冷徹な鬼隊長は、虐げられ女官を独占したがる

 昼下がり。雪月は、薬草を取りに庭へ向かおうとしていた。しかし、廊下の角で、破魔に呼び止められる。

「どこへ行く?」
「え? 庭園へ薬草を取りに……」
「一人で行くな」

 破魔という人間を知らない者にとっては脅しのように聞こえる低く、短い声。

「……え?」
「危険だ。一人で任せられない」

 理由も、それ以上の説明もない。
 ただ、それだけ告げて、破魔は近くの護衛に目配せした。

「俺も同行させろ」
「は、はい……」

 雪月は戸惑いながらも頷いた。

 ——最近、こういうことが増えた。

 一人で外に出ようとすると止められる。
 誰かと話していると、さりげなく割って入られる。彼がなにを考えているのか分からないが、きっと心配をかけているのだろうということだけは、なんとなく分かった。

***

 灯籠の淡い光に照らされた部屋は、夜の静けさに包まれていた。
 薄絹の帳がかすかに揺れ、外から吹き込む風が、ほのかな花の香りを運んでくる。遠くでは夜番の足音が規則正しく響き、後宮は眠りにつこうとしていた。

 その中央で、雪月はひとり、膝を抱えるように座っていた。
 膝の上に重ねた指先は、わずかに震えている。
 深く息を吸い、そっと吐く。
 けれど、胸の奥に溜まった重たいものは、どうしても消えてくれなかった。

 今日も、破魔はほとんど言葉を発しなかった。
 仕事の報告も、必要最低限。
 視線は常に周囲を警戒し、疲労の色を隠そうともしていなかった。
 ――忙しいのに。
 ――毎日疲れているはずなのに。
 それなのに私のために、時間を削っている。

 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
 まるで細い糸で、心臓を縛られたように。
 雪月は、そっと目を伏せた。
 感情を読む力が、否応なく教えてくる。
 破魔の中に渦巻く、焦り。責任感。
 そして、誰にも見せない疲れ。

 ――全部、私のせいだ。

 胸の奥が冷たくなる。

「……迷惑、かけてる……」

 掠れた声が、静かな部屋に溶けた。

 護衛隊長という立場で。
 皇族の血を引いて。
 誰よりも重い責任を背負っている人。

 下界生まれで、なんの後ろ盾もなくて……誇れるものもない私のためにどうしてここまでしてくれるの――

「私って……破魔様にとって足枷なのかな?

 頭の中で浮かんだその言葉に、胸が凍りつく。
 雪月は、ぎゅっと拳を握りしめた。
 爪が掌に食い込み、かすかな痛みが走る。

 ——破魔様と、距離を、置こう。

 これ以上、迷惑をかけないために。
 これ以上、重荷にならないために。
 これ以上、期待して傷つかないために。

 灯籠の光は、変わらず優しく揺れていた。