冷徹な鬼隊長は、虐げられ女官を独占したがる

 昼下がりの執務室。硯の上で筆を走らせていた破魔は、外の騒がしさにふと顔を上げた。
 廊下を駆ける足音。乱れた呼吸。

 こういうときは、大体事件の予兆だ。
 嫌な予感が、胸をよぎる。

「——隊長!」

 内侍が、戸を開け放って飛び込んできた。

「何事だ」
「雪月殿が……禁域侵入の疑いで、捕縛されました……!」
「……は?」

――刹那、全ての時が止まった。
 思わず耳を疑う。

「雪月は誰が見つけたのだ?」
「監察役です……書庫付近で不審な動きを……」
「馬鹿な」

 思わず、言葉が漏れた。
 硯の横に置いていた文鎮が、指先で軋む。

「雪月が……禁域侵入の罪など犯すわけがないではないか!」

 あり得ない。
 あの娘は、たとえどのような状況に置かれようとも規律だけはしっかりと守る。
 他人に迷惑をかけるくらいなら、自分を犠牲にする。
 そんな性格だ。ずっと雪月を見てきた破魔になら分かる。

「冤罪だ。間違いない!」

 断言するように呟く。

「調査は、どこが主導している」

「内侍省と、錦蘭さまの配下が……」

 その名を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。

「……錦蘭、か」

 あの女か。
 高官の娘である錦蘭を破魔は昔からよく知っていた。
 計算高く狡猾な女。
 笑顔の裏で、何を考えているか分からない。

「雪月は、誰と行動していた」
「証言によれば新人女官が一人……禁域へ案内したと……」
「新人……」

 破魔は、目を伏せた。
 きっと、その女官は利用されたのだ。

「……卑劣だな」

 低く吐き捨てる。
 机を叩きたい衝動を、必死で抑えた。
 今は、怒っている場合ではない。

「調書を持ってこい」
「は?」
「今すぐだ」
「は、はい!」

 内侍が慌てて走り去る。
 破魔は、椅子に深く腰を下ろした。
 額に手を当てる。

「……くそ」

 小さく、悪態をつく。

 ——雪月。

 今頃、どれほど怯えているか。
 想像しただけで胸が締めつけられる。

「……俺が、守ると言っただろ」