一緒に掃除をしながら、彼はスキップしそうなくらい上機嫌になる。なんだかこっちが恥ずかしくなるから、そういう表情はやめてほしい。顔に出すぎなんだよ。
僕は気恥ずかしさを隠すため、黙々と床の水拭きに専念する。床はもうかなり綺麗になってきた。
あとは、使った掃除用具を元の場所に片付けるだけだ。
「湊、掃除道具片付け終わったら、購買行かないか?」
「うん」
「この前食った期間限定のチョコレート菓子が美味かったからさ。湊、甘い物好きだろ? 買いに行こうぜ」
すっかり僕の嗜好を把握している月城くんの提案に、小さく頷いた。なぜか月城くんは僕に甘いものをやたらと与えてくる。理由はわからないけど。
それに、今では、僕が月城くんと行動を共にすることは日常になっている。絶対に無理だと思ってたはずなのに、いつの間にか彼と一緒にいることが当たり前になってしまっていた。
それどころか、彼が僕に寄り添ってくれようとしている事実が、単純に嬉しいと感じる。
僕が掃除道具を用具室の上の方の棚に片付けようと、背伸びをして手を伸ばした。その時だった。
ガタン、という大きな音が頭上からしたかと思うと、ドサドサと上に積まれていた何かが一斉に落下してきた。掃除に使う様々な器具と一緒に、古びた金属製の箱のようなものまで混ざっていた。
瞬間的に避けなければと思うのに、恐怖で足がすくんでしまい、身動きが取れない。
「——湊!」
月城くんの切迫した声が響くと同時に、彼の大きな身体が僕を押しのけ、覆い被さってきた。
衝撃と同時に、大きな物音がして、埃が舞い上がる。そのまま床にもつれ込むように倒れ込み、月城くんの腕が僕の頭をガードするように巻き付いたまま、数秒が経った。
「……っつ……」
低く呻くような声が耳元で聞こえて、はっと我に返る。
見れば、月城くんの右手に錆びた工具箱の角が直撃していたらしく、ぱっくりと切れた皮膚から、真っ赤な血が流れ出ている。
「月城くん!」
「へーきへーき。これくらい。しかし危ねえな。湊は? 怪我ねえか?」
「僕は大丈夫だから! 血、血が出てる!」
こんなに血を流しているのに、月城くんはケロっとしていて、自分の怪我より先に僕の心配をしてくれた。
「病院、すぐ行こう!」
動揺のあまり声が震える。なんでこの人はこうなんだ。僕は無傷でいるのに。僕を庇わなければ、月城くんが怪我することなんてなかったはずなのに。
ハンカチで応急処置をしたあと、用具室から飛び出し、彼の左腕を引いて廊下を走る。
その間も、月城くんは「大袈裟だって、湊」なんて呑気に言っている。その余裕が僕をさらに焦らせる。
寮の管理人さんに事情を説明すると、月城くんはすぐさま車で病院へ連れて行かれた。僕も付き添いたかったけど、管理人さんから「君は部屋で休んでなさい」と言われてしまい、しぶしぶ自室へ戻ることになった。
僕にできることは、部屋をピカピカにして彼の帰りを待つことだけだ。
部屋で待っている間、僕の頭の中では、最悪のシナリオばかりが浮かんでは消えた。
もしもあの怪我で、月城くんが大好きなサッカーができなくなったら? 大事なリレーのアンカーもできなくなったら?
原因は、間違いなく僕だ。僕に避ける能力がなかったから。
人に迷惑をかけないために、目立たず平穏に。
最初にそう誓ったはずなのに。結局僕はまた誰かに迷惑をかけてしまった。それも、最もかけたくなかった相手に。
夕方遅くになってようやく月城くんが部屋に帰ってきた。彼の右手には包帯がぐるぐる巻きにされている。
月城くんの明るい顔を見て、思わず涙腺が緩むのを堪えながら「おかえり」と絞り出すように言った。情けない声だったと思う。
月城くんは怪我した手をそっと持ち上げて見せた。
「ただいまー。骨に異常なし。ちょっと深く切ったから軽く縫ったけど、安静にしてればすぐ治るってさ」
「……本当? 後遺症とか……」
「大丈夫。念のため抜糸するまでは部活とか体育は見学だけど、体育祭は間に合うって。あ、でも湊が俺の分までリレー走ってくれるなら、俺はそれでもいいけど」
ふざけて明るく笑う月城くんに、今度こそ涙が溢れた。
「え、嘘、なんで泣くの」
「だって、僕のせいで……僕がもっとちゃんと避けてれば、月城くんが庇わなくて済んだのに」
「なんでそうなるんだ。あれ完全に用具室の管理が悪いせいだろ? 普通は避けられないよ。それに、俺が勝手に庇っただけなんだから。湊は気にすんなって」
「無理だよ。気にするよ……」
反論しながら、自分でも子供じみてると思った。理屈じゃわかっているけど、目の前でケガをされたのだ。怖かった。感情はなかなか整理できない。
だけど彼は呆れることもなく、僕の頭に包帯の巻かれた右手をそっと乗せてきた。
「湊が無事でよかった。俺、もし逆の立場だったら、またやらかしたって、自分を責めて死にたくなってたもん」
「……やっぱり、月城くんは僕と違う生き物だよ」
「どういう意味だ?」
「だって、そこまで他人のために頑張れないよ、僕は」
「頑張ってるんじゃなくて、自然と体が動いただけだし」
彼はこともなげに言って笑った。その言葉の重みに、僕は何も言い返せなかった。
月城くんにとって、誰かのために自分が動くことは、自然で当たり前のことなんだ。
ただ、僕のせいで月城くんに怪我をさせてしまったのは事実だ。せめて彼の傷が癒えるまでは、僕が月城くんをサポートしなければ。
それが僕にできる唯一の償いだから。
僕は気恥ずかしさを隠すため、黙々と床の水拭きに専念する。床はもうかなり綺麗になってきた。
あとは、使った掃除用具を元の場所に片付けるだけだ。
「湊、掃除道具片付け終わったら、購買行かないか?」
「うん」
「この前食った期間限定のチョコレート菓子が美味かったからさ。湊、甘い物好きだろ? 買いに行こうぜ」
すっかり僕の嗜好を把握している月城くんの提案に、小さく頷いた。なぜか月城くんは僕に甘いものをやたらと与えてくる。理由はわからないけど。
それに、今では、僕が月城くんと行動を共にすることは日常になっている。絶対に無理だと思ってたはずなのに、いつの間にか彼と一緒にいることが当たり前になってしまっていた。
それどころか、彼が僕に寄り添ってくれようとしている事実が、単純に嬉しいと感じる。
僕が掃除道具を用具室の上の方の棚に片付けようと、背伸びをして手を伸ばした。その時だった。
ガタン、という大きな音が頭上からしたかと思うと、ドサドサと上に積まれていた何かが一斉に落下してきた。掃除に使う様々な器具と一緒に、古びた金属製の箱のようなものまで混ざっていた。
瞬間的に避けなければと思うのに、恐怖で足がすくんでしまい、身動きが取れない。
「——湊!」
月城くんの切迫した声が響くと同時に、彼の大きな身体が僕を押しのけ、覆い被さってきた。
衝撃と同時に、大きな物音がして、埃が舞い上がる。そのまま床にもつれ込むように倒れ込み、月城くんの腕が僕の頭をガードするように巻き付いたまま、数秒が経った。
「……っつ……」
低く呻くような声が耳元で聞こえて、はっと我に返る。
見れば、月城くんの右手に錆びた工具箱の角が直撃していたらしく、ぱっくりと切れた皮膚から、真っ赤な血が流れ出ている。
「月城くん!」
「へーきへーき。これくらい。しかし危ねえな。湊は? 怪我ねえか?」
「僕は大丈夫だから! 血、血が出てる!」
こんなに血を流しているのに、月城くんはケロっとしていて、自分の怪我より先に僕の心配をしてくれた。
「病院、すぐ行こう!」
動揺のあまり声が震える。なんでこの人はこうなんだ。僕は無傷でいるのに。僕を庇わなければ、月城くんが怪我することなんてなかったはずなのに。
ハンカチで応急処置をしたあと、用具室から飛び出し、彼の左腕を引いて廊下を走る。
その間も、月城くんは「大袈裟だって、湊」なんて呑気に言っている。その余裕が僕をさらに焦らせる。
寮の管理人さんに事情を説明すると、月城くんはすぐさま車で病院へ連れて行かれた。僕も付き添いたかったけど、管理人さんから「君は部屋で休んでなさい」と言われてしまい、しぶしぶ自室へ戻ることになった。
僕にできることは、部屋をピカピカにして彼の帰りを待つことだけだ。
部屋で待っている間、僕の頭の中では、最悪のシナリオばかりが浮かんでは消えた。
もしもあの怪我で、月城くんが大好きなサッカーができなくなったら? 大事なリレーのアンカーもできなくなったら?
原因は、間違いなく僕だ。僕に避ける能力がなかったから。
人に迷惑をかけないために、目立たず平穏に。
最初にそう誓ったはずなのに。結局僕はまた誰かに迷惑をかけてしまった。それも、最もかけたくなかった相手に。
夕方遅くになってようやく月城くんが部屋に帰ってきた。彼の右手には包帯がぐるぐる巻きにされている。
月城くんの明るい顔を見て、思わず涙腺が緩むのを堪えながら「おかえり」と絞り出すように言った。情けない声だったと思う。
月城くんは怪我した手をそっと持ち上げて見せた。
「ただいまー。骨に異常なし。ちょっと深く切ったから軽く縫ったけど、安静にしてればすぐ治るってさ」
「……本当? 後遺症とか……」
「大丈夫。念のため抜糸するまでは部活とか体育は見学だけど、体育祭は間に合うって。あ、でも湊が俺の分までリレー走ってくれるなら、俺はそれでもいいけど」
ふざけて明るく笑う月城くんに、今度こそ涙が溢れた。
「え、嘘、なんで泣くの」
「だって、僕のせいで……僕がもっとちゃんと避けてれば、月城くんが庇わなくて済んだのに」
「なんでそうなるんだ。あれ完全に用具室の管理が悪いせいだろ? 普通は避けられないよ。それに、俺が勝手に庇っただけなんだから。湊は気にすんなって」
「無理だよ。気にするよ……」
反論しながら、自分でも子供じみてると思った。理屈じゃわかっているけど、目の前でケガをされたのだ。怖かった。感情はなかなか整理できない。
だけど彼は呆れることもなく、僕の頭に包帯の巻かれた右手をそっと乗せてきた。
「湊が無事でよかった。俺、もし逆の立場だったら、またやらかしたって、自分を責めて死にたくなってたもん」
「……やっぱり、月城くんは僕と違う生き物だよ」
「どういう意味だ?」
「だって、そこまで他人のために頑張れないよ、僕は」
「頑張ってるんじゃなくて、自然と体が動いただけだし」
彼はこともなげに言って笑った。その言葉の重みに、僕は何も言い返せなかった。
月城くんにとって、誰かのために自分が動くことは、自然で当たり前のことなんだ。
ただ、僕のせいで月城くんに怪我をさせてしまったのは事実だ。せめて彼の傷が癒えるまでは、僕が月城くんをサポートしなければ。
それが僕にできる唯一の償いだから。


