冷徹な鬼隊長は、虐げられ女官を独占したがる

 取り調べ室を出たあと、雪月は破魔に連れられ、後宮の奥にある静かな庭へと向かった。
 外はすっかり夜だ。
 灯籠の明かりが、淡く石畳を照らしている。
 風が花の香を運び、池の水面に、月が揺れていた。
 夢の中のような光景だった。

「……はま、さま」

 雪月は、小さく声を出した。

「どうして、私のためにここまでしてくださるのでしょうか?」

 破魔は、しばらく黙っていた。
 月を見つめたまま、低く言う。

「……話さなければならないか。……これは俺がずっと、隠してきたことだ」

 その声は、いつもより重かった。

「俺の母は……」

 破魔は、拳を握る。

「先代帝の側妃だった。だが……宮中の争いに巻き込まれてしまって、俺と母は消されそうになってしまった」

「そうだったのですね……」

「刺客に襲われ母は、俺を庇って重症を負った」

 破魔は、静かに言った。

「そのとき懸命に俺の面倒を見てくれたのが、お前の母だ」

「……え?」

 雪月は、思わず声を漏らした。

「あの人は追手から逃れるべく下界へ向かった俺を匿い、命懸けで、看病してくれた」

『むかし母さんは、とある役人の子供を助けてね』

 母の言葉が蘇る。彼女が役人の子だと勘違いしていたのは、どうやら破魔であったらしい。
 きっと、当時破魔が自身の身分を偽ったのであろう。
 
「母がむかし役人の子を助けたと言っていました。破魔様のことだったのですね」

 破魔は、頷いた。

「結局、後宮に残った母は助からなかったが、お前の母が手を差し伸べてくれたおかげで俺だけでも生き残ることができた」

「でも、どうして私が恩人の娘だと分かったのでしょうか?」
「まず衣だな。かつて助けてくれた、あの人も同じものをまとっていた。それから顔。あの人とそっくりだ。なにより俺はあの人から娘がいると聞いていた。帳簿でお前の年齢と出身地を確認してすぐに確信したよ」

 破魔は、ゆっくりと雪月を見る。

「最初は……恩だった。守るべき人の娘という認識だ。それだけであった」

 雪月の胸が、きゅっと鳴る。

「……でも」

 破魔の声が、僅かに揺れた。

「いつの間にか……違っていた。笑う顔を見て、泣く姿を見て、傷つくのを見て、耐えられなくなってしまった」

 破魔の視線が、逸れる。

「気づけば失いたくないと……思うようになっていた」

 きっと、それは『恋』た。
 それは、もう隠しようがなかった。

「……はま、さま……」

 破魔は、深く息を吐いた。

「もう一つある」
「お前の力についてだ」

 雪月は、はっとする。

 ——感情を読む力。

「……あれは」

 破魔は静かに言った。

「“共鳴”と呼ばれるものだ。天花国に、古くから伝わる力」人の魂の揺れを感じ取る力」

 雪月は、目を見開いた。

「……特別な……力……?」


「嘘を見抜き、悪意を察し、真実に近づくための力」

「……母も」

 雪月は、震える声で言う。

「知ってたんでしょうか……」

「……ああ」

 破魔は頷いた。

「だから、後宮に出したのであろう。……共鳴の力は、この国に古くから続く特別な血筋が持つものだ。昔、天花国には、人の心の揺れを感じ取り、嘘や裏切りを見抜く一族がいた。彼らは帝と民の間に立ち、争いを防ぐ役目を担っていたが、その力が強すぎたせいで恐れられ、やがて迫害されて滅びた。生き残った者たちは身分を捨てて下界へ逃げ、正体を隠して生きるようになった」

 雪月の目から、涙が溢れる。

「私の一族にそんな歴史が……」

「共鳴は血によって受け継がれるが、必ず発現するわけではなく、何世代かに一人だけ強く目覚める者が現れる。お前の母も微かにその力を持っていたが、完全に覚醒したのは……お前だけだ。雪月、お前は偶然選ばれたのではない。この国に必要とされて生まれた存在なんだ」

「……私、ずっと悩んできたんです。私という存在に価値はあるのか、産まれてきたこと自体、咎ではなかったのではないかと」

 破魔は、即座に否定した。

「違う。お前は力の有無に限らず俺にとって必要不可欠な存在だ」

 真っ直ぐな言葉。

「……生きてくれて、ここにいてくれて、ありがとう」

 雪月は、涙のまま笑った。

「私……」

 胸の奥が、温かい。

「はまさまのそばに……いたいです」

 初めて、自分の意思で言えた。
 破魔は、少し驚いたように目を瞬かせ。
 そして、小さく微笑んだ。

「……もう離さない」

 破魔が雪月を抱きしめる。
 暖かくて、重くて、もう離れたくないと思わずにはいられない抱擁であった。