予選通過の喜びは、一条に投げつけられた言葉によって、まるで砂が水を吸うように消えてしまった。
「血が通っていない」
その一言が、僕の頭の中でループ再生される。 深夜3時。いつものように布団の中でイヤホンを装着し、ラジオを聴く。パーソナリティの軽快なトークに合わせて、何十人もの職人が練り上げたネタが読まれていく。いつもなら、それを聴きながら「次は僕がもっと面白いやつを」とペンを走らせるはずなのに。
ノートの真っ白なページが、僕を嘲笑っているように見えた。
『コンビニの店員が全員ベテランの落語家だったら』 『王子様が手汗をかきすぎたら』
……どれも、神崎くんという「正解」が隣にいるから成立したネタだ。もし、隣に彼がいなかったら? 僕の言葉は、ただの暗い独白に戻ってしまうんじゃないか。
「……書けない」
僕はペンを投げ出し、頭を抱えた。 孤独でなければ面白いものは書けない。一条の言葉が呪いのように効いてくる。神崎くんと出会い、手を繋ぎ、唇を重ね、彼の体温を知ってしまった今の僕は、もうあの「砂の惑星」には戻れない。
その時、スマホが短く震えた。
『起きてるんだろ。砂の惑星。』
神崎くんからだった。深夜3時に連絡してくるなんて、彼もまた、眠れない夜を過ごしている証拠だ。
『……起きてる。でも、ネタは一行も進んでない』
返信すると、すぐに着信画面に変わった。 慌ててイヤホンを挿し直し、通話ボタンを押す。
「……もしもし」 『なんだよ、元気ないな。ラジオ、面白くなかった?』
電話越しに聞こえる神崎くんの声は、少しだけ低くて、深夜の闇に優しく溶け込んでいる。
「ラジオは面白かったよ。ただ……自分の書くものが、急に安っぽく見えちゃって。神崎くんを隣に立たせて、僕の自己満足に付き合わせてるだけなんじゃないかって……」
『また一条の言ったことを気にしてんのか』 神崎くんが、少しだけ呆れたように笑った。 『お前さ、ハガキ職人のプライドが高すぎるんだよ。孤独じゃないと書けないなんて、誰が決めたんだ?』
「だって、深夜ラジオは一人で聴くものだし、投稿は自分との戦いだし……」
『じゃあさ、今、俺が隣にいると思って書いてみろよ』
「え?」
『俺とお前が、今この電話で話してる「フリートーク」をそのまま文字にしてみろ。それが、今の俺たちの「血」だろ。誰が何と言おうと、俺はお前の隣で笑う準備ができてるんだ。一条のために書いてるんじゃない、俺のために書けよ』
神崎くんの声は、命令のようでいて、祈りのようにも聞こえた。 僕は、目頭が熱くなるのを感じた。
「……神崎くん。君って、本当に王子様だね。こういう時、一番欲しい言葉をくれる」
『王子様じゃねーよ。ただの、お前の相方だ』
電話を切ったあと、僕は再びペンを握った。 不思議と、指先の震えは止まっていた。 真っ白なノートに、僕たちの「今」を書き込んでいく。 孤独ではないからこそ書ける、二人だけの特別な周波数。
深夜3時のスランプは、彼という唯一のリスナーの声によって、静かに終わりを告げた。
「血が通っていない」
その一言が、僕の頭の中でループ再生される。 深夜3時。いつものように布団の中でイヤホンを装着し、ラジオを聴く。パーソナリティの軽快なトークに合わせて、何十人もの職人が練り上げたネタが読まれていく。いつもなら、それを聴きながら「次は僕がもっと面白いやつを」とペンを走らせるはずなのに。
ノートの真っ白なページが、僕を嘲笑っているように見えた。
『コンビニの店員が全員ベテランの落語家だったら』 『王子様が手汗をかきすぎたら』
……どれも、神崎くんという「正解」が隣にいるから成立したネタだ。もし、隣に彼がいなかったら? 僕の言葉は、ただの暗い独白に戻ってしまうんじゃないか。
「……書けない」
僕はペンを投げ出し、頭を抱えた。 孤独でなければ面白いものは書けない。一条の言葉が呪いのように効いてくる。神崎くんと出会い、手を繋ぎ、唇を重ね、彼の体温を知ってしまった今の僕は、もうあの「砂の惑星」には戻れない。
その時、スマホが短く震えた。
『起きてるんだろ。砂の惑星。』
神崎くんからだった。深夜3時に連絡してくるなんて、彼もまた、眠れない夜を過ごしている証拠だ。
『……起きてる。でも、ネタは一行も進んでない』
返信すると、すぐに着信画面に変わった。 慌ててイヤホンを挿し直し、通話ボタンを押す。
「……もしもし」 『なんだよ、元気ないな。ラジオ、面白くなかった?』
電話越しに聞こえる神崎くんの声は、少しだけ低くて、深夜の闇に優しく溶け込んでいる。
「ラジオは面白かったよ。ただ……自分の書くものが、急に安っぽく見えちゃって。神崎くんを隣に立たせて、僕の自己満足に付き合わせてるだけなんじゃないかって……」
『また一条の言ったことを気にしてんのか』 神崎くんが、少しだけ呆れたように笑った。 『お前さ、ハガキ職人のプライドが高すぎるんだよ。孤独じゃないと書けないなんて、誰が決めたんだ?』
「だって、深夜ラジオは一人で聴くものだし、投稿は自分との戦いだし……」
『じゃあさ、今、俺が隣にいると思って書いてみろよ』
「え?」
『俺とお前が、今この電話で話してる「フリートーク」をそのまま文字にしてみろ。それが、今の俺たちの「血」だろ。誰が何と言おうと、俺はお前の隣で笑う準備ができてるんだ。一条のために書いてるんじゃない、俺のために書けよ』
神崎くんの声は、命令のようでいて、祈りのようにも聞こえた。 僕は、目頭が熱くなるのを感じた。
「……神崎くん。君って、本当に王子様だね。こういう時、一番欲しい言葉をくれる」
『王子様じゃねーよ。ただの、お前の相方だ』
電話を切ったあと、僕は再びペンを握った。 不思議と、指先の震えは止まっていた。 真っ白なノートに、僕たちの「今」を書き込んでいく。 孤独ではないからこそ書ける、二人だけの特別な周波数。
深夜3時のスランプは、彼という唯一のリスナーの声によって、静かに終わりを告げた。

