あくまで自前の範囲で金を貯め、戦費も賄う。そのために魔族勢力の全支配地域から税収を集めて、夜の城に蓄えているのだから。
ところで、聖教圏北部のエルヨの国から、同盟の申し出を告げる使者が来た。
聖伐をはじめとする人間の国からの脅威に共同して行動しよう、という申し出だ。
私はそれへの回答をやんわりとはぐらかし、明言しなかった。
だって意味がないから。
北部のエルヨの国とは海を隔てて離れているし、あちらの国はまだ勢力もグールの数も小さい。
向こうが戦争を人間の国々と起こすたびに、こちらも介入しなければならない羽目になり、こちらとしてはリスクしかない。
資金も物資も交易しようという話だが、規模の小さい向こうの国を、むしろこっちが支援しなければならなくなるのは目に見えており、はっきりいって足手まといだと感じていた。
それでもこれから勢力を伸ばす可能性もあるし、対ミリアや聖伐においては確かに敵の戦力を分散させる有効な同盟に将来発展する可能性もある。
だから明確な返答はせず、「友好的な同胞の国」と位置付けて、同盟の申し出への返答の代わりに、「魔族の生存圏の確保のための支援」を申し出て、適当にお金を無償で供与した。
ここで魔族間で同盟して、人間を刺激したくないので、同盟の話はやんわりと断り続け、そのたびに金を送った。
アメルとイテとの講和の条約では、七年の停戦期間を設定している。ヨミアエルたち強硬派の指揮官たちは七年先の戦争をもう見据えているようだが、私は今回内政と平和の期間を多めに取りたい心境だった。
地固めというのもあるが、グールの数がまだ四十万そこそこで、少なくとも倍の数まで増やしたい。別に私たちエルヨには永世に近い寿命があるのだから、好きなだけ時間をかけて、グールの数を増やせばいいのだ。ここまで勢力を伸ばしたら、人間の世界も危機感を覚えるのは道理だろう。聖伐に備えて力を貯めようという私やルキフグスのグループと、逆に侵略して人間世界の力を削ごうというヨミアエルたちのグループで、私たち魔族勢力は二分していた。
勢力が分裂するまではいっていないけれど、しばしば意見が対立することはあった。
34
今年の連絡会議では、次の侵攻をいつ開始するか、という話が中心になった。
司会役のルキフグスが言う。
「イテとアメルの連合国との停戦期間は残り六年です。停戦期間終了後に、次の戦略目標をどこにして、いつ頃の戦を想定するか、という話ですが、実質的代表者であるサリエルにそれを定めていただき、そのうえで各軍団長に意見を述べていただきたいと思います」
ルキフグスが私に話を向けると、全員がこちらに注目したので、私は思っていた意見を述べた。
「私は人間の国々が攻めてこない限り、今の領土で力を貯めたいと思ってる。七年と言わず七十年でも待つべきで、現在の領土で防備を固め、グールを増して、人間の聖伐に備えましょう」
それに対してヨミアエルからすぐに対抗意見があった。
「力を蓄えるのは賛成ですが、現状の領土で防備を固める、というのは賛成できません。人間との闘争のためにはまだ国力が足りません。最低でもアメルと、属国であるカーリャの残りを魔族側の領土に編入する必要がある。この人口が密集する肥沃な地域を奪うことで、対人口比率においてグールを増加させる速度も増し、軍備においても人間世界より優越する速度があがりますので、カーリャの残りと、アメル。この両方を落とす必要が必ずあります」
同様にヨミアエルと近しい意見のヘルエムメレクやカルキも、アメルとの開戦を主張する。
今現在魔族側の支配地域と勢力圏の総人口は800万人ほどだ。グールを作るには人間を素体として必要とするから、支配下に治める人間の数が多いほどグールの作成が容易になり、また最大数も増える。
人口比においてグール化の最大値は25%が国家運営を円滑にするうえで適切、というのがエルヨの常識的見識だから、現在の領土人口では200万くらいのグールが最大値となる計算になる。理論の上では。
だから支配地域の人口は多ければ多いほどいい、というのもエルヨの常識であるのだが、その論法で前回失敗したというのもある。
単純に支配地域が増えれば治安と管理に費やすグールの数も増し、領土が増えるほど人間世界の警戒心も増す。
また長大な国境と海岸線を守り切るにはさらに膨大なグールを防御に割く必要があり、攻撃に割けるグールは少なくなる。単純に支配地域と人口、税収が増えればいいわけじゃないと学んだ。
そういうわけで、私の考えでは守るに適切な国土と、人民と調和できる程度のほどほどの人口、防備の拡張と軍備増強を行える程度の広さを持った領土、という今の支配領域は力を蓄えるのに適した環境であると思えた。
加えて人間の警戒心を過剰に呼び覚まさないためには、一定期間の休戦が必要だ。今までかなり無理やりな論法で人間世界を侵略してきたから、そろそろ人間側がキレて虎の尾を踏みかねないという感触もある。
例えば、次の侵略で人間世界で危機意識が高まり、聖伐が宣告されたらほぼほぼ負ける。
そんなギャンブルみたいな真似で、ここまで積み上げた支配を崩したくない。
しかし現在の領土の大半をヨミアエルたち強硬派の力で奪ってきたのも事実で、彼らの意見を無下にするわけにもいかなかった。
あともう一戦くらいなら、聖伐のリスク承知でやってみる価値は確かにあるかもしれない。
それに今回は防備にも力を入れているし、聖伐が来てもいざとなれば主力軍を夜の城とその周辺に集結させれば、守り切っての再起は可能と考えた。
わたしはヨミアエルとその取り巻きに伝えるつもりで口を開いた。
「いいでしょう、あなたの意見はわかりました。しかし軍備を充実させるという私の意見も汲んでほしい。停戦期間終了後直後の侵略ではなく、そこからさらに七年後の、今から13年後の年に、侵略するというのはどうでしょう。戦略目標はアメル。カーリャは属国であり勢力圏内の話しであるから、性急に併合しなくてもいいと思うの。カーリャを治める人間たちは優秀で、税収の実入りもいいから、もうしばらく国家運営を任せましょう」
その意見は通った。ヨミアエルは話が通ったことがうれし気で、そのくらいの期間なら待ちますよ、と言う。
そのあとサクロが更なる休戦期間の延長を主張したが、ヨミアエルたちはそれには首を縦に振らず、結局13年間の内政重視期間、を設定し、その後アメルとイテに再び一戦交えるということが決まった。
13年。長いようで短い期間だ。どこまでグールを増やすことができるか。
取り合えず夜の城に帰ったら、密かに育成中の海軍の艦船を闇商人に発注しようと考え、連絡会議後の帰路についた。
馬車での帰路にはルキフグスが一緒に乗り込んだ。彼女は近頃顔色が悪く、覇気がない。
しばらく夜の城で静養したいというので、私と一緒に馬車に乗っている。
「聖王国の町は眩しくて、人々は陽気で、疲れます。夜の城の静かで優しい暗闇が懐かしい。そこで泥のように眠りたいです。サリエルの部屋の麝香のような香りも、あなたの美しい寝顔も、何もかもが恋しくて。私はやはりあなたから離れるとダメなんです」
そういって服の裾を掴んでくる。こういうところは可愛いけれど、あんまり密着されても困る。
「私もここ半年眠っていないから眠くなってきているよ。頭の回転が鈍くて、会議でもあくびをかみ殺していたよ。疲れたなら、馬車の中で眠っていいのよ、ルキフグス」
ルキフグスは眠たげな眼をしながら首を振る。
「いえ、サリエルの部屋までは起きていられますよ。どうせ眠るなら、夜の城で眠りたい」
そういいながら次第に首を傾げながら、やがて寝息を立て始めた。ルキフグスは一度眠ると一日の間何が起きても起きない。
護衛の不死者たちはいるけれど、万が一のため、私まで眠るわけにはいかず、私は翌日ルキフグスが起きるまで、馬車の窓の外を眺めて過ごしていた。
35
アメルとイテとの停戦期間が過ぎた六年後の春、カーリャで反乱がおこった。
だいぶ前のカーリャとの戦争で刃を交えた元第一王子で、現カーリャ国王が病で床に伏し、その権力の間隙をついて弟が軍部を掌握して、クーデターを起こしたらしい。
厄介なのは、王位を簒奪した弟はカーリャの軍を秘密裏に増強していたらしく、反乱軍は十万程度に膨れ上がっていた。それに加えてカーリャは魔族側からの干渉を拒否し、カーリャからの撤退の通告と、アメルに対して軍事援助を申し出たようだ。
もちろん潰した。というより、私が第一報の連絡を受け取ったころには、ヨミアエルの軍団がカーリャの王都の門をこじ開け、反乱軍を王都ごとひねりつぶした挙句、クーデターを起こしたカーリャ王の弟は捕らえられ、牢に入れられたらしい。
十万人と見積もられていた反乱軍も、多くが武装しただけの都市の民間人で、戦いの経験も組織だった行動も起こせず、ヨミアエルの軍が王都に入った時点で四散したらしい。
アメル側も結局なんの行動も起こさずに事態は沈静化した。兄である第一王子は虜囚の身から解放され、再び王座につけられた。
という情報はすべてことが終わった後の続報で知ったのだが、そのことで、ヨミアエルから話がある、ということで、ヨミアエルとヨミアエルに近しいヘルエムメレク、カルキも夜の城に訪問することになった。
私は私の領内で産出した魚介類や、羊の肉、牛の乳、スイートポテトや葡萄酒などでささやかな持て成しをグールたちにテーブルに並べさせて、彼らを迎えた。
夜の城に滞在しているルキフグスもテーブルに座り、彼らと食卓を囲んだ。
私は彼らに微笑みかけて言う。
「遠いところからはるばる、ようこそ。今日はカーリャの反乱のことで話がある、としか聞いていないけれど、どんなごようかしら?」
ヨミアエルは切れ長の瞳を輝かせて、近頃貫禄がました風体に海の幸を流し込むように食した。
ヘルエムメレクが代わりに代弁するようにしゃべる。
「カーリャでの反乱は、私たちにも他人事ではありません。ここだけの話、あなたに代わって軍団長のうちの幾人かを魔族側の代表者としたいという願望を抱くものが何人かいます。例えば、カルキはネフィリムたちに支持されていますし、ここにいるヨミアエルも、不死者上がりの軍団長たちに非常に支持されています。しかし我々は、魔族側の代表者がサリエルとルキフグスであることを共通して認識していますし、エルヨの中でも飛び切りの高貴な血筋であるサリエルとルキフグスを差し置いて、上に立とうなどと夢にも思っていません」
やはり。不穏な気配はあったのはわかっていた。ヘルエムメレクの周辺には常に不死者たちが侍っているし、こちらに敵意こそ向けなくても、今までと態度が違うものがいたことは何となく感じていた。
ルキフグスが私の代わりに余裕気な表情で薄ら笑いを浮かべる。
「先に言っておくと私たちはあなた方が独立することは構いませんよ。この際物別れしたほうがあと腐れなくすっきりするかもしれません。正直に願望を言っても構いませんよ?」
とルキフグスの目が怪しく光る。この子の目は本当に、本気で怒っているときには目の色が赤く変色する。はっきりと配下の反意について告げられたことが、かなり癇に障ったらしい。下手をすればこの場で私以外皆殺しにしかねないな、と思って、ナイフを置いた。
この子は魔術の素養はそれほどではないが、身体能力がけた外れに高い。たぶん三秒。ヨミアエルとヘルエムメレク、カルキを殺害して、八つ当たりに部屋にいるグールも巻き込んで殺しつくすのに、三秒間で終わると思った。
ヨミアエルが慌てたようにナイフとフォークを置いて言った。
ところで、聖教圏北部のエルヨの国から、同盟の申し出を告げる使者が来た。
聖伐をはじめとする人間の国からの脅威に共同して行動しよう、という申し出だ。
私はそれへの回答をやんわりとはぐらかし、明言しなかった。
だって意味がないから。
北部のエルヨの国とは海を隔てて離れているし、あちらの国はまだ勢力もグールの数も小さい。
向こうが戦争を人間の国々と起こすたびに、こちらも介入しなければならない羽目になり、こちらとしてはリスクしかない。
資金も物資も交易しようという話だが、規模の小さい向こうの国を、むしろこっちが支援しなければならなくなるのは目に見えており、はっきりいって足手まといだと感じていた。
それでもこれから勢力を伸ばす可能性もあるし、対ミリアや聖伐においては確かに敵の戦力を分散させる有効な同盟に将来発展する可能性もある。
だから明確な返答はせず、「友好的な同胞の国」と位置付けて、同盟の申し出への返答の代わりに、「魔族の生存圏の確保のための支援」を申し出て、適当にお金を無償で供与した。
ここで魔族間で同盟して、人間を刺激したくないので、同盟の話はやんわりと断り続け、そのたびに金を送った。
アメルとイテとの講和の条約では、七年の停戦期間を設定している。ヨミアエルたち強硬派の指揮官たちは七年先の戦争をもう見据えているようだが、私は今回内政と平和の期間を多めに取りたい心境だった。
地固めというのもあるが、グールの数がまだ四十万そこそこで、少なくとも倍の数まで増やしたい。別に私たちエルヨには永世に近い寿命があるのだから、好きなだけ時間をかけて、グールの数を増やせばいいのだ。ここまで勢力を伸ばしたら、人間の世界も危機感を覚えるのは道理だろう。聖伐に備えて力を貯めようという私やルキフグスのグループと、逆に侵略して人間世界の力を削ごうというヨミアエルたちのグループで、私たち魔族勢力は二分していた。
勢力が分裂するまではいっていないけれど、しばしば意見が対立することはあった。
34
今年の連絡会議では、次の侵攻をいつ開始するか、という話が中心になった。
司会役のルキフグスが言う。
「イテとアメルの連合国との停戦期間は残り六年です。停戦期間終了後に、次の戦略目標をどこにして、いつ頃の戦を想定するか、という話ですが、実質的代表者であるサリエルにそれを定めていただき、そのうえで各軍団長に意見を述べていただきたいと思います」
ルキフグスが私に話を向けると、全員がこちらに注目したので、私は思っていた意見を述べた。
「私は人間の国々が攻めてこない限り、今の領土で力を貯めたいと思ってる。七年と言わず七十年でも待つべきで、現在の領土で防備を固め、グールを増して、人間の聖伐に備えましょう」
それに対してヨミアエルからすぐに対抗意見があった。
「力を蓄えるのは賛成ですが、現状の領土で防備を固める、というのは賛成できません。人間との闘争のためにはまだ国力が足りません。最低でもアメルと、属国であるカーリャの残りを魔族側の領土に編入する必要がある。この人口が密集する肥沃な地域を奪うことで、対人口比率においてグールを増加させる速度も増し、軍備においても人間世界より優越する速度があがりますので、カーリャの残りと、アメル。この両方を落とす必要が必ずあります」
同様にヨミアエルと近しい意見のヘルエムメレクやカルキも、アメルとの開戦を主張する。
今現在魔族側の支配地域と勢力圏の総人口は800万人ほどだ。グールを作るには人間を素体として必要とするから、支配下に治める人間の数が多いほどグールの作成が容易になり、また最大数も増える。
人口比においてグール化の最大値は25%が国家運営を円滑にするうえで適切、というのがエルヨの常識的見識だから、現在の領土人口では200万くらいのグールが最大値となる計算になる。理論の上では。
だから支配地域の人口は多ければ多いほどいい、というのもエルヨの常識であるのだが、その論法で前回失敗したというのもある。
単純に支配地域が増えれば治安と管理に費やすグールの数も増し、領土が増えるほど人間世界の警戒心も増す。
また長大な国境と海岸線を守り切るにはさらに膨大なグールを防御に割く必要があり、攻撃に割けるグールは少なくなる。単純に支配地域と人口、税収が増えればいいわけじゃないと学んだ。
そういうわけで、私の考えでは守るに適切な国土と、人民と調和できる程度のほどほどの人口、防備の拡張と軍備増強を行える程度の広さを持った領土、という今の支配領域は力を蓄えるのに適した環境であると思えた。
加えて人間の警戒心を過剰に呼び覚まさないためには、一定期間の休戦が必要だ。今までかなり無理やりな論法で人間世界を侵略してきたから、そろそろ人間側がキレて虎の尾を踏みかねないという感触もある。
例えば、次の侵略で人間世界で危機意識が高まり、聖伐が宣告されたらほぼほぼ負ける。
そんなギャンブルみたいな真似で、ここまで積み上げた支配を崩したくない。
しかし現在の領土の大半をヨミアエルたち強硬派の力で奪ってきたのも事実で、彼らの意見を無下にするわけにもいかなかった。
あともう一戦くらいなら、聖伐のリスク承知でやってみる価値は確かにあるかもしれない。
それに今回は防備にも力を入れているし、聖伐が来てもいざとなれば主力軍を夜の城とその周辺に集結させれば、守り切っての再起は可能と考えた。
わたしはヨミアエルとその取り巻きに伝えるつもりで口を開いた。
「いいでしょう、あなたの意見はわかりました。しかし軍備を充実させるという私の意見も汲んでほしい。停戦期間終了後直後の侵略ではなく、そこからさらに七年後の、今から13年後の年に、侵略するというのはどうでしょう。戦略目標はアメル。カーリャは属国であり勢力圏内の話しであるから、性急に併合しなくてもいいと思うの。カーリャを治める人間たちは優秀で、税収の実入りもいいから、もうしばらく国家運営を任せましょう」
その意見は通った。ヨミアエルは話が通ったことがうれし気で、そのくらいの期間なら待ちますよ、と言う。
そのあとサクロが更なる休戦期間の延長を主張したが、ヨミアエルたちはそれには首を縦に振らず、結局13年間の内政重視期間、を設定し、その後アメルとイテに再び一戦交えるということが決まった。
13年。長いようで短い期間だ。どこまでグールを増やすことができるか。
取り合えず夜の城に帰ったら、密かに育成中の海軍の艦船を闇商人に発注しようと考え、連絡会議後の帰路についた。
馬車での帰路にはルキフグスが一緒に乗り込んだ。彼女は近頃顔色が悪く、覇気がない。
しばらく夜の城で静養したいというので、私と一緒に馬車に乗っている。
「聖王国の町は眩しくて、人々は陽気で、疲れます。夜の城の静かで優しい暗闇が懐かしい。そこで泥のように眠りたいです。サリエルの部屋の麝香のような香りも、あなたの美しい寝顔も、何もかもが恋しくて。私はやはりあなたから離れるとダメなんです」
そういって服の裾を掴んでくる。こういうところは可愛いけれど、あんまり密着されても困る。
「私もここ半年眠っていないから眠くなってきているよ。頭の回転が鈍くて、会議でもあくびをかみ殺していたよ。疲れたなら、馬車の中で眠っていいのよ、ルキフグス」
ルキフグスは眠たげな眼をしながら首を振る。
「いえ、サリエルの部屋までは起きていられますよ。どうせ眠るなら、夜の城で眠りたい」
そういいながら次第に首を傾げながら、やがて寝息を立て始めた。ルキフグスは一度眠ると一日の間何が起きても起きない。
護衛の不死者たちはいるけれど、万が一のため、私まで眠るわけにはいかず、私は翌日ルキフグスが起きるまで、馬車の窓の外を眺めて過ごしていた。
35
アメルとイテとの停戦期間が過ぎた六年後の春、カーリャで反乱がおこった。
だいぶ前のカーリャとの戦争で刃を交えた元第一王子で、現カーリャ国王が病で床に伏し、その権力の間隙をついて弟が軍部を掌握して、クーデターを起こしたらしい。
厄介なのは、王位を簒奪した弟はカーリャの軍を秘密裏に増強していたらしく、反乱軍は十万程度に膨れ上がっていた。それに加えてカーリャは魔族側からの干渉を拒否し、カーリャからの撤退の通告と、アメルに対して軍事援助を申し出たようだ。
もちろん潰した。というより、私が第一報の連絡を受け取ったころには、ヨミアエルの軍団がカーリャの王都の門をこじ開け、反乱軍を王都ごとひねりつぶした挙句、クーデターを起こしたカーリャ王の弟は捕らえられ、牢に入れられたらしい。
十万人と見積もられていた反乱軍も、多くが武装しただけの都市の民間人で、戦いの経験も組織だった行動も起こせず、ヨミアエルの軍が王都に入った時点で四散したらしい。
アメル側も結局なんの行動も起こさずに事態は沈静化した。兄である第一王子は虜囚の身から解放され、再び王座につけられた。
という情報はすべてことが終わった後の続報で知ったのだが、そのことで、ヨミアエルから話がある、ということで、ヨミアエルとヨミアエルに近しいヘルエムメレク、カルキも夜の城に訪問することになった。
私は私の領内で産出した魚介類や、羊の肉、牛の乳、スイートポテトや葡萄酒などでささやかな持て成しをグールたちにテーブルに並べさせて、彼らを迎えた。
夜の城に滞在しているルキフグスもテーブルに座り、彼らと食卓を囲んだ。
私は彼らに微笑みかけて言う。
「遠いところからはるばる、ようこそ。今日はカーリャの反乱のことで話がある、としか聞いていないけれど、どんなごようかしら?」
ヨミアエルは切れ長の瞳を輝かせて、近頃貫禄がました風体に海の幸を流し込むように食した。
ヘルエムメレクが代わりに代弁するようにしゃべる。
「カーリャでの反乱は、私たちにも他人事ではありません。ここだけの話、あなたに代わって軍団長のうちの幾人かを魔族側の代表者としたいという願望を抱くものが何人かいます。例えば、カルキはネフィリムたちに支持されていますし、ここにいるヨミアエルも、不死者上がりの軍団長たちに非常に支持されています。しかし我々は、魔族側の代表者がサリエルとルキフグスであることを共通して認識していますし、エルヨの中でも飛び切りの高貴な血筋であるサリエルとルキフグスを差し置いて、上に立とうなどと夢にも思っていません」
やはり。不穏な気配はあったのはわかっていた。ヘルエムメレクの周辺には常に不死者たちが侍っているし、こちらに敵意こそ向けなくても、今までと態度が違うものがいたことは何となく感じていた。
ルキフグスが私の代わりに余裕気な表情で薄ら笑いを浮かべる。
「先に言っておくと私たちはあなた方が独立することは構いませんよ。この際物別れしたほうがあと腐れなくすっきりするかもしれません。正直に願望を言っても構いませんよ?」
とルキフグスの目が怪しく光る。この子の目は本当に、本気で怒っているときには目の色が赤く変色する。はっきりと配下の反意について告げられたことが、かなり癇に障ったらしい。下手をすればこの場で私以外皆殺しにしかねないな、と思って、ナイフを置いた。
この子は魔術の素養はそれほどではないが、身体能力がけた外れに高い。たぶん三秒。ヨミアエルとヘルエムメレク、カルキを殺害して、八つ当たりに部屋にいるグールも巻き込んで殺しつくすのに、三秒間で終わると思った。
ヨミアエルが慌てたようにナイフとフォークを置いて言った。

