。 「兄はお前のような『恵まれた天才』に憧れて自滅した。だから僕は、お前を否定しなければならない。お前のような『血の通わない美形』が、言葉を弄ぶのが許せないんだ」
一条が去った後、神崎くんは動かなかった。降り出した雨が彼の肩を濡らしていく。 僕は彼の制服の袖を強く引いて、いつもの放送部室へと連れ戻した。
「……高田。隠してて、ごめん」 部室のパイプ椅子に座り、神崎くんは力なく笑った。 「一条の言う通りだよ。俺は、期待される『神崎龍一』に耐えられなくなって、一度逃げたんだ。誰からも好かれる自分でいなきゃいけないのが怖くて。……だから、誰からも見られない深夜ラジオの世界に逃げ込んだ」
彼は自分の拳を見つめた。 「でも、ラジオの中で、お前のハガキを見つけたんだ。『砂の惑星』。そこには、孤独だけど、誰にも媚びない、鋭くて優しい自由があった。……お前の言葉に触れて、俺はもう一度、マイクの前に立ちたいって思えたんだよ」
神崎くんの過去。彼がなぜ、あんなに強引に僕を誘ったのか。その理由が、パズルのピースが埋まるように繋がっていく。 彼は「完璧な王子様」として僕を救ったんじゃない。彼自身が、僕の言葉に救いを求めていたんだ。
「……神崎くん」 僕は椅子の横に膝をつき、彼の冷えた手を両手で挟み込んだ。 「一条くんのお兄さんのことは、僕にはわからない。でも、今の君の相方は僕だ。君を舞台から逃がさないし、君が噛んでも、滑っても、僕が全部笑いに変えてやる」
僕は彼の瞳を真っ直ぐに見据えた。 「君は逃げたんじゃない。僕を見つけるために、深夜の暗闇を歩いてきたんだよ」
神崎くんの瞳から、一筋の涙がこぼれた。 「……高田。お前、本当に……いいツッコミするな」
彼は僕を強く抱き寄せた。過去の傷跡を埋めるように、僕たちは狭い部室で、雨音をBGMに身を寄せ合った。 「一条を笑わせよう。あいつの兄貴が辿り着けなかった、最高の景色をあいつに見せてやるんだ」
神崎くんの決意に、僕も深く頷いた。 孤独を知る二人が、孤独を脱ぎ捨てるための漫才。 僕たちのネタは、今、本当の意味で完成へと向かい始めた。

