あさきゆめ

こちら側に属するだけで、グールはまだ人間に近しい生物で、魔術を使える段階のグールも少ないから、グールを手足として使いつつも、その存在は決して切り捨てていいものではない。

不死者が千人の兵士に匹敵するとしても、千人が行う仕事や活動ができるわけではないのだ。

なにか大きな行動を起こすには必ず手足となるグールの存在が不可欠で、時と場合によってはグールの数の方が重要になることも多々ありえた。

そこで私は夜の城に残っている不死者たちにノルマを課した。
不死者一人につき14日間に一人のグールを造ること。
人に血を提供しなければならないグール作成を、不死者たちは嫌がる傾向にあった。結構な量の血を飲ませなければいけないし、自分から好んでグールになる人も少ないから、説得や脅迫で飲ませる大変さもある。

その代わりグール一体につきそれに見合った金貨を与える、ということにして、やる気を出させた。

グールの世話と監督はそれを生み出した不死者にさせているが、グールの所有権は不死者たちの親である私とルキフグスにある。そして私とルキフグスは対等で、協力関係にある。不死者たちに関しては、不死者を造ったネフィリムやエルヨが管理、教育するのが戒律となっていた。

いま夜の城にいる不死者の大半はルキフグスが作ったもので、残りは私が造ったもの、仲間のエルヨから譲渡されたものなどで占められていた。

わたしは不死者を造るのがあまり好きではない。魔力を一部分与しなければならないし、血を出すのも好きなわけじゃない。よほど気に入った相手でなければ不死者にしないことにしている。

数日後、ルキフグスが来て、編成の説明をした。
「砦を陥落させる部隊は、用心のために不死者12名で向かわせました。それから二日遅れで、集落建設・資材調達のグール部隊を送り出しました。600体ほど。建築のための道具は蔵にあったので、それを持たせました。残った四百体のグールは夜の城の維持に当たらせます。疲れました」

と言ってルキフグスは部屋の隅のソファにつく。

月の明かりに照らされた横顔は、整って、美しく、この世のものではない、中性的な香るような美貌を見せていた。

私はそんな彼女に言う。
「悪いわね。起き抜けで、まだ頭も回らないし、さすがに体も力が入らないのよ」

115年前の戦争で、力を使いすぎた余波が、まだ体に残っているらしい。

楽しくて、熱中しすぎて、不眠不休で無茶をしすぎた。魔術も使いすぎていた。その結果のパンクだったのだと思っている。

それを考えるとなんだかまた疲れてきて、眠くなってきた。私は少し眠るとルキフグスに言って、深い息を吐きながらまた眠りについた。





3


目が覚めると、またベッドの上にいた。よく清掃された清潔なシーツの感覚が心地いい。
裸だったので、近くにあったローブを着る。

着替えてから、ルキフグスが部屋の隅でまたソファに座っているのが見えた。
「おはようございますサリエル。五年。今回あなたが眠っていた年数です。ロングスリーパーの多いエルヨの中でも、貴方は特に睡眠時間が長いですね」

そうか、また長く眠っていたらしい。やはりまだ戦争の疲れが抜けきってなかったようだ。起きたらだいぶ疲れが抜けていたが、まだだるさがあった。

「いまどういう状況?」と私は鏡の前で寝起きの顔を見ながらに尋ねる。

「砦は陥落させました。以後何度も国軍の襲来がありましたが、全て撃退し、いまも維持しています」

砦…そうだ、周辺の砦を落とすように言いつけてあったんだ。寝起きの頭にまったくその事柄がなかった。

「それで、その他には?」と髪をとかしながら聞く。

「グールが増えました。一万体を超えています。あなたが不死者たちに二週間ごとにグールを増やすように申し付けていたので、それを忠実に実行したようです。あ、安心してください。褒美は支払ってあります」

…不死者一人につき二週間に一体のグールを増やせ。とも確かに言った。それも寝起きの頭には入っておらず、言われて思い出したのだった。

「他には?」と私はそろそろ湯船につかりたいと考え始めていた。

「集落の建設がかなり進みました。鉄とコンクリートで人間のアパートを真似た建築物を50棟ほど。現在は木材よりそれらの資材の方が市場に流通し、価格も安いのです。しかしアパートの建築費、グールや不死者たちへの褒美にかかる費用、急激に増えたグールたちへの食糧費用、不死者への褒美等々、700億シェケルほど溶けました」

私は自分の座席に座って、グールが無言で持ってきた水を飲みながら言う。

「仕方がないわ。初期投資よ。グールの数が増えたなら、軍勢を創設しなきゃね。配下の不死者の中から統率者を立てましょう。不死者の中で私たちの直轄の不死者以外に、最も優秀な者は誰?」

私とルキフグスと直轄の不死者たちは夜の城の防衛のために動かしたくない。だから、人類への侵略のためには、その他の不死者から魔王を抜擢する必要があった。

ルキフグスは少し考えてから答える。

「元勇者のサクロですね。アクゼリュス級の魔術を使える唯一の不死者ですし、魔術に関しては突出していますね。彼を不死者の王に仕立てるのもよいでしょう」

確かに元は人間の出身で、ネフィリムでもあまりいない、第五位階の魔術を使えるのは大したものだ。
人間相手の魔王に相応しい。

私は続ける。
「それから、彼を支える幹部たちも立てましょう。不死者の中から九人選抜して。一人につき千人のグールを配下につけるから」

昔と比べたら規模がけた違いに少ないが、小国一国落とす程度には動ける軍勢になるはずだ。

ルキフグスは言う。
「早速手配します。統率はサクロに任せましょう。彼らにはどのように指示いたしましょうか?」

確かこの付近一帯の地域は人間の呼称で聖王国の中のアドカヤという領国であったと記憶している。
聖王国は無数の領国と聖王国の直轄の王領の連合体で、ここアドカヤはその聖王国の辺境の地にある領国だ。

西は広大な海が広がり、北方は広大な未開の森林が広がり、東は聖王国の王領に続く道、南は海岸線が広がる。

「アドカヤとその州都の制圧。奪った宝は三割を魔王に与えましょう。また拠点として、砦とその集落を与えましょう。ただし彼らが生産したグールはすべて私のものであることを伝えるようにして」

と私は言った。近くのグールに水ではなく紅茶と朝食を持ってくるように伝える。

ルキフグスは微笑みながら言う。
「お腹すいてらっしゃるんですね。サクロを連れてまいりましょうか? あいさつ程度には見知っておく必要があるかと」

わたしは、そうね、連れてきて、と言って、朝食が来るまで何となく鏡を眺めていた。




後日、ルキフグスがサクロを連れてきた。
ルキフグスが彼、というから、どのような容姿かと思えば、見た目は表情の少ない女の子のような容姿だ。女性にしか見えない。

ルキフグスは言う。
「彼がサクロです、サリエル。傀儡の魔王として頑張ってくれるでしょう」

傀儡の魔王というのはおかしな響きだった。魔王を支配しているなら、私たちはなんなんだ。

サクロが声を出す。その声音も女性のように甘く高い声だった。

「サリエル様、サクロと申します。サクロのことはサクロとお呼びください。不死者の皆さんを統率する件、承諾いたしました。近隣の集落を占領し、州都を落とせばいいのですよね」

私は頷いた。
「そうだよ。方針を達成したら、なにか褒美をあげようと思っている。できる範囲でだけど、何か希望はある?」

サクロは嬉しそうな顔をした。
「それならば、サリエル様の血を賜りたく存じます!」

不死者にとって、ネフィリムやエルヨの血はその存在に近づくため、魔力を高めるため、より確かな不死性を獲得するために不可欠なものだ。
多量の血を得れば、もしかしたらエルヨに近いほどの存在になるかもしれない。しかし上位のものほど、不死者や人間に血を飲ませるのは嫌がる傾向にあった。

その理由は様々だが、自分の敵になりうる存在を、わざわざ造りたくないのだろう。

私は言う。
「そうね、達成した暁には、少しだけ血を分けてあげる。それだけでいいの?」

サクロは嬉しそうだ。
「占領地もください。州都のロアンだけでいいです。砦のベッドは酷くて」

私はまた頷く。
「いいよ。でもルキフグスから聞いてると思うけど、占領地の資産の七割と、税収の七割は夜の城に運んでね。それからグールは私たちがすべて所有するから、あなた達には必要な数のグールをこちらから譲るから」

サクロも了解したようにうなずく。
「文句ありません。頑張ります」

血を差し出すのは億劫だったが、断ってモチベーションが下がっても困る。見たところ魔力の含有量もかなり高い。不死者でこの圧を持つものはそういない。将来的にはかなりの存在になるかもしれない。

「じゃあ早速動いて。どのようにこの領国を攻め、支配するかは、全て任せるから」

サクロは大きく頭を下げて退出していった。


残ったルキフグスが言う。
「サクロは左目のサクロと遠国で名の通った勇者でしたよ。100年前の戦争の時の、勇者の軍勢の一つでした。配下のネフィリムに負け、そのまま不死者にされたとか。血の祖はネフィリムでも、才能は凄いです。もっとも、血に慣れて使えるようになるまで、かなり時間がかかった部類ですが」

名前も由来も全然覚えていない。当時は無数の勇者、無数の英雄が襲ってきたから、彼らについての情報を全部は把握していなかった。

「あの子…女性だよね?」

ルキフグスは答える。
「いいえ。男の娘です。そういうことなので、ジェンダーに配慮してあげてください。上司として」

ああ、そうなのか、不死者になる過程で、色々ストレスや苦悩もあると聞く。元々の身分を隠すために、妙な変装をする不死者もいる。あの子もその一種なのかもしれないと思った。
ルキフグスは反対に女性なのに男の格好を好む。男性扱いすると喜ぶし、私も彼と定義すべきか、彼女と定義すべきか、迷う時があった。


「じゃあ、私もう寝るから」と言ってあくびが出て、横になった。

「サリエル」しばらく横になっていると、ルキフグスがそばに立っていた。

「わたしも一緒に寝ます。ぜんぜん寝てなくて」

私は扉を指し示して言う。
「あなたの部屋があるでしょう。出ていってよ」

しかしルキフグスは勝手にシーツに入ってきた。
「もう眠くて無理ー」

身体にタトゥーを彫った姿をさらけ出しながら、寒い、と言って布団を奪う。

「起きたら出てってよ…」追い出すのも面倒で、私も眠くなって目を閉じた。

そもそも自分の部屋があるのに私の部屋に入り浸るルキフグスには今更か、と考え、黙認することにした。

悠久の寿命を持つエルヨには、身体的には不死の存在に近くても、精神的には様々な荷重で潰れるものが多かった。異常に死を怖がるもの。眠るのが恐ろしくてたまらないもの。絶えず娯楽を見つけないと奇行に走るようになるもの。
わたしは無駄な時間は眠ることにしているから、あまり深い悩みをしなくて済み、心のバランスを取っている。
しかしルキフグスは極度の睡眠恐怖症なので、絶えず誰かと一緒にいないと、強い孤独と恐怖に襲われるらしい。
彼女が睡眠をとれるのは、友人が側にいるときだけで、眠る前に「時間が経ったら絶対に起こしてね」と付き添えるのだが、今日は本当に眠いのか、もう寝息を立てていた。

あまりに長い生命は、その精神を病的に蝕む。私たちは何らかの形で、常にそれぞれの恐怖と対峙していた。

というか、眠い。次はどのくらい眠るだろう。睡眠期間が短くなっているから、次は前回より早く起きられるだろうと目算して、眠った。


5

起きた。
外は相変わらず夜だ。清潔なシーツが心地いい。鳥の羽毛が入った低い枕。シルクの布団。人生の大半を過ごすベッドだから、寝ていてもグールたちに一日ごとに取り換えるように申し付けている。