「……高田、手が氷みたいに冷たいぞ」
市民ホールの舞台袖。重い暗幕の裏側で、神崎くんが僕の右手を両手で包み込んだ。 表からは、出番を終えたばかりのコンビへの拍手と、出囃子の賑やかな音楽が漏れ聞こえてくる。
「しょうがないよ。僕の人生には『観客』なんて概念がなかったんだから。いつもはラジオの向こう側に何十万人いたって、僕は一人で部屋にいただけだったんだ」
膝の震えが止まらない。 僕は今、日本中の高校生が目指す『高校生漫才グランプリ』の地区予選の真っ只中にいる。学園の王子様を相方にして、僕が書いた毒にも薬にもならない「深夜の妄想」を披露するために。
「大丈夫だ。お前は何も変えなくていい。いつもの部室で、俺だけに喋ってたみたいに話せばいいんだよ」
神崎くんは僕の手をギュッと握ると、そのまま自分の胸元に引き寄せた。 制服のジャケット越しに、彼の規則正しく、けれど力強い心音が伝わってくる。
「……神崎くん、緊張してないの?」 「してるよ。吐きそうなくらい。でもさ、それ以上にワクワクしてるんだ。お前の面白さを、この会場にいる全員に知らしめてやるのが、楽しみで仕方ない」
彼は不敵に笑うと、僕の耳元に口を寄せた。 「いいか。客を見るな。俺だけを見てろ。……お前の言葉を、一番愛してる俺だけを」
その言葉は、どんな栄養ドリンクよりも僕の細胞を奮い立たせた。 「……傲慢だなぁ。でも、そういう神崎くんに、僕は救われてるのかも」
「『砂の惑星と王子様』。準備をお願いします!」
スタッフの声が響く。 僕たちは顔を見合わせ、深く頷いた。
舞台へと続く数歩の距離。 神崎くんが僕の背中を、強めに、けれど温かく叩いた。 「……行こうぜ、相方」
一歩踏み出すと、眩しいスポットライトが視界を白く染めた。 数秒前までの静寂が嘘のように、何百人もの観客の視線が突き刺さる。 僕は足がすくみそうになったけれど、隣からスッと伸びてきた神崎くんの手が、僕の袖口をわずかに掠めた。
センターマイクの前に立つ。 見慣れた、けれど今までで一番輝いて見えるサンパチマイク。
神崎くんが、いつもの王子様スマイルで客席を見渡した。 「どうもー! 砂の惑星と王子様です!」
彼の声がホールに響き渡る。その堂々とした姿に、僕の恐怖はすっと消えていった。 そうだ、僕には彼がいる。 僕がどんなに低い、誰にも届かないような声を投げても、彼が必ずそれを拾い上げ、色鮮やかな笑いに変えてくれる。
「……あの、神崎くん」 「何だよ、高田。本番中に急に改まって」 「君、王子様って呼ばれてるけど、さっき裏で僕の手、握りすぎて手汗がすごかったよ」
一瞬の静寂のあと、会場がドッと沸いた。 神崎くんが「おい! それは言うなよ!」と、嬉しそうに、そして完璧なタイミングで突っ込む。
僕たちの周波数が、ついに公の電波に乗った。 深夜の部室で磨き上げた僕たちの「愛すべき無駄話」が、今、世界を笑わせ始めていた。
市民ホールの舞台袖。重い暗幕の裏側で、神崎くんが僕の右手を両手で包み込んだ。 表からは、出番を終えたばかりのコンビへの拍手と、出囃子の賑やかな音楽が漏れ聞こえてくる。
「しょうがないよ。僕の人生には『観客』なんて概念がなかったんだから。いつもはラジオの向こう側に何十万人いたって、僕は一人で部屋にいただけだったんだ」
膝の震えが止まらない。 僕は今、日本中の高校生が目指す『高校生漫才グランプリ』の地区予選の真っ只中にいる。学園の王子様を相方にして、僕が書いた毒にも薬にもならない「深夜の妄想」を披露するために。
「大丈夫だ。お前は何も変えなくていい。いつもの部室で、俺だけに喋ってたみたいに話せばいいんだよ」
神崎くんは僕の手をギュッと握ると、そのまま自分の胸元に引き寄せた。 制服のジャケット越しに、彼の規則正しく、けれど力強い心音が伝わってくる。
「……神崎くん、緊張してないの?」 「してるよ。吐きそうなくらい。でもさ、それ以上にワクワクしてるんだ。お前の面白さを、この会場にいる全員に知らしめてやるのが、楽しみで仕方ない」
彼は不敵に笑うと、僕の耳元に口を寄せた。 「いいか。客を見るな。俺だけを見てろ。……お前の言葉を、一番愛してる俺だけを」
その言葉は、どんな栄養ドリンクよりも僕の細胞を奮い立たせた。 「……傲慢だなぁ。でも、そういう神崎くんに、僕は救われてるのかも」
「『砂の惑星と王子様』。準備をお願いします!」
スタッフの声が響く。 僕たちは顔を見合わせ、深く頷いた。
舞台へと続く数歩の距離。 神崎くんが僕の背中を、強めに、けれど温かく叩いた。 「……行こうぜ、相方」
一歩踏み出すと、眩しいスポットライトが視界を白く染めた。 数秒前までの静寂が嘘のように、何百人もの観客の視線が突き刺さる。 僕は足がすくみそうになったけれど、隣からスッと伸びてきた神崎くんの手が、僕の袖口をわずかに掠めた。
センターマイクの前に立つ。 見慣れた、けれど今までで一番輝いて見えるサンパチマイク。
神崎くんが、いつもの王子様スマイルで客席を見渡した。 「どうもー! 砂の惑星と王子様です!」
彼の声がホールに響き渡る。その堂々とした姿に、僕の恐怖はすっと消えていった。 そうだ、僕には彼がいる。 僕がどんなに低い、誰にも届かないような声を投げても、彼が必ずそれを拾い上げ、色鮮やかな笑いに変えてくれる。
「……あの、神崎くん」 「何だよ、高田。本番中に急に改まって」 「君、王子様って呼ばれてるけど、さっき裏で僕の手、握りすぎて手汗がすごかったよ」
一瞬の静寂のあと、会場がドッと沸いた。 神崎くんが「おい! それは言うなよ!」と、嬉しそうに、そして完璧なタイミングで突っ込む。
僕たちの周波数が、ついに公の電波に乗った。 深夜の部室で磨き上げた僕たちの「愛すべき無駄話」が、今、世界を笑わせ始めていた。

