転校初日。
身支度を終えた僕は、教室まで案内してくれるという月城くんと一緒に登校している。月城くんは昨夜の失態を帳消しにしようとしているのか、やけに甲斐甲斐しく僕の世話をしてきた。
「湊、こっちこっち。まず職員室に行くぞ。教科書は全部揃ってるか? 昼休みに購買とか案内してやるからな」
一人だったら、ガチガチに緊張して吐きそうになりながら歩いていたかもしれない。月城くんが横にいるおかげで、少なくとも迷子にはならずに済んでいる。
僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる気遣いはありがたい反面、やっぱり距離が近い。肩がぶつかるかぶつからないかの微妙なラインを、彼はまったく気にせずに歩く。
僕は自分を落ち着かせるため、さり気なく、三センチずつ月城くんから距離をとるように外側にずれていった。けれど離れた分だけ笑顔の月城くんがお喋りをしながら、僕に近寄ってくる。多分無意識だ。
結局、職員室に到着する頃には、僕は月城くんから廊下の端まで追い詰められていた。
職員室で担任の先生と挨拶を済ませ、ホームルームの時間に合わせて教室へ移動する。
月城くんも一緒だった。どうやら同じクラスらしい。
「先生~、湊が慣れるまで俺の近くの席にしてあげて」
「そうか? じゃあ、月城の隣の空き席を白倉の席にするか」
またもや僕を置いてけぼりにして、先生と月城くんの間で話が勝手に進んでいく。
気がつくと僕の席は、月城くんのすぐ隣になっていた。
よりにもよって、窓際の一番明るい席だ。授業中ずっと太陽の光と月城くんの陽キャオーラを浴び続けることになるらしい。干からびてしまうかもしれない。
「よろしくな、湊」
俯いていた頭の上にぽん、と大きな手が乗せられた。
恐る恐る顔を上げれば、ニコニコした月城くんが、当たり前のように僕の頭を撫でている。
まるでペットか弟でも可愛がるかのような気安い仕草に、僕の全身は氷漬けにされたかのように、ピシリと固まった。心臓だけが早鐘を打つ。
きまずくならずにこの手を払いのけるにはどうすればいいだろう、と僕の頭が真っ白になっているうちに、彼の手はそっと離れていった。
月城くんは、僕を見つめながら、「やっと顔あげたな」とだけ言って、目を細めて嬉しそうに笑っていた。
***
「よーし、体育祭の種目決めていくぞー」
教壇に立った体育委員の岡崎くんという人の掛け声で、ざわめきが一気に大きくなる。この学校の体育祭は秋の十月。前の学校は春にやったから、僕はこれで二回目だ。
転校早々、一年に二度も体育祭を経験する羽目になるなんて、まったくツイていない。
「湊、ラッキーじゃん。一年に二回も体育祭できるなんて、お得だよな」
隣の席から、無邪気な声が降ってくる。月城くんは本気でそう思っているのだろう。純粋な羨望の眼差しを向けられて、僕は曖昧に苦笑いするしかなかった。
彼には、体育祭のようなイベントが憂鬱に感じる人がいるなんて概念、一ミリもないんだろう。
「航、お前は八百メートルリレーのアンカーやれよ」
「おう、任せとけ!」
体育委員の岡崎くんと交わされるやりとりを聞いて、やっぱりな、と思う。月城くんは運動神経も良いらしいし、性格も明るい。リーダータイプの彼は、華のあるエース扱いなのだろう。納得だ。
次々と埋まっていく種目に、僕は内心頭を抱えていた。
できれば一人で淡々と走るだけで終わるものがよかったけど、走るだけの種目はリレーしかない。あまり注目されずに済む、控えめな種目がいいのに、なんだかやたらと誰かと協力しなければいけないやつが多い気がする。
「湊。お前どうすんの?」
「えっ、まだ考えてる」
「早く決めて主張しないと、やりたくない種目になっちゃうぞ」
月城くんに急かされ、ますます焦る。すると体育委員の岡崎くんが割り込んできた。
「白倉は、前の学校のとき何に出たんだ?」
「……えっと、リレー、だけど」
「もしかして、足速い?」
周りの数人も会話に入ってきた。好奇心旺盛な視線が向けられ、身体が萎縮する。
ここで「実は速いんだ!」と堂々と言える厚顔さがあれば、どれだけ楽だろう。
「いや、たまたまなっただけで、僕走るの苦手で、すごく遅くて。前の学校でもミスして僕のせいで最後負けちゃったし……」
「え、マジか? そりゃ災難だったな。ドンマイ」
ヘラヘラしながら、何でもないことみたいに自虐的に言えば、みんな信じてくれたみたいだ。僕は心底ほっとする。
別に嘘はついていない。僕のせいで負けたのも事実だ。僕がバトンをつなぐことができなかったから。一瞬だけ胸がキリっと痛む。
安心したのも束の間、岡崎くんが「じゃあ」と提案してきた。
「二人三脚はどうだ? ペアになったらフォローもしやすいし、楽しそうじゃないか?」
「え゙」
二人三脚なんて、最悪の選択肢の一つじゃないか。絶対にムリだ。
僕はとりあえず、全力で首をブンブンブンと横に振った。それでもなお勧めてくる岡崎くんに対し、月城くんがすかさず割って入ってくれた。
「おいコラ、岡崎。嫌がってる奴に無理矢理やらせんなよな。それなら、自分のペースでできる障害物競走とかの方がまだ湊に合ってるんじゃないか?」
「そうか? おっけ! 白倉、それでいいか?」
「う、うん……」
月城くんが抗議してくれたおかげで、僕の担当種目は比較的安全なもので確定した。
正直、障害物競走だって本当は嫌だけど、他人と身体を密着させないといけない二人三脚より、遥かにマシだ。
それにしても月城くんはスゴい。自分の意見をハッキリと主張できて、しかも空気を悪くさせず、周りも納得させてしまう。
これが陽キャ特有のカリスマ性というものだろうか。僕には一生持てないスキルだ。
そのあと、リレーメンバーの補欠が必要になったときに、どういうわけか僕が指名された。
「白倉も一緒にやろうよ」と岡崎くんに言われてしまい、断る隙もなく決定してしまった。さっきからやたらと岡崎くんに絡まれてる気がする。転校生だから気をつかわれてるのだろうか。
「お、白倉もリレー出るのか。よろしくな」
後ろの席から声をかけられて振り向くと、昨日寮の食堂で会った、月城くんの幼馴染みの佐々木くんが意味深な笑みを浮かべていた。
彼も同じクラスだったんだ、と今更気づく。どうやら佐々木くんもリレーメンバーに決まったらしい。
「いや、僕は障害物競争で。リレーは補欠だから!」
慌てて訂正の言葉を挟んでいると、佐々木くんと僕のやりとりに月城くんが無理やり割り込んできた。
「湊。もし俺が怪我したりしたら、代わりに頼むな」
「絶対無理だから、絶対怪我しないで」
冗談なのか本気なのか分からない軽口を叩く月城くんに、即行で否定して、ビクビクしながら縋るような視線を送る。
すると、月城くんは僕に視線を合わせながら楽しそうに笑って、なぜかまた僕の頭を撫でてきた。


