冷徹な鬼隊長は、虐げられ女官を独占したがる

 錦蘭は、回廊に面した花窓の前に立ち、満開の牡丹を眺めていた。
 赤く艶やかな花弁が、まるで後宮の女たちの欲と虚栄を映したかのように、風に揺れている。

 ——あんな汚らわしい下界女ごときが。

 胸の奥で、苦いものが渦を巻く。
 雪月の姿が脳裏をかすめた。
 控えめで、つつましくて、男を惑わすような媚びも見せないくせに、なぜか人の目を引く女。
 
 あの冷徹鬼、破魔の視線さえ、さらっていく女。錦蘭は扇をきゅっと握りしめた。悔しくて、悔しくて、握りしめるたびに扇がギチギチと耳障りな音を鳴らす。

「雪月のやつめ……本当に邪魔なのよ」

 錦蘭はずっと雪月のことが嫌いであった。

 ただでさえ数々の妃さえ凌ぐほど美しい容姿を持っていることすら不満であるのに、ときどきまるで、こちらを見透かしたようなことまで言うのだ。

 あまりにも目障りなので錦蘭は大臣である父に雪月を追い出して貰えないかと懇願したが、手元に返ってきたのは「貧民の娘一人、気にする必要無いであろう」という返事の文であった。

 吐き捨てるように言うと、背後に控えていた取り巻きの女官たちが一斉に身を寄せる。

「下界女を少し躾けようとするだけで、あの護衛隊長が出てくるの」
「下級女官を庇うなんて、異常よね」

 後宮では、老若男女問わず順位が全てだ。
 上にいる者が下を踏みにじるのは、鷹が小鳥を狩るぐらい当然のこと。
 それなのに破魔は、あの下界女に対してやけに優しかった。ただの衛兵ならともかく、皇族の血を引く彼が、花天国の最底辺とでも呼ぶべき身分の少女を気にかけているのだ。
 それが、錦蘭には許せなかった。

「破魔様は、冷徹鬼って呼ばれているほど恐ろしい方なのよね?」

 取り巻きの一人が、様子をうかがうように言う。

「そうよ。あの剣で今までどれだけの逆賊を葬ってきたことか」

「ええ。だからこそ……」

 錦蘭は唇を歪めた。

「なおさら、おかしいのよ。あんな女に、情を向けるなんて」

 別の女官が、くすっと小さく笑った。

「きっと、たぶらかしたんですよぉ。夜に破魔様に近づいて色々やったりとか」

 その言葉が、錦蘭の胸に甘く落ちる。
 なんだ、そういうことか。
 どれだけ美しがろうと下界の女であることに変わりはない。思いつく手段だって、たかが知れている。

「下界の女は、男の扱いだけはうまいですからねぇ。泣いて、縋って、同情を誘って……」

 錦蘭の中で、怒りが形を変えた。
 純粋な恨みから、歪んだ支配欲へ。
 使い物にならなくなった玩具への理不尽な感情へと。

「……なるほど」

 女官の一人が、そっと近づき、耳元で囁く。

「そういえば、厨の近くに最近使われていない場所がありましたよね」
「えぇ……あそこ前にトラブルが起きたから、今は立ち入り禁止ではありませんでしたっけ?」

 後宮の裏側。香と絹と笑顔の裏に隠された、女たちの処刑場のような空間がある。かつて、妃が女官を折檻するために使っていた場所だ。

「少し、きつく教えてあげましょう。 “誰が飼い主なのか”を」

 錦蘭の唇が、ゆっくりと弧を描く。
 牡丹の花びらが、一枚、地に落ちた。
 その鮮やかな赤を見下ろしながら、錦蘭は思う。

――後宮という名の檻の中で、雪月を、きちんと“元の場所”に戻してやるだけなのだ。