あさきゆめ

こちらの兵力は97000。向こうの兵力は115000。
向こうもかなり兵力を損耗したようだが、それでもさすがに大きな国なだけあって、こちらと拮抗するだけの兵士を揃えたようだ。

加えて、傭兵として、向こうの軍勢には別動隊として勇者と冒険者の一団5000がいた。

カーリャ軍は高位の魔術を扱える私たちを前に、王城に籠るという愚を犯さず、王都手前の平原に陣取った。
籠城戦じゃ向こうにはまず勝ち目がなかったところだ。

敵軍の勇者の軍勢が最前線に先行して陣取り、その後ろにカーリャ軍が布陣する陣取り。
それに対してこちらは私の軍勢が勇者の軍勢に対抗して陣取り、後ろにサクロの軍勢があり、左翼に魔族の軍勢、右翼にネフィリムの軍勢を据えた。

勇者が戦場に一人で立って、何事か叫んだあと、魔術を発動する。
空が少し暗くなる。太陽の光度が若干鈍る。
第四位階アディシェス級魔術。
太陽の熱度を集約して、敵を火で焼く魔術。前衛にいたグールたちが発火を始め、悲鳴が木霊する。
一度に数百の敵を焼く、戦術的価値のある位階の魔術。これは素晴らしい。
敵軍からは歓声が上がり、私たちの軍からは嘲笑が上がった。

人間が魔術で私たちと対抗するとは、という、小ばかにしたような笑い。

私はむしろ相手に敬意を持っていた。人の身で第四位階の魔術にまで到達するなどそう無い事案。
太陽の光を操作する魔術を人間が扱えるのだ。素晴らしい魔術的素養だ。いったいどれほどの才能と研鑽があれば、百年足らずの時間しかない人間にこれほどの魔術を扱えるのか、私は少し嫉妬した。

仮にこれが百年前の大戦争の折でも、かなり上位レベルの勇者であると言えた。


仲間に欲しい、と思った。まぁそれは彼が運良く生きていれば、の話であるけれど。

私はグールたちを下がらせて、勇者と同じように戦場に出た。
味方からは歓声が上がる。

魔術の代名詞であるエルヨの魔術を、彼に先達として見せてあげようと考え、とっておきの魔術を使用した。

「日音」魔術の表題を述べる。
太陽が黒くなった。全地が夜のように暗くなる。太陽の光源の完全なる集約。熱が遮断され、身が凍えるように寒くなる。

昼なのに、月が輝く。太陽の光のように赤い。太陽の熱エネルギーを宇宙に放出し、逃がしていく。地上は急速に冷えていった。

昼間に強制的に冷たい夜を来たらせる魔術。人間の精神の動揺を引き起こす、第九位階魔術で最も初期に覚える魔術だった。

「法音」さらに別の魔術の表題を述べる。
人間の軍勢からはどよめきと悲鳴が上がった。人間の心の支配。この魔術の神聖言語の韻文は、人間の精神に恒久的な障害を引き起こす。

重度の幻聴と軽度の幻視。太陽の光が消え、月が真昼に出現するという状況は、人の精神を動揺させ、催眠作用的に幻覚を強めやすい状態にさせる。

急速に冷えていく地上の熱。心にも恐怖が増え、身体のうちからも外からも体温が奪われていく。耳を塞いでも聞こえる幻が彼らを襲う。それは彼らには奇怪な事態に違いない。視覚と聴覚が異常を来しているのに、戦えるだろうか?

これはそもそも人に耐えられる部類の魔術ではない。

第九位階アイアツブス級の魔術。生物の精神の支配。

幻覚に耐性のあるF4以上のグールなら、まぁだいたい耐えられるが、耳を塞いでも、目をつぶっても聞こえ、見える幻に、普通の人間が耐えられるはずはなかった。


彼らの目には隣にいる戦友すら化け物のように見え、何もない空間にすら敵がいるように聞こえるのだから。

私はグールたちを前進させた。それだけで人間のものとは思えないような、恐慌状態になったカーリャ軍から悲鳴や怒声が上がった。
完全に向こうは混乱を来していて、身を伏せて耳を塞ぐもの、剣を闇雲に振り回すもの、逃走するもの、逆に突進してくるもの、まったく統制の取れていない様子で、意味不明な行動をとっていた。

「気の毒に」と隣に控えている不死者のミエルが言う。
「人間をあまりいぢめちゃ駄目ですよー」さらに配下の不死者のイエルが本当に同情しているように言った。

私はそれらの言葉に返す。
「この魔術で幻覚が見えるようになった人間は、魔術を解除した後も中程度の精神異常が後遺症として残ったまま、生涯生きていくの」と私はころころ笑いながら言った。

「うわー、かわいそう」とイエルとミエルは同時に言った。

まぁだから、精神の安定のために私たちの血を求めるようになる、という魔術なんだけどね。

三軍も同時に前進するが、大してろくに交戦もせずに、敵軍は勝手に逃げて行った。すごくむなしいような、そんな王都決戦だった。



16

王都はろくに守備兵が残っておらず、魔術で簡単に城門を破壊すると、すぐに講和を求める使者が来た。
講和の使者は、初戦に三軍が対戦したという、第一王子のクリスだった。
クリスは代表者に面会を求めてきたが、代表者は表向き魔王であるサクロであるので、サクロに交渉を任せることにした。

条件の内容の吟味と、その条件を飲むか飲まないかまで、サクロに一任した。


やがて帰ってきたサクロから、向こうが提示した講和の提案の内容を聞いた。

1,講和のために、カーリャとその同盟は魔族に対する侵略の意図を改め、謝罪し、魔族の生存権と生存する領域を認め、承認する。
2,そのための誠意として、カーリャは賠償金40兆シェケルを五年の間に支払う。
3,魔族側は「人間の生存権の承認と生存する領域」を認め、今後カーリャに侵略しない。
4,両国に平和のための大使を置く。
5,「魔族と人間の共生」のために、聖王国の住民の安全を保護することを決意したことを、称賛し、承認する。
6、両国の間に通商の道を開く。

という内容らしい。サクロ曰く、賠償金を取れた上に、こちらの支配領域をすべて承認したのだから、断る理由はない、とのことだった。

まぁ今後カーリャを襲わないという縛りは気に入らなかったが、賠償の金貨が手に入るし、まぁいいか、ということになった。

賠償金は私たちの四つの軍勢で仲良く四割することにした。
それぞれ十兆シェケルずつもらう運びで、それぞれがそれぞれの支配地域の発展と軍備増強を行おう、ということでまとまった。

これで周辺に敵対国はなくなり、海の向こうからでしか攻めてくるような勢力はなくなった。

つまりしばしの平安が手に入ったわけだ。
私たちの軍勢は聖王国へ戻ると、軍勢をそれぞれの支配領域に戻し、帰路についた。


17

二つの第九位階魔術を使った私は疲れ果て、六年ほど眠った。
夜の城の夜は晴れない。
夜明けを待つ。この城。
いつか輝ける朝を待つという、二人の約束。

寝ぼけた頭で、昔の記憶を思い出していた。いつほど昔かもわからない遠い日の出来事。
顔も覚えてないものが言う。

「どうしてこの世界は、夜のように暗いのでしょう。人々は殺し合い、ネフィリムは互いを食らい、エルヨはその両方を餌食にする。誰かがこの世界を平定し調停して、恒久的な平和をもたらさなければならない」

別の誰かが言う。
「わたしはこの城で、その夜明けを待つ。私には信じている者がいる。彼女なら平和をもたらして、世界の夜を晴らしてくれるでしょう。私はこの城の時間を止める。いつか世界を征服したら、この城の時間は再び動き出すだろう。時間よ止まれ。サリエル、信じてるから。お願い、時間よ止まれ」

そうしてこの城は永遠に夜のまま時間が止まった。
第十位階魔術。この世界に恒久的に不変の変更を行う魔術。
その代償に誰かは死んだ。

彼女は何を信じて、なんのためにこの城の時間を止めたのだろう。

おかげで不死ぞろいの私たちエルヨの中でも、飛び切りに私たち夜の城の眷属は不老だった。

「世界征服なんて、できるわけないでしょう…」わたしは記憶の中の誰かに文句を言う。

もう何十回。何百回とその企てを試みたことか。最近では「彼女」は私のことではなく、私は「彼女」にバトンを渡すための、征服の先触れではないかと思っていた。

エルヨの預言にも、世界征服をおこなうエルヨに関する預言がある。古い預言だ。その王は世界を征服しつくし、やがて恒久の平和を築くとあるが、彼の前には彼の登場の先触れとなる、幾人かの有力なエルヨが登場するとある。

私が該当するとしてもせいぜい先触れ的存在なんじゃないだろうかと、長い時間の中で考えていた。

だって私には限界がある。エルヨの中でも古い世代に入る私でも、自分の能力の限界は把握していた。

魔術は公式には第十位階までしか存在しないが、それ以上の位階になると神域と呼ばれる領域の魔術になる。私は第十位階までなら死なずに行使できるが、それでもそれ以上の魔術は覚えることができなかった。
単純に魔力が足りないのだ。第九位階でも消耗が激しいほど。

そして極度に魔力を消費すると、充電期間が必要となり、長い睡眠が必要になる。そんな欠点のある私に世界征服などできるとは思えない。

だから、私ではなく、別の誰かが本当の「魔王」になって、世界を征服することを期待するようになっていた。

もう何十人の「魔王」を立てたかも覚えていない。それらももう死んでしまった。

ルキフグスは私の両親がどこからか引き取ったエルヨの子だ。彼女は私を支えるように教育されていたが、私たちは友人のような付き合いのままずっと過ごしてきた。

ーーーーーいつかこの夜の城を、美しい朝の光で染めようよ。そうなったら、うん、きっと楽しいよ!

昔のルキフグスの姿が思い起こされる。あれほど美しい笑顔があるだろうかと思った。あれほど柔らかい笑顔が。

私たちはもう、幾度の征服に疲れ、飽き飽きし、昔の輝きをとうの昔に失っていた。

わたしは一瞬、この長い終わりのない夜の時間の重さに、押しつぶされそうになって、胸が潰れるほど苦しくなった。いっそ気が狂ってしまいたい。そうでなければ…。

「サリエル、どうしたの?」

部屋の隅のソファに彼女がいることに初めて気づいた。ああ、いつも起きた時にいるのに、そんなことも忘れるほど、私は邂逅に思いを馳せすぎていたのか。

彼女は冷めきったような、青ざめた頬を向ける。


いつからだろう、赤く紅潮していた彼女の頬が青くなったのは。

「砦の建設が半ばまで終わりました。12個の砦のうち六つ。現在は三つ更に建築中です。それから…どうしました? サリエル?」

感傷に浸っていた私は、彼女の言葉に首を振る。

「何でもない。続けて?」


ルキフグスは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔を繕って言う。
「砦街を中心に城下の街は発展しています。北側は放牧地、南側は奴隷たちによって農業、特に芋を中心に生産しています。森林の開拓も進み、材木は砦街の住宅の建築資材として活用しています」

ルキフグスはそう言うと、一気にしゃべって息が上がったのか、ふう、と息をついた。

私はゆっくりでいいよ、と言いながら、「私たちのグールの数はどうなったの?」と聞いた。

ルキフグスはお茶を飲んでから言う。
「三軍に貸し出している85000体のうち、六年の間に48000体が返却されました。加えてもともと城にいた成人したグールたちと、増加分を含めて、現在私たちの領域には成人した72000体ほどのグールが暮らしています。これに未成人のグール、奴隷等を含めると、私たちの領域の総人口は77500人ほどです。まだ食料自給率は三十パーセントほどで、足りない分は城の財宝庫から賄って、聖王国やカーリャから輸入しています。当然生活のためのなにもかもが足りないので、それらも輸入に頼っています。その内織物の機械でも導入しようかと思っているところです」

生産性のなさが課題か。人間から奪った衣服や武具などを使っていても、古びるし数が増えれば供給が間に合わなくなる。
戦備えは高度な技術と設備が必要なため、輸入品に頼らざるを得ないが、簡単な普段着などの衣服は、確かに自家生産したほうがいいかもしれない。


私は頷いて言う。