王子様は食欲旺盛!


 北大路(きたおおじ)の家に到着すると、アヤカさんが慌ただしく出ていくところだった。今夜はお友達と某歌手のディナーショーに行くんだって。

 お店での三角巾にエプロンで薄化粧なアヤカさんも素敵だけど、ドレッシーな装いのアヤカさん、すごい綺麗だった……本当にウチのビッグマムと同い年なのか? いや、俺の母さんも着飾ったら案外美人に……いや、無理だな。素材が違いすぎる。

 後片付けをきちんとするという条件でアヤカさんに許しを得て、夕食は北大路家のキッチンを借りて二人で作ることになっている。といっても俺はまだそんなに料理ができるってわけじゃないから、北大路の指示に従って下ごしらえするくらいだ。

 北大路はというと、手際良く揚げ物を揚げたり、炒め物を炒めたり、煮物のアクを取ったり、電子レンジのスペアリブの焼き加減をチェックしたりと一人何役やってんだ? って数えたくなるほどの活躍ぶりだった。


「すげーなぁ、北大路。お前、やっぱ料理の才能あるんじゃね?」


 洗い物をしながら、北大路の洗練された動きを見て、俺は感心の溜息を漏らした。


「鬼講師のせいだよ。冬休みに入ってから、朝と晩は俺に作らせるようになったんだよね。母さん、どんどん俺をこき使うようになってきた気がする……このままじゃ、家事全部押し付けられることになるんじゃないかって、今から怖いよ」


 言葉とは裏腹に、北大路は嬉しそうに微笑んでいた。アヤカさんのおかげで、ずっと焦がれていた家族の温もりを味わうことができたんだろうな、と思うと俺も嬉しかった。


 北大路に、ここに来て良かったと思ってほしい――それが俺の一番の願いだったから。



 唐揚げ、トンカツ、肉野菜炒め、ビーフシチューオムライス、スペアリブ…………これらの料理を平らげて、俺は北大路の味付けは、やっぱり自分好みであるということを再認識した。

 おいおい、イケメン王子に追加で料理上手って属性が付与されてしまったぞ。こいつ、王子様なんて小さい器に収まる奴じゃねーわ。北大路は神、間違いない! 異論は認めてもいいが、こいつを倒してから物申せ!


 さらに北大路は、サプライズまで用意していた。


「お待たせ、約束の品だよ」


 食事を終えて後片付けをするからと言って俺を先に部屋に行かせて、十分ほど経って現れた北大路の手にあったのは――――いつか本を貸した時に俺が食べたいと言っていた、イチゴのケーキ!


「えっ……ええ!? こ、これ作ったのか!? 北大路が!?」

「そうだよ。(みなみ)くんが食べたいって言ってたから、母さんにしばき回されながら練習した。俺の努力の成果、なかなかだと思わない?」


 北大路はいたずらっぽく笑ってみせたけど……いやいやいや、なかなかどころの騒ぎじゃないって!

 クリームの塗り方もイチゴの配置も、何もかもが写真と同じで完璧だ。やばい、涙出そう……!


「北大路ぃぃぃ……お前はやっぱり神だ! 北大路じゃなくて神王子だ!」

「神認定するのは食べてみてからにして?」


 もったいなさすぎて手が出せないと訴える俺に代わり、北大路はさっくりとケーキにナイフを入れて切り分けてくれた。

 うわあ、断面まで芸術的な美しさだぞ……何なら本に載ってたのより綺麗なんじゃねーか?

 畏れ多さに慄きつつも、俺は北大路がフォークで差し出したそれを口に含んだ。

 生クリームの上品な甘さに蕩けかけたところにイチゴの爽やかな酸味が広がり、口腔内に幸せのハーモニーを奏でる。感動のあまり胸が熱くなって、ついでに目頭まで熱くなって、笑顔と共に涙まで溢れてしまった。


「え、南くん、どうしたの?」


 北大路が慌てて俺の隣にやってくる。


「美味すぎてぇぇぇ……! 何だこれ、こんな美味いケーキ食ったことねーよぉぉぉ……ケーキどころか唐揚げも超えたぁぁぁ……今まで食った何よりも美味いよぉぉぉ!」


 泣き笑いで叫び、俺は北大路……いや、神王子をひしと抱いて感謝の意を全身全力で伝えた。


「気に入ってくれた……ってことでいい?」


 北大路が面食らったような声で問い返す。俺はがくがくと頷いて、全力でイエスと答えた。


「当たり前だー! 俺、さっきお前に料理の才能あるっつったけど訂正! さらにお菓子作りの才能あると思う!」

「そ、そう? うーん、じゃ進路変更するよ。本当は母さんのお店を継ぐために料理人を目指そうと思ってたんだけど、パティシエになる。南くん、甘いものも好きだし」


 え、ものっすごい重大なことをあっさり覆しちゃったぞ、こいつ。


「いやいや、俺も北大路はパティシエのが向いてるとは思うけどさ、そんな簡単に決めていいことじゃないだろ。アヤカさんのお店、どうするんだよ」


 俺が詰め寄ると、北大路は事も無げに言い放った。


「南くんが継いでよ。晩ごはん作る手付き見てたけど、南くんはきっと料理上手になるよ。母さんも言ってた」


 俺が、あの店を……って、マジか!?

 いきなりの提案だったけれど、でも悪くないと思った。料理上手になって、俺もいつかは自分がプレゼントしてもらったように北大路が感激するご馳走を……。


 と――――ここで、俺はとんでもないことに気付いた。俺……クリスマスプレゼント、何も用意してない!


 そうだよ、クリスマスっつったらプレゼントじゃん! クリスマスは恋人がサンタになる日じゃん!

 いくら経験がなかったとはいえ、何やってんだ、俺!?


「北大路、ごめん! 俺、プレゼントのことすっかり忘れてた! 明日、一緒に買いに行こう!? 明日はまだクリスマスだ、間に合う!」


 半泣きで手を合わせ、懸命に詫びて訴える俺を見て、北大路は吹き出した。


「何言ってるの? プレゼントなら、ここにあるよ」


 伸びてきた腕が、俺のまんまるボディを絡め取る。そのまま抱き締められてキスされて、夢見心地となってぼんやりした俺の耳から、ケーキより甘い囁きが流し込まれた。


「母さん、泊まりで朝まで帰ってこないって言ったよね? だから今夜は思う存分、南くんを食べるんだ」

「食べっ!? え、ちょ待っ……食べるって何!? もしや性的な意味で!?」


 焦り狂う俺の問いに、北大路は笑顔でこくこく頷いた。

 そういえばアヤカさん、戸締まりをお願いする時、意味ありげな笑みを浮かべて『良いクリスマスを!』なんて俺に言ったけど……まさかアヤカさんもこうなるって知ってたのか!? ドスケベ息子の考えなんてお見通しですよーって!?

 あわあわしてる内に俺は北大路によいしょと立たされ、背後にあったベッドに座らされた――――たかと思ったら、あっさり押し倒された。


「それじゃ、いただきまーす!」


 北大路は絢爛な笑顔で食前の挨拶をすると、宣言通り、俺をとことんまで味わい尽くした。


 ――――俺の王子様は、綺麗な見た目を裏切る大食いだ。しかし恋人に関しては食事以上に、食欲旺盛になるらしい。