ボケとツッコミと、震える唇

「えっ、地元ラジオの生出演!?」

部室に響き渡った僕の叫び声は、機材のレベルメーターを一瞬でレッドゾーンまで振り切らせた。神崎くんは「まあ落ち着けよ」と、いつもの余裕たっぷりな仕草で、地元FM局からの依頼書を僕の前に差し出した。

「『高校生漫才グランプリ』の注目コンビ紹介。予選2位の俺たちに、生放送でのネタ披露とトークの依頼が来たんだよ。これ、最高の宣伝だろ?」

「無理だよ! 公開生放送なんて、観客が目の前にいるだけじゃなくて、電波に乗って不特定多数に届くんだよ!? もし噛んだり、放送事故でも起こしたら……」

「大丈夫。俺が隣にいる。それに……」 神崎くんが僕の耳元に顔を寄せ、少しだけ悪戯っぽく囁いた。 「お前が憧れてるあの番組と同じ、本物の『ラジオブース』で喋れるんだぞ。職人として、その舞台に立ちたくないか?」

その一言は、僕の最大の弱点だった。

当日、ショッピングモールのサテライトスタジオ。ガラス一枚隔てた向こう側には、神崎くん目当ての女子生徒や、偶然通りかかった買い物客がびっしりと詰めかけていた。 僕は、ヘッドセットから聞こえる「5、4、3……」というディレクターのカウントダウンに、心臓が口から飛び出しそうだった。

『さあ、本日のゲストは今話題の現役高校生コンビ、砂の惑星と王子様です!』

パーソナリティの明るい声。カフが上がり、僕たちのマイクが「生」の状態になる。 「どうもー! 王子様こと、神崎龍一です。そして、こちらが我がコンビの頭脳、高田将太!」

神崎くんの滑らかな導入。僕は震える声で、必死にネタを繰り出した。 けれど、事件はフリートークの時間に起きた。

『お二人、本当に息がぴったりですね! まるで付き合ってるみたい。高田くん、神崎くんのこと、本当はどう思ってるの?』

パーソナリティの軽い冗談。いつもなら「いやいや、ただのビジネスパートナーですよ」とネタっぽく返すところだ。 けれど、スタジオの密閉された空間、ヘッドフォン越しに聴こえる自分の声、そして目の前で真っ直ぐに僕を見つめる神崎くんの瞳。 そのすべてが、僕の「自意識」のスイッチを狂わせた。

「……僕は……神崎くんがいないと、何もできないんです。僕の言葉に色をつけて、命を吹き込んでくれるのは、世界中で彼だけだから。……だから、誰にも渡したくないと思ってます」

スタジオが、一瞬静まり返った。 ガラスの向こうの観客がざわつき、パーソナリティも予想外の「重い」回答に一瞬言葉を詰まらせる。 やってしまった。これは放送事故だ。僕は顔が火を吹くほど熱くなるのを感じ、俯いた。

その時、神崎くんが僕の手を、テーブルの下でギュッと握り締めた。

「……今の聴きました? 皆さん。これがうちの相方の、最高の『ボケ』です。独占欲強すぎて、可愛いでしょ?」

神崎くんの鮮やかなフォロー。会場からは笑いと歓声が上がり、空気は一変して「仲の良いコンビの微笑ましいやり取り」として処理された。

放送終了後。スタジオの裏口で、僕は壁に寄りかかって深くため息をついた。 「……ごめん、神崎くん。僕、変なこと言っちゃった」

「変なことじゃないよ」 神崎くんは僕を壁に追い詰めると、スタジオの中では見せなかった、ひどく熱く、独占欲の滲む瞳で僕を見つめた。

「生放送で、あんな告白されるなんて思わなかった。……高田。俺、今の言葉、録音して一生聴き続けるからな」

「……バカ。消してよ、あんなの」

「消さないよ。……これでお前の『逃げ場』はなくなったな」

神崎くんは僕の唇を奪うように重ねた。 スタジオの熱気がまだ残る中、僕たちの本当のフリートークは、電波には乗らない秘密の場所で続いていた。