ボケとツッコミと、震える唇

予選会場の空気は、僕たちの出番が終わった後も、熱を帯びたままだった。 舞台袖に戻った瞬間、僕は膝から崩れ落ちそうになった。それを神崎くんが、当然のような顔をして支えてくれる。

「……見たかよ、あの爆笑。高田、お前やっぱり天才だよ」 「……僕はただ、君の手汗が本当にすごかったから言っただけだよ」 「ははっ、それが最高のアドリブになるんだから、お前は天性の芸人だよ」

神崎くんは上気した顔で僕の髪を乱暴に撫でた。その手の熱が、まだ収まらない興奮を物語っている。けれど、僕たちの勝利ムードを切り裂くように、低い、冷徹な声が響いた。

「——手汗のくだり、あれは『予定調和』の笑いですね。予定外に見せて、実は計算通り。ハガキ職人らしい、小賢しい手法だ」

振り返ると、そこには一組のコンビが立っていた。 一人は、氷のように鋭い目つきをした長身の男。もう一人は、対照的にマスコットのような愛嬌を振りまいている小柄な男。 「……誰?」 僕が問いかける前に、神崎くんの顔つきが変わった。

「……『三連対(スリー・ワイド)』の、一条か」

一条と呼ばれた男は、僕を無視して神崎くんを真っ直ぐに見据えた。 「神崎龍一。生徒会長の『王子様ごっこ』の延長で、漫才グランプリを汚さないでほしい。君の相方は、確かにいいフレーズを書く。でも、それはただの『文字』だ。舞台の上で血が通っていない」

「何だと……?」 神崎くんが僕の前に一歩踏み出し、一条を睨みつける。 「高田の言葉を、文字だなんて決めつけるな。俺たちは、この言葉で繋がってるんだ」

一条は鼻で笑った。 「繋がっている? 馴れ合いの間違いだろう。……高田くんと言ったかな。君、昨日のラジオで僕らのことを『参考になる』と投稿していただろう。光栄だが、君の才能は、その横にいる男に食い潰されている。君の言葉は、もっと孤独であるべきだ」

その言葉は、僕の胸の奥にある、一番触れられたくない場所に触れた。 ハガキ職人は、孤独だからこそ面白いものが書ける。 神崎くんと出会い、温かさを知ってしまった今の僕は、もう「鋭い刃物」ではなくなってしまったのではないか。

「……高田、気にするな。行こうぜ」 神崎くんが僕の腕を引く。けれど、僕の足は少しだけ重くなっていた。

「高校生漫才グランプリ」の公式掲示板には、早くも予選の結果がアップされ始めていた。 1位通過、『三連対』。 2位通過、『砂の惑星と王子様』。

「……負けてる。神崎くん、僕たち、負けてるよ」

「予選だろ? 本番で見返してやればいい。……それより高田、あいつの言ったことなんて忘れてろ。俺は、今のお前の言葉が一番好きなんだ」

神崎くんは僕の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。 けれど、僕は見てしまった。神崎くんが握りしめた拳が、微かに震えているのを。 彼は、僕の「言葉」を守るために、必死で自分を抑えている。

一条の言った「血が通っていない」という言葉。 それは、僕と神崎くんの間に、初めて落とされた小さな、けれど深い影だった。 深夜ラジオのノイズのような不安が、僕の脳内で再び鳴り響き始めていた。