起き上がると、ルキフグスが部屋の隅のソファで座って、何かつぶやいていた。私に気づくと呟きをやめる。
こちらを見ると、笑みを作って言った。
「おはようございます、サリエル。今回はお目覚めが早いですね。まだ半年も経っていません」
半年……力がみなぎっているときの睡眠周期は三日で目覚める。逆に弱っているときは何百年でも眠る。だいぶ充電されてきたということだろうか。
私は笑顔を返して言う。
「おはよう。今の状況はどんな状況?」
「アドカヤの領国範囲のうち、集落群の半ばは占拠した模様です。アドカヤの州都であるロアンにも攻撃を仕掛けていますが、難航している模様です」
私は少しがっかりした。
「サクロたちは都市一つ落とせないの? どういう事情なのかな?」
ルキフグスは考えるそぶりをして、言った。
「サクロの魔王軍の編成は、十個の大隊からなっています。あなたの指示通り、サクロとサクロの幹部九名に、それぞれ千体のグールをつけて、指揮統制をサクロに任せてあります。一万のグールと10人の不死者、という軍構成ですが、さすがにアドカヤ全土を占領し続けるには数が足りないようです。ロアン攻略にも、三個大隊を振り分けるのがやっとで、そこに敵の死に物狂いの反抗が加わって、現在の苦戦している状況を醸成している模様です」
ルキフグスはサクロをかばう様にそう言った。まぁ確かに、アドカヤ攻略には百七十年前もこの二十倍以上の数で挑んでいるから、無茶を言っていると言えば言っているのだった。
ルキフグスはさらに続ける。
「加えて聖王国の王が、各領国から兵を募って、魔王討伐の軍勢を編成中とのことで、ロアンを早く落とさないとちょっとやばいです」
私はため息を吐く。
「いま城に残っているグールの数は?」
「新たに生産したグールと合わせて、二千体…ほどかな?」
私はベッドから起きて、クローゼットから着替えを出しながらルキフグスに言う。
「それらのグールを武装させて。私が応援に出るから」
ルキフグスはソファから立ち上がり「了解でーす」というと、部屋を出ていった。
ついでにわたし直属の不死者七名も呼んで、と私は伝えた。万が一出陣中に眠ってしまったら、寝首をかかれかねないと思って、私の護衛のために不死者が必要だと思った。
ルキフグスは城の防衛担当だし、あまり外に出たがらないので、残していく。
起きたばかりで体が運動を欲していたし、久々に自分の魔力の底を測る必要があった。百年前が全盛期として、今どの程度戦えるのか、自分で見極める必要もあったのだ。
夜の城を囲む森を抜けて、人間世界へ至る森の切れ目から初期に奪取した砦に到り、ロアンへと続く街道を渡って、ロアンの街に近づくと、地響きと轟音が聞こえてきた。
人間の軍勢が崩れた城壁から溢れて、グールたちと交戦している。
まだ崩されていない城壁からは人間の兵が弓矢をグールたちに向けてはなっており、時折聞こえる大砲の音、魔王軍からの魔術による応戦、人間の兵と騎兵に群がるグールたちの姿が見て取れた。
グールと人間は見た目の区別はつかないが、服の色によって一目でわかった。服装は統一していないが、カラーは統一していた。鮮血をあらわす赤。赤で染め上げること。なので、ロアンの軍勢と魔王軍の判別は一目瞭然だった。
私は遠目にロアンを見渡す少し小高い丘に立って、魔術の行使に入る。
心臓に高める感情のうねり。魔力は血に宿る。唇を食む。
血がにじむ。唇。ドクドク。高鳴っている心臓の鼓動が五月蠅い。魔術の行使には血を流さなければならない。
「か……」一声を発した。魔力のこもった特殊な言葉。感情を言語化して音にする。
ドクドク。心臓が脈打つ。唇から血が流れる。生命の水。赤い血液。血が流れる。魔力の奔流。波打つ風。血の流出。
「火音」魔術の表題を述べると、神聖言語による詠唱の開始を始める。神聖言語の内容は現在伝わっていないが、発音だけはエルヨに継承されているので、発話することができた。
その瞬間空気中の酸素が燃焼して空間が一瞬光に満ちた。
上空を飛んでいるカラスの群れが鳴いている。
「カー、カー、かー、おー、ん」
そう言って羽ばたくことを止めて一羽が墜落していく。
人間の軍勢と、まだ若いグールたちの動きが止まる。苦しそうに首を掻きむしっている。まだ上空に残っているカラスの群れが鳴く。
「カーオー、ン。カー、カー、オー、ン」
感情が空間を伝染し、言葉が伝わっていく。火音。焼き尽くすだけの魔術。カラスが一羽のこらず地面に墜落していく。命が果てる。それと、人間たちが失神していくのはだいたい同じくらいのころ合いだった。
街のどこかから火の手が上がって、すぐに消える。空間の燃焼。気温の上昇。木々は表面が焼け付く。人間の表皮は軽いやけどで赤くなる。酸素は蒸発。
少し暑い。
無呼吸できないものは十分と持たずに失神する。
誰も声を出せない。呼吸ができる状態ではないからだ。
これは物質的燃焼ではない。現象における非科学的燃焼。その作用は燃やすという作用の作動。
それが先行しすぎて酸素が消失してしまった結果、何も燃えない状態が始まる。
破裂しない大砲の砲弾が、砲弾の重々しい重量と共に地面に落下。滑稽な光景。火矢についていた火も消えていく。灯が消える。光の減少。夕刻の街は空より暗い暗闇に染まった。
失神しきれなかった人間たちが荒い呼吸をしながら地べたを転げまわっている。かきむしる首からは出血しているものもいる。このままではみな死ぬ。
私は唇の血をぬぐって、魔術の詠唱を止めた。
神聖言語による不可思議な調律。なにを意味している言葉なのか、もはや誰もわからない言語。音だけになったその言葉を、吐くのをやめた。
空気の燃焼が終わり、急速に新しい空気が入ってくる。
地球上の大気を燃やし尽くせるわけではない。せいぜい都市部とその近郊程度の範囲だ。燃やし尽くした範囲の外側から、また新しい空気が入ってきた。
しかしすでに三分が経過。酸素濃度が回復するのにさらに四分。人間には絶望的な時間で、仮に仮死状態で生き残っても現在の戦闘は困難だろう。突然の無酸素状態は、人間をショック死させることすらあった。
F5以上のグールなら無呼吸でも三十分は生存できるし、これでロアンの軍勢は動けず、こちらの軍勢は動ける状態を作り出した。
わたしと私のグールたちは、サクロたちの軍勢と合流し、失神して倒れたり、呼吸不全で亡くなった人々のいるロアンの街へ入った。
完全に密閉した建物の中にいる人は運よく助かっても、外にいる人々やロアンの軍勢は、ほぼ死亡していた。
なので、グールに志願する人々や、都市の生産活動にたずさわる人々がほとんど得られないだろうが、聖王国の軍勢が来る前に決着する必要があったから、仕方がない、と私は思った。
人は得られなくても町はまるまる残ったのだから。まだまし。
グールたちがロアンの州庁舎に入って私たちの旗を掲げる。
本当に誰かの血で染め上げた赤い布地に、斜めに交差した二匹の蛇。
それが私たちの支配をあらわす旗だった。
6
アドカヤの州都ロアンには、およそ三千二百億シェケル分の金塊が、ロアンの家々や公共施設に眠っていた。
人口70万人ほどのロアンの人口は、私たちの軍勢が占拠したころには六万人にまで減少していた。多くが酸欠による死。
これは私の魔術による災厄なのだけれど、人間たちには何が起こったかわかっていないようだった。
私たちにはそれが私の魔術によるものだと分かっていたけれど、別段、それを教えるつもりはなかった。
だから人間たちの間では、私たちが疫病を運んできた、とか、毒のガスを撒いたのだ、とか、噂が飛び交ったらしいけれど、それに対しても特に回答しなかったし、反応しなかった。
まず私たちがすべきことは人間の移動の制限だった。
勝手に他所に移られては、ロアンの街の機能が維持できないし、恐慌が伝わって、すんでのところで維持している、他の集落の村々にまで、逃走するものが出ては面倒だった。
そのため、サクロにアドカヤ全体に通達を出させた。
1,反抗しない限り支配者とその軍勢は、アドカヤの民に危害を加えず、また他の国からの暴力からも守る。
2,五年間アドカヤの復興のため税の取り立てを行わない。
3,アドカヤの復興のため、復興支援金を出すこと。これはアドカヤに住む全ての民に、五十万シェケルを支給すること。
4,支配者とその軍勢に参加を希望するものは、喜んで歓迎すること。また強制的な徴兵は、絶対に行わないこと。
以上のことをサクロにロアンで宣誓させた。
五年間無課税として、さらに五十万シェケル支給という完全な人気取り政策だったが、お金をもらって実際嬉しくない人などいないだろう。
アドカヤの民の警戒を解くために、必要なことだった。
また細かい取り決めとして、ロアンに移住するものへ、無償で家を与えることと、追加で移住支援のためにさらに五十万シェケル支給することを決めた。
財源はすべてロアンで略奪した金塊から出した。
アドカヤはロアン一極集中型の地域で、ロアンを除くアドカヤ全体の人口は30万人ほどしかいない。
それらの人々は集落に住んで農業を営んでいるのだけど、ロアンの人口が急減したので、その家々を維持するのに人手が必要で、移住者を募った。
まず復興支援金、移住支援金関連で、2800億シェケルの金貨が消えた。
次に「魔族の生存領域の確保と人間の共生」を名目に、夜の城とその広大な森林地区、禁足地を含むアドカヤ全体の独立を定めた。
その代表として、「魔族たちの議会とその君主」として、サクロと不死者たちを代表に据え、夜明けの国、を意味する明国を国名とした。
首都はロアンで、その政府はサクロとその配下の不死者たちによるのが表向きだが、何かあれば夜の城の私とルキフグスで対処する、という感じでいた。
ちなみに私はとうの昔に死んだことが通説になっているので、悪名もやばいので、そのまま死んだことにしている。
人間の過度な警戒心を呼び覚まして、無数の軍勢で攻め込まれては困るからだ。
そもそもの大義名分は、「夜の城まで追い込まれた不死者たちが、人間の暴力と簒奪に耐えかねて」挙兵したというものだから、「私が侵略したいから」挙兵したという「真実」は都合が悪いのだ。
アドカヤの独立の宣言は、すぐに人間世界からの反応があった。
聖王国はアドカヤ独立の承認を当然拒否し、すぐさま宣戦布告してきた。
それどころかその同盟国である神鷹国もその戦争を支援すると明言してきた。
夜の城を含む私たちの生存権を根こそぎ奪う、という感じに。
そのさんざん並べられた罵詈雑言の通達を私は読む気はなく、いま侵攻されても面倒くさいので、私は先に聖王国に攻め込むことにした。
といっても軍勢を引き連れて一戦やりあうわけではない。
単純に魔術をしかけて、敵国の侵攻を妨害するだけだ。
魔術は基本的に個人技で、隠れたところから国家へ災厄をもたらす類のものが本来の姿だ。
私は七名の私が血を分けた直属の不死者を引き連れて、聖王国の南部の都市へ潜入することにした。
7
聖王国南部、クロワという領国の、州都ビアに私たちは入っていた。
正確には門前の検閲で止められたのだが、不死者たちが守衛の兵士たちを殺し、いまその増援と交戦している状態だ。
不死者たちは通常の人間とは動く速度が違う。力も、身体の耐久性も違えば、中位の魔術も使える。
端的に言えば、人間の一般兵など相手にもならない。
七人の不死者にみるみる殺されていくビアの兵士たち。
私はそれを後ろに見ながら、ビアの都市の中に潜入していた。
街の中は城門の付近は混乱していたが、中心部まで来ると、何事もないように人々が生活を営んでいる。それに対して兵士たちの動きだけが慌ただしい。
こちらを見ると、笑みを作って言った。
「おはようございます、サリエル。今回はお目覚めが早いですね。まだ半年も経っていません」
半年……力がみなぎっているときの睡眠周期は三日で目覚める。逆に弱っているときは何百年でも眠る。だいぶ充電されてきたということだろうか。
私は笑顔を返して言う。
「おはよう。今の状況はどんな状況?」
「アドカヤの領国範囲のうち、集落群の半ばは占拠した模様です。アドカヤの州都であるロアンにも攻撃を仕掛けていますが、難航している模様です」
私は少しがっかりした。
「サクロたちは都市一つ落とせないの? どういう事情なのかな?」
ルキフグスは考えるそぶりをして、言った。
「サクロの魔王軍の編成は、十個の大隊からなっています。あなたの指示通り、サクロとサクロの幹部九名に、それぞれ千体のグールをつけて、指揮統制をサクロに任せてあります。一万のグールと10人の不死者、という軍構成ですが、さすがにアドカヤ全土を占領し続けるには数が足りないようです。ロアン攻略にも、三個大隊を振り分けるのがやっとで、そこに敵の死に物狂いの反抗が加わって、現在の苦戦している状況を醸成している模様です」
ルキフグスはサクロをかばう様にそう言った。まぁ確かに、アドカヤ攻略には百七十年前もこの二十倍以上の数で挑んでいるから、無茶を言っていると言えば言っているのだった。
ルキフグスはさらに続ける。
「加えて聖王国の王が、各領国から兵を募って、魔王討伐の軍勢を編成中とのことで、ロアンを早く落とさないとちょっとやばいです」
私はため息を吐く。
「いま城に残っているグールの数は?」
「新たに生産したグールと合わせて、二千体…ほどかな?」
私はベッドから起きて、クローゼットから着替えを出しながらルキフグスに言う。
「それらのグールを武装させて。私が応援に出るから」
ルキフグスはソファから立ち上がり「了解でーす」というと、部屋を出ていった。
ついでにわたし直属の不死者七名も呼んで、と私は伝えた。万が一出陣中に眠ってしまったら、寝首をかかれかねないと思って、私の護衛のために不死者が必要だと思った。
ルキフグスは城の防衛担当だし、あまり外に出たがらないので、残していく。
起きたばかりで体が運動を欲していたし、久々に自分の魔力の底を測る必要があった。百年前が全盛期として、今どの程度戦えるのか、自分で見極める必要もあったのだ。
夜の城を囲む森を抜けて、人間世界へ至る森の切れ目から初期に奪取した砦に到り、ロアンへと続く街道を渡って、ロアンの街に近づくと、地響きと轟音が聞こえてきた。
人間の軍勢が崩れた城壁から溢れて、グールたちと交戦している。
まだ崩されていない城壁からは人間の兵が弓矢をグールたちに向けてはなっており、時折聞こえる大砲の音、魔王軍からの魔術による応戦、人間の兵と騎兵に群がるグールたちの姿が見て取れた。
グールと人間は見た目の区別はつかないが、服の色によって一目でわかった。服装は統一していないが、カラーは統一していた。鮮血をあらわす赤。赤で染め上げること。なので、ロアンの軍勢と魔王軍の判別は一目瞭然だった。
私は遠目にロアンを見渡す少し小高い丘に立って、魔術の行使に入る。
心臓に高める感情のうねり。魔力は血に宿る。唇を食む。
血がにじむ。唇。ドクドク。高鳴っている心臓の鼓動が五月蠅い。魔術の行使には血を流さなければならない。
「か……」一声を発した。魔力のこもった特殊な言葉。感情を言語化して音にする。
ドクドク。心臓が脈打つ。唇から血が流れる。生命の水。赤い血液。血が流れる。魔力の奔流。波打つ風。血の流出。
「火音」魔術の表題を述べると、神聖言語による詠唱の開始を始める。神聖言語の内容は現在伝わっていないが、発音だけはエルヨに継承されているので、発話することができた。
その瞬間空気中の酸素が燃焼して空間が一瞬光に満ちた。
上空を飛んでいるカラスの群れが鳴いている。
「カー、カー、かー、おー、ん」
そう言って羽ばたくことを止めて一羽が墜落していく。
人間の軍勢と、まだ若いグールたちの動きが止まる。苦しそうに首を掻きむしっている。まだ上空に残っているカラスの群れが鳴く。
「カーオー、ン。カー、カー、オー、ン」
感情が空間を伝染し、言葉が伝わっていく。火音。焼き尽くすだけの魔術。カラスが一羽のこらず地面に墜落していく。命が果てる。それと、人間たちが失神していくのはだいたい同じくらいのころ合いだった。
街のどこかから火の手が上がって、すぐに消える。空間の燃焼。気温の上昇。木々は表面が焼け付く。人間の表皮は軽いやけどで赤くなる。酸素は蒸発。
少し暑い。
無呼吸できないものは十分と持たずに失神する。
誰も声を出せない。呼吸ができる状態ではないからだ。
これは物質的燃焼ではない。現象における非科学的燃焼。その作用は燃やすという作用の作動。
それが先行しすぎて酸素が消失してしまった結果、何も燃えない状態が始まる。
破裂しない大砲の砲弾が、砲弾の重々しい重量と共に地面に落下。滑稽な光景。火矢についていた火も消えていく。灯が消える。光の減少。夕刻の街は空より暗い暗闇に染まった。
失神しきれなかった人間たちが荒い呼吸をしながら地べたを転げまわっている。かきむしる首からは出血しているものもいる。このままではみな死ぬ。
私は唇の血をぬぐって、魔術の詠唱を止めた。
神聖言語による不可思議な調律。なにを意味している言葉なのか、もはや誰もわからない言語。音だけになったその言葉を、吐くのをやめた。
空気の燃焼が終わり、急速に新しい空気が入ってくる。
地球上の大気を燃やし尽くせるわけではない。せいぜい都市部とその近郊程度の範囲だ。燃やし尽くした範囲の外側から、また新しい空気が入ってきた。
しかしすでに三分が経過。酸素濃度が回復するのにさらに四分。人間には絶望的な時間で、仮に仮死状態で生き残っても現在の戦闘は困難だろう。突然の無酸素状態は、人間をショック死させることすらあった。
F5以上のグールなら無呼吸でも三十分は生存できるし、これでロアンの軍勢は動けず、こちらの軍勢は動ける状態を作り出した。
わたしと私のグールたちは、サクロたちの軍勢と合流し、失神して倒れたり、呼吸不全で亡くなった人々のいるロアンの街へ入った。
完全に密閉した建物の中にいる人は運よく助かっても、外にいる人々やロアンの軍勢は、ほぼ死亡していた。
なので、グールに志願する人々や、都市の生産活動にたずさわる人々がほとんど得られないだろうが、聖王国の軍勢が来る前に決着する必要があったから、仕方がない、と私は思った。
人は得られなくても町はまるまる残ったのだから。まだまし。
グールたちがロアンの州庁舎に入って私たちの旗を掲げる。
本当に誰かの血で染め上げた赤い布地に、斜めに交差した二匹の蛇。
それが私たちの支配をあらわす旗だった。
6
アドカヤの州都ロアンには、およそ三千二百億シェケル分の金塊が、ロアンの家々や公共施設に眠っていた。
人口70万人ほどのロアンの人口は、私たちの軍勢が占拠したころには六万人にまで減少していた。多くが酸欠による死。
これは私の魔術による災厄なのだけれど、人間たちには何が起こったかわかっていないようだった。
私たちにはそれが私の魔術によるものだと分かっていたけれど、別段、それを教えるつもりはなかった。
だから人間たちの間では、私たちが疫病を運んできた、とか、毒のガスを撒いたのだ、とか、噂が飛び交ったらしいけれど、それに対しても特に回答しなかったし、反応しなかった。
まず私たちがすべきことは人間の移動の制限だった。
勝手に他所に移られては、ロアンの街の機能が維持できないし、恐慌が伝わって、すんでのところで維持している、他の集落の村々にまで、逃走するものが出ては面倒だった。
そのため、サクロにアドカヤ全体に通達を出させた。
1,反抗しない限り支配者とその軍勢は、アドカヤの民に危害を加えず、また他の国からの暴力からも守る。
2,五年間アドカヤの復興のため税の取り立てを行わない。
3,アドカヤの復興のため、復興支援金を出すこと。これはアドカヤに住む全ての民に、五十万シェケルを支給すること。
4,支配者とその軍勢に参加を希望するものは、喜んで歓迎すること。また強制的な徴兵は、絶対に行わないこと。
以上のことをサクロにロアンで宣誓させた。
五年間無課税として、さらに五十万シェケル支給という完全な人気取り政策だったが、お金をもらって実際嬉しくない人などいないだろう。
アドカヤの民の警戒を解くために、必要なことだった。
また細かい取り決めとして、ロアンに移住するものへ、無償で家を与えることと、追加で移住支援のためにさらに五十万シェケル支給することを決めた。
財源はすべてロアンで略奪した金塊から出した。
アドカヤはロアン一極集中型の地域で、ロアンを除くアドカヤ全体の人口は30万人ほどしかいない。
それらの人々は集落に住んで農業を営んでいるのだけど、ロアンの人口が急減したので、その家々を維持するのに人手が必要で、移住者を募った。
まず復興支援金、移住支援金関連で、2800億シェケルの金貨が消えた。
次に「魔族の生存領域の確保と人間の共生」を名目に、夜の城とその広大な森林地区、禁足地を含むアドカヤ全体の独立を定めた。
その代表として、「魔族たちの議会とその君主」として、サクロと不死者たちを代表に据え、夜明けの国、を意味する明国を国名とした。
首都はロアンで、その政府はサクロとその配下の不死者たちによるのが表向きだが、何かあれば夜の城の私とルキフグスで対処する、という感じでいた。
ちなみに私はとうの昔に死んだことが通説になっているので、悪名もやばいので、そのまま死んだことにしている。
人間の過度な警戒心を呼び覚まして、無数の軍勢で攻め込まれては困るからだ。
そもそもの大義名分は、「夜の城まで追い込まれた不死者たちが、人間の暴力と簒奪に耐えかねて」挙兵したというものだから、「私が侵略したいから」挙兵したという「真実」は都合が悪いのだ。
アドカヤの独立の宣言は、すぐに人間世界からの反応があった。
聖王国はアドカヤ独立の承認を当然拒否し、すぐさま宣戦布告してきた。
それどころかその同盟国である神鷹国もその戦争を支援すると明言してきた。
夜の城を含む私たちの生存権を根こそぎ奪う、という感じに。
そのさんざん並べられた罵詈雑言の通達を私は読む気はなく、いま侵攻されても面倒くさいので、私は先に聖王国に攻め込むことにした。
といっても軍勢を引き連れて一戦やりあうわけではない。
単純に魔術をしかけて、敵国の侵攻を妨害するだけだ。
魔術は基本的に個人技で、隠れたところから国家へ災厄をもたらす類のものが本来の姿だ。
私は七名の私が血を分けた直属の不死者を引き連れて、聖王国の南部の都市へ潜入することにした。
7
聖王国南部、クロワという領国の、州都ビアに私たちは入っていた。
正確には門前の検閲で止められたのだが、不死者たちが守衛の兵士たちを殺し、いまその増援と交戦している状態だ。
不死者たちは通常の人間とは動く速度が違う。力も、身体の耐久性も違えば、中位の魔術も使える。
端的に言えば、人間の一般兵など相手にもならない。
七人の不死者にみるみる殺されていくビアの兵士たち。
私はそれを後ろに見ながら、ビアの都市の中に潜入していた。
街の中は城門の付近は混乱していたが、中心部まで来ると、何事もないように人々が生活を営んでいる。それに対して兵士たちの動きだけが慌ただしい。

