あさきゆめ

年に一回開かれる連絡会議でも、今年の夏に侵攻を開始するということで軍団長全員が同意したが、その間に困ったことが起きた。

シホンとアメルが同盟を締結し、東国を纏める盟主であるイテもその同盟に参加し、三国の同盟を結んだことだ。

明らかに私たちの動静を警戒してのことだ。

そこで緊急に連絡会議をもう一度開いて、軍団長たちの意見を聞くこととなった。

会議のテーブルで、ルキフグスが紅茶をすすりながら、言葉を開く。
「侵略予定のシホンがアメル、イテと同盟を締結いたしました。それで、当初の予定であったシホン攻略の戦略の変更の是非を問いたいと思います。まず、そもそも、侵略計画を続行するかしないかの意思を皆さんに聞きたいと思います」

会議では侵略続行を唱える者が殆どで、侵略中止を唱えたのは私とルキフグスとサクロだけだった。

私が反対したのは単純に、この戦争に勝ってもかなり被害が出るだろうし、支配地域も増える中で、支配地域の安定と守備に兵を割くことになる。
その状態で、後ろにミリアという最強国家が控えてるわけだから、そこで聖伐を宣告されたら敗北は必須だ。


しかし今回は強硬派の意見が多数を占め、会議の趨勢も開戦しよう、開戦すべき、開戦したい、という同じような意見がずらりと並んだ。

ここを無理に断ると魔族勢力の分裂の恐れすらある。

私は口を開いた。

「私の意見だけど、それだけ開戦派が多いのであれば、侵略してもいいと思う。私が心配してたのは戦争の勝利の後の話しで、戦争自体には勝機は十分あると思うの。ただしどのような勝ち方でも占領するのはアメルとシホンまでで、イテの領土に攻め込むのはダメ。前回の聖伐はイテの占領に端を発しているから、現状では人間の世界を刺激しないように、落とすのはアメルとシホンまでだよ」

もともと聖伐で落ち延びてきたエルヨとネフィリムが軍団長の大半だったから、それについては反対の声はあがらなかった。

ミリアは隣国のイテが占領されると高確率で聖伐に踏み切るから、軍備が整うまではイテの占領は避けたかった。


本当はこの状況下でミリアと関係の深いイテとことを構えたくないのだけど、密偵の報告では聖教圏北部でも私たちと同じように魔族の勢力が支配地域を増していて、ミリアの関心はこちら側にはないらしい。

別のエルヨが奮戦してくれてる間に、三大国を相手に大勝負に出てもいいかもしれない、とも思った。

私が賛成に回ると、サクロもルキフグスも賛成という風に意見を変えシホンとアメルに、同時に侵略することが決まった。

密偵の調査ではアメルの軍勢が最大で35万人の軍隊を動員でき、シホンは五万人、大体の予測でイテは25万人の軍勢を招集できるらしい。

これに冒険者組合の軍勢が4万から8万人加わる。

こちらの軍勢は総勢40万人だが、全てを戦線に送れるわけではない。カーリャと聖王国は属国であるけれども人間の国で、反乱の恐れがあるため兵力を空にしておくわけにはいかない。カーリャの支配領域の治安維持とカーリャへの圧力のため、カーリャ地方には五万の軍勢は残しておきたい。加えて聖王国の女王も、こちらに好意的とはいえまったく防備を疎かにするわけにはいかず、聖王国の駐屯軍と魔族領の防衛のためにこちらにも守備兵最低五万は必要だった。

なので、攻撃に移せる兵力は三十万。補給のための輜重隊は奴隷と人夫を雇っているから、数の心配はないけれど、支配地域と属国からの補給物資だけでは三十万の軍隊の補給を賄いきれないので、闇商人から大量の弾薬、武具、食料、衣服等を買い入れ、戦争できるに十分の備えができるまで、当初の開戦時期であった夏を越して、翌年の春まで時間がかかった。

そして春もうららかな陽気の中、シホンに宣戦布告。と同時にシホン国境方面に待機させていたシホン攻略軍12万の軍勢がシホン国境を越えた。

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最初のシホンの最寄りの都市、ミグデアを攻略しているさなかに、アメルがシホンとの条約の約定にのっとって私たち魔族側に宣戦布告してきた。
その通告を受け取ってすぐに、アメルとの国境部に張り付けていた18万の、ヨミアエルを中心としたアメル攻略軍をアメル側に越境させ、カーリャに隣接するアメルの州を落とさせるために行動させた。

続く一週間後にイテとイテの勢力圏にある東国各国が宣戦布告を私たちに行った。



シホンの戦線においては、シホン軍5万は大半が他国の傭兵で、そこに冒険者組合の軍勢一万が加わる。数においても質においても、12万のサクロを中心とした軍勢がかなり優勢で、ミグデアを先がかりに三つの大都市と複数の集落を落とし、二か月で北部シホンの半分まで制圧に成功していた。
私たちは魔術の火力によって都市の防衛設備を破壊できるから、大都市の城壁や城塞はあまり意味をなさない。しかしそれでも防衛の固い都市を一つ落とすには、それなりの魔術の大量の火力が必要で、不死者たちの魔力を消耗するため、都市を一つ落とすごとに適度の休息を必要とした。


問題はイテの軍勢の動向で、アメル側に重心を置いて援軍が来るか、シホン側に重心を置いて援軍が来るか、こちらには予測がつかなかった。

後日、アメル側に15万、シホン側に8万のイテの軍勢が向かっていると密偵から報告があった。

アメルに重心を置いた編成だ。

シホン側の戦線の情勢は、サクロの軍が12万。シホンの連合軍が14万で、まだこちらが質の上で勝るため、優勢であると言える。

しかしアメル側はヨミアエルの軍勢が18万。アメル連合軍がこちらの予測で最大50万人まで膨れ上がりそうで、さすがに数的に苦戦が予想された。












向こうは恐らくアメルで軍事的に優位な状況を作って、決着をつけ、そのままカーリャに攻め込んでカーリャを解放するか、シホンに援軍を送ってシホン攻略軍を撃退するか、どちらかの算段を立てているのだろう。


こちらはそれよりも優勢なシホンで早期に決着をつけ、講和し、シホン攻略軍をアメルへ北上させたほうがよさそう、と感じて、私はシホンへ増援部隊を率いて援軍へ向かうことに決めた。

私は聖王国と魔族領の五万の守備隊のうち、二万の軍を引き抜いて、カーリャに入り、カーリャでは一万の軍を引き抜いた。

三万の軍勢でシホンへ向かい、サクロたちのシホン攻略軍へ合流しようと向かった。

サクロと合流したころには、サクロの軍勢はシホンの連合軍と、中部シホンへと続く街道の途中で対峙しているような状況だった。

合流したサクロが、彼方の敵兵を眺めながら言う。

「敵の勇者や英雄は数も質も大したことありませんが、シホン軍の鉄砲の火力が厄介ですね。配備されている銃兵だけで一万はいますよ。近づいたら銃砲の火力で、こちらの装備ではなかなか近づけませんので、遠方から魔術で敵の数を減らしている状況ですが、それにたいして向こうからかなりの数の大砲で応戦してくるので、なかなか大変です。それでも総合火力はこちらが圧倒的に勝っています」


やはりシホンは経済が豊かな分、装備も最新のを大量に備えているらしい。

ぜひ鹵獲したいが、いまは勝利するほうが優先されるので、一気に勝利を得てシホン全土を落とす必要があった。

私はサクロに言う。
「わたしの軍勢で敵軍に突撃するから、あなたは後方から魔術で援護して。私なら三万程度の軍勢であれば障壁を張って敵の火力を防げる」

サクロはえ、と意外そうな声を上げた。
「突撃するんですか? サリエル様が?」

私はうなずく。
「そうだよ。わたし接近戦もわりと得意なの。そこらの不死者には引けを取らない程度には」

サクロは驚いていたが、私は配下の師団長に命じて、突撃の号令を出した。


敵軍の大砲の爆音が響く中、敵兵群衆の輪郭が見えてくるころに一斉に発砲が始まった。
距離からして、そうそう当たる距離ではないから威嚇的な第一射と思われた。
敵兵は一斉に銃砲をおろして、弾込めの動作を始める。

私は副官の不死者に命じる。

「魔術を使えるもの全員に、魔術詠唱をはじめ、魔術を行使してと伝えて。種別は破壊。伝達して」

副官は頷いて、周囲に念話で「詠唱はじめー」と唱えた。


それに伴って不死者やネフィリムたちの詠唱の神聖言語が念話的に続々と聞こえ始める。

敵兵の群衆の方向に爆破。敵兵の複数が発火を始めたり、爆風とともに空中に四散したりした。


私は障壁を張るのに魔力を使っているので、参加できないが、敵兵の前線にいる兵士たちはかなりの数が倒れた。しかしその合間を縫うように更なる敵兵が押し出てきて、第二陣の銃砲部隊が私たちに向けて一斉に発砲した。

空中で弾かれる銃弾。障壁に鉛の弾がぶつかり、跳弾のように周辺に散った。こちらのグールたちに被害はない。










剣や槍、モーニングスターを持ったグールが敵の前線の銃兵に突撃すると、私は障壁を消した。
敵に接近するまでの間の障壁だから、乱戦になれば障壁は邪魔なだけだから。


私も三百年前に、神人だった剣士から奪った剣を一振り抜いて、敵の前線に切り込んだ。

初太刀で銃兵の首を刎ね、二の太刀でその隣の兵士を袈裟懸けに切り抜くと、最初に首を刎ねた銃兵の首から鮮血が舞った。

続いて敵の群衆に表題すらない魔術の衝撃波を打ち込むと、三十名あまりの兵士が後方に吹き飛び、途中で四肢が断裂しながら、敵の味方を巻き込んで衝撃波の勢いのままにさらに多くの敵兵を吹き飛ばした。

周辺から発砲音がして何発か私の周りに張った障壁にぶつかり、跳弾のように周囲に跳ねる。自分への障壁は張ったままだから、銃弾が当たる前に障壁にはじかれたのだ。

近くの銃兵の集団に再び駆け込むと、数十メートルの距離を一秒もかからずに詰め、七名を三秒の合間に斬首した。

更に後方の兵士が銃砲をこちらに向け、発砲しようと指をかけるのを見て取ると、私はそれを眺めて殺意を放った。

敵兵たちは急に体をよじって苦しみはじめ、のどをかきむしる。精神的重圧。殺すよ。と、目で訴えかけた。

生まれた時代の古さと、生きた時間の長さがまったく違う私は、彼らの目にはなにか別の生き物に見えるに違いない。単純な殺意でも人間のソレとは深みも激しさも比較にならない感情的強さがあるから。

例えば人間が、海でクジラに相対したら、その存在の巨大さに恐怖を抱くように、陸で人間が、エルヨに相対したら、恐らく同様の感情を抱くほど、存在の古さと濃密さが違った。


彼ら人間を四方に眺め渡すと、人間は次第に発砲をやめ、じりじりと下がり始める。
私はさらに追い打ちをかけるために味方のグールたちに念話で命令した。

「言葉を挙げよ。グールたち。突貫して敵の首を刎ね、最も深く敵陣に切り込み、多く殺したものに、我が血を与える」

グールたちはその途端凄まじい号声を上げ、剣や槍を抱えて敵の陣営に猛烈に走りこんでいった。
敵兵はそれを見て正気に返ったように闇雲に発砲するが、そこには明らかに恐怖や動揺が見て取れた。

私はここで、勝ったなと感じて、あとは力を温存するために戦場を眺めていることにした。



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シホン中部での会戦は、本陣まで攻め込まれた敵軍が退却したことで勝利した。敵もよく持ちこたえたが、士気の上がったグールたちは負傷しても前進し続け、ついに敵も抑制し続けられず前線の部隊が押し込まれた形のまま本陣まで突破され、撤退した。

わたしは約束通り、戦場を観察していた密偵が最も敵を殺したというグールに、褒美として魔力を込めた血を与え、イブリエルという名前も与えた。



私が血と名前の双方を与えるのは百何十年かぶりで、この女には私直属の不死者の名誉も与えた。今まで七人固定だった直属の不死者も、これで八名になる。

そしてこのイブリエルも私の軍団の副官の地位につけ、おもに私の護衛を担当させた。
無口で、寡黙な女だったが、さすがに血を盛った盃を授けたときは、喜びが表情にあふれていたのが見て取れた。